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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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逍遥たる誓いの剣、その59~クルーダス⑮~

「どこに行こうっていうんだ!?」

「離せ! ワシの――ワシの子孫の命がかかっておる!」

「落ち着けってんだ!」


 ジャバウォックがミリアザールの頬を叩いた。その衝撃で一時何が起こったのか理解できないミリアザール。

 ジャバウォックはちらりと目でロックルーフとレイキを牽制すると、彼らも事情を察したのかすっと身を引いた。ジャバウォックは、彼にしてはとても、とても静かな声でミリアザールに話しかけた。


「ミリィ、この結末は想像していたはずだ。お前があの人間と結ばれた、あの時から。こうなることがわかっていたから、俺はお前を止めた。お前のこの先千年の心の平穏を願って。でもお前はあの男を選んだんだ。その時、こうなることは俺もあの男――お前の夫であったランディも言ったはずだ。

 それでもお前はこの道を選んだ。生まれた子供たちは考えた通り、お前の力の一部を継ぎつつも人間のように短命だったが、稀に力の均衡がとれずに暴走することがあった。後悔は許されない。俺よりも何よりも、お前が選んだあの男が悲しむだろう」

「じゃがワシは」

「よく考えろ。お前に真竜の翼があったとしても、ここからじゃあ間に合わん。ざわめきの元がアルネリアならなおさらだ」


 その言葉にミリアザールが膝からすとんと地面に伏した。その姿を見て、ジャバウォックもまた膝を折って目線を合わせる。


「なぜこうなる・・・ワシはただ彼らの成長を見届けたいと・・・」

「どっちが変化した? アルベルトか? それともあの三男坊か?」

「アルベルトは今度重なる訓練で体を痛め、療養中だ。梔子をつけての療養だから、何かあるとすればクルーダスの方だろう。こうなるから――こうなる兆候があったからワシは戦いをやめよとあれほど言ったのに。のうジャバウォック。ワシは何か間違っておるのか?」

「何も間違ってねえょ。野生の獣は戦うのをやめたら死ぬが、人間はそうじゃねぇ。お前と人間の両方の血を引いたなら、どっちの生き物としても生きていけるはずだ。だからそんなことまで背負うな。それにまだ死んだと決まったわけじゃねぇ」


 ジャバウォックにしてみれば最大限の言葉をもって慰めたつもりだったが、おそらく助かる望みが薄いことは彼もまた知っていた。それでも彼はミリアザールの傍で、彼女が平静を取り戻すまで黙って付き添っていたのである。


***


 ユーウェインを仕留めたジェイクは、背後に突如としてすさまじい殺気を放つ敵が現れたのを察して、その場を反射的に飛びのいていた。だが、そのよう殺気を放つ者が誰かいるかと言われれば、改めて考えてみてクルーダスしかいないのである。

 だが、ジェイクは殺気の主を見て我が目を疑わざるをえなかった。


「クルーダス、だよな?」


 ジェイクの目の前にいたのは、全身が金色の体毛で覆われた獣。爪は伸び、口は裂け、牙は鋭く、まるでオオカミが直立歩行したかのような姿に唖然とする。地下水路の薄暗さの中でさえ輝くその姿は、日の光の下で見ればさぞ高貴に見えたろう。

 ジェイクが一瞬見惚れかけたその時、くぐもったように低くなったクルーダスの声が獣の口から発せられた。


「ジェイク・・・」

「・・・なんだよ」


 明らかに友好的ではない声。ジェイクはクルーダスがそのような声を発することを初めて知った。いつも厳しくも力強く、そしてジェイクを励まし時に叱責した声はもはやどこにもない。

 ジェイクはその声の調子を聞いて、同じような声を発する相手が何を考えているか気づいていた。


「ジェイク――オレはお前が羨まシイ」

「どうして?」

「お前ハ全て持ってイル。友人も、恋人も、愛さレル家族も愛すべき家族モ。その上剣ノ才能マデ俺より優レルつもりカ? そんなことは許さナイ、ユルセない――」


 ああ、これは嫉妬だとジェイクは気付いていた。かつてミーシアの薄汚い路地裏で、それでも家族と寝床を持っていたリサの家族はねたまれる立場にあった。彼らと揉める時、それは必ず嫉妬が原因だった。

 ジェイクにだって嫉妬がないわけではない。路地裏で過ごしたころ、暖かい家で飢える心配なく、何不自由なく暮らす子供たちを見て、どれほど羨ましいと思ったことか。だが、クルーダスに嫉妬されているとは、ジェイクは露ほどにも考えていなかった。むしろジェイクの方が嫉妬する立場であったはずなのだ。

 困惑するジェイクに、クルーダスはおぼつかない足取りで近づいてくる。


「クルーダス、落ち着け!」

「俺は落ち着いテいル。これ以上ナイくらい二落ち着イていルンだ。どうシてもっと早くこうシテいなカッたのか。これだケの力があれバ、ラファティ兄さん二も、アルベルト兄さんにモ引ケを取らナイ――母さんダッテ――」

「クルーダスっ!」

「だから、オレのタメに死んでクレ!」


 クルーダスが愛刀の胴太貫を振りかぶった。ジェイクは思わず防御の姿勢をとる。クルーダスの振りかぶりは無茶苦茶で、彼本来の丁寧で型通りの剣技はどこにも見られなかった。なのに、その速度と威力は普段の何倍も凄まじかったのだ。



続く

次回投稿は、5/2(金)21:00です。

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