逍遥たる誓いの剣、その63~騎士の資格③~
***
クルーダスは過去を思い出していた。夕暮れ時、目の前には二人の兄と父。兄たちは汗が流れ落ちるのも構わず剣を振るい、父はその二人を厳しく叱責していた。クルーダスはその光景で何が語られていたかはあまり覚えてはいないが、その目は彼らの持つ剣に注がれていた。
クルーダスが幼くして興味を一番引かれたのは、見事な剣を振るう父や兄たちではなく、彼らの持つ剣であった。夕陽を受けて輝く彼らの剣を見た時、彼の中の本質が決定したのだ。クルーダスはそれから、剣を振るうために自らを鍛え上げた。神殿騎士団の中で育ったせいで彼は騎士となったことに疑いを持たなかったが、騎士であるかどうかに関わらず、彼の本質は剣と共に生きることが向いていたのだろう。
そういった意味では、クルーダスはドーラの指摘通り戦士であったが、騎士ではなかったかもしれない。彼には本来守りたいものなどはなく、ただ剣をより深く知るために剣を振るう。マリオンやミルトレは確かにクルーダスにとって良き友人であったが、彼らそのものが剣を振るう理由になりはしない。そしてミリアザールも、彼らに忠誠を誓う多くの騎士がいる中で、クルーダスは自分の有用性、特別性を見つけ出せずにいた。
もし一つだけ。誰かのために剣を振るうことがあるとすれば、それは母親だったかもしれない。元神殿騎士だったそうだが、自分を産んでからは病にふせがちになり、いつも椅子に座っていたのをぼんやりと覚えている。幼心に、自分のせいで母親が伏せがちになったのではないかという負い目があった。結局のところクルーダスが物心ついてしばらくで亡くなってしまったが、母が生きていればクルーダスは母のために剣を振るい、強くなることを決意していたかもしれない。
ただ、それは『もしも』の話。現実はそうならず、クルーダスは剣を振るうべき何かを見つけられず、ただ剣に対する執着のみを育て上げてしまった。誰かが気づくべきだったのか、気づいてほしかったのか。そんなことはクルーダスにももはやわからなかったし、誰も答えを持ちはしないだろう。
クルーダスがぼんやりとそんなことを考えている中、目の前には天井と、そして自分から少し離れた場所で話し合う二人の姿が目に入った。声は、まるで遠くで響くようにしか聞こえない。なぜそんなことになったのかを朦朧と考えながら、二人の会話が耳に入ってきた。
「どないすんや、これ。殺してもうたやんか」
「それでいい。これならブラディマリアも多少なりとも納得するだろう。あれが本気で怒ったら、この大陸はひと月と経たずに灰と化す」
「そりゃそうやけどなぁ、あの魔物がブラディマリアにとってどんくらい重要かはさっぱりわかれへんし。万一に備えてイプスの首も準備しとったんやけどな。それじゃイプスは死に損かいな」
「ふむ、それはどうかしらんがな。だがこのクルーダスとジェイクとでは、どちらが有用かは火を見るより明らかだ。それはお前も気が付いているからこそ、俺とクルーダスの戦いを黙って見ていたのだろう?」
「まあ、そうやなぁ。ジェイクの坊やは黒の魔術士の有無にかかわらず、人間にとって必要な人材やろうからな。その強さは戦う相手によって変わるけども、魔物相手ならおそらく際限なく強くなる。クルーダスとやり合ってても、間違いなく勝ったやろうな。今現段階でこれ以上強くなられても困るけど」
「お前はジェイクの強さについて、おおよその見当がついているのだな。推論を聞かせももらってもよいだろうか」
「なんであんたにそんなこと話さんといかんねん。こうやってここで話しとるだけでも、ワイには十分危険やっちゅうねん」
「そうは見えないが・・・まあ話すか話さないかは自由にしたらいいだろうが、お前の推論が俺と同じなら、アルネリア関係者には迂闊に話すわけにはいかない。違うかな?」
ドーラの涼しげなか顔に、ブランディオはためいきをついた。
「お前、性格悪いってよく言われんか? 友達できへんぞ」
「くくっ、性格が悪いとは言われないが、人が悪いとは言われたな。そして友人は確かに少なかった」
「んなとこだけ正直に答えんくてもええねんって。ワイの推論やとな、ジェイクは『聖騎士』やあらへん。もっと別のもんや。おそらくは『特性』持ちの人間。それも極めて珍しい、な」
「ほう、別の特性とな」
「そや、別の特性や。おそらくその特性は、人間以外の種族に対して発揮される。最初は聖騎士――つまりは悪霊や魔物に対する特化能力やと思ってたが、どうにも違うらしい。現に今、半人半魔であるクルーダスにもその力が発揮された。現時点でジェイクがクルーダスに勝てる道理はあれへん。さすがに13にもならへん小僧がそこまでの力を持つのは無理や。
やけど、特性もちなら説明がつくな。特定の敵に対し、異常なまでの力を発揮する存在。魔物討伐を生業とするアルネリア教のために生まれてきたような逸材や。ひょっとしたら魔人なんかにも通じるのかもなぁ。したら、オーランゼブルがジェイクを生かそうとお前を潜り込ませた意味がわかるってもんや」
「ふむ、中々素晴らしい推理だ。およそ正解ではないだろうか」
ドーラが素直に頷いた。その様子を見て、ブランディオは不審げに尋ね返す。
続く
次回投稿は、5/6(火)20:00です。