アルネリア教会襲撃、その15~討魔協会の長~
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さらに時間は経過する。清条詩乃は報告のために討魔協会に戻っていた。
「清条詩乃とその部下2名、ただいま戻りましてございます」
「詩乃のみ入れ」
部屋の中から強い声が聞こえる。詩乃は東雲、式部の2人を振り返ることなく襖を開け、部屋にしずしずと入り、襖を閉める。
「失礼いたします」
「役目御苦労。長旅のところ疲れもあるだろうが、疾く報告を聞きたい」
「はい」
詩乃の前でゆったりと胡坐を組んで構えるのはひげを蓄えた壮年の男性。40を少し上回ったぐらいであろうか。やや長い髪を後ろで1つにくくり、威厳こそあるものの年齢の割に好戦的な容姿をしている。彼がこの討魔協会の筆頭である、浄儀白楽だった。
討魔協会は魔術協会やアルネリア教会と違い、家柄を重んじる集団である。その主軸には名家4家が存在し、筆頭は大抵そのどれかが持ち回りで務める。だがこの浄儀白楽はどの家の出自でもなく、実力で――といえば聞こえは良いが、言ってしまえば力づくで筆頭の座をもぎ取った人物だった。
その実力は確かなものであり、またとびきりの野心家でもある。彼が筆頭となってから討魔協会は確実にその勢力を伸ばしており、またうまい汁は部下にも惜しみなく与えるため、彼に反発を持ちつつも誰も逆らえないのが討魔協会の現状である。
この状態を堕落の始まりと懸念する声も多いが、協会全体としての結束力は歴代で最高でもある。その中で清条家は中立の立場を取っており、余計な権力争いには加わらないことを決めていた。清条家の一員である詩乃もその方針に賛成ではあるが、今回アルネリア教との交渉に当たり白羽の矢を立てられてことで他の家にやっかまれており、彼女は無用な権力争いに巻き込まれることを最も気に病んでいた。
そんな彼女の様子を品定めでもするかのようにゆっくりと見る浄儀白楽。だがもったいぶった問答が嫌いな彼は単刀直入に用件に入る。
「交渉は予定通り進んだか?」
「はい。筆頭の目論見通り同盟ではなく、人材交換からの共闘関係となりました」
「ふむ、まあここまでは妥当か。どの程度の策士かと思ったが・・・1000年生きる魔物と言えど、並のおつむの程度か。いや、まだそう判断するには早いか。なぁ、詩乃?」
「はい、ここでどのような人物をこちらに送り込んでくるかで決まると思います」
「あちらにしてみれば、いきなり詩乃を送り込んでくるとは予想外だったろうからな。先手はこちらが取れた。次は向うの手番、お手並み拝見といこう。だがもし俺があの魔物の立場だったらば・・・」
「ならば?」
「お前を自分の味方に抱き込むな」
「! 御冗談を・・・」
白楽の意地の悪い問いに、詩乃の背中に冷たいものが流れる。
「違うのか? 貴様がそうすると面白いと思って使者に立てたのだがな」
「お戯れを・・・私の忠誠は討魔協会に捧げましてございます」
「それはいうなれば俺への忠誠と考えてもいいのか?」
「もちろんでございます」
「俺の命令は絶対だな?」
「はい」
白楽の問いに即答する詩乃。その瞬間、白楽はニヤリと口の端を歪めた。
「では命令する。今ここで俺に抱かれろ」
「! それは・・・」
「どうした? 貴様の言葉は偽りか? たった今俺の命令は絶対だと自分で言ったぞ?」
「ですがしかし・・・」
「お前は既に間者の容疑をかけられている。元々貴様がミリアザールに師事していたことは周知の事実であるし、これは俺に限らず他の3家からも同様の意見が出ている。その潔白を証明する機会をやろうと言っているのだ。巫女である貴様は、純潔でなくなれば力が落ちる。野心無しと訴えるには、俺にその身を捧げるのは手っ取り早い手段だと思うがな」
「・・・・・・わかりました」
詩乃が立ちあがり、その衣服に手をかけていく。帯を外し、袴と白衣を脱ぐと襦袢一枚を羽織るのみとなる。その下には彼女の生まれたままの姿しかない。だが襦袢にかける手にも詩乃には一切のためらいがなかった。一気に脱ぎかけたその時、
「そこまで!」
白楽の鋭い声が響き、ピタリと詩乃の手が止まる。
「くく、相変わらず見かけに似合わぬ女丈夫よ・・・だからこそ貴様はよい」
「お試しでございましたか」
「半ば本気ではあった。貴様が瞬間たりとも躊躇しておったらそのまま組み伏せていたな・・・もう服を来てもいいぞ」
「・・・承知いたしました」
あくまで詩乃は表情を崩さなかった。そんな詩乃を楽しげに見る白楽。
「だが女にとってはその体も交渉材料。特に貴様のような男がそそられる肢体を持つ者にとってはな。これだけはワシも真似できん。上手く使えば清条の家は昔のような勢力を取り戻せよう。もっともそのためには貴様が俺の愛人になるのが一番早いとは思うがな」
「・・・以上で御用件はお済でしょうか?」
「くく、そう急くな。あと2つだけある。アルネリア教会は乗っ取れそうか?」
「・・・戦力は高いです。個々の兵も士気高く、よく鍛錬されています。我々と互角程度の戦力は有するかと。ですが計略を練る人材が我々に比べ少ないようです。正面きっての戦争よりは、計略・交渉を絡めた戦略が有効かと。徐々に向うの勢力を削れましょう」
「なるほど、ではもう1つ。もしミリアザールを討ち取れという命令を俺が出せば・・・貴様はどうする?」
「命令とあらば討ち取るまで」
「即答か」
「まだ私の忠誠をお疑いとあれば、ここで式神や式獣とでも契って見せましょうか?」
「ふん、そのような下世話にくれるには惜しい女よ。女の武器は使いどころを間違えるな・・・もう用は無い。下がれ」
「失礼いたします」
一礼して下がる詩乃。感情を一切表に出すことはないが、わずかにその手や膝は震えている。その様子をさも愉快そうに眺める白楽。
外に出た詩乃を迎えたのは心配そうな顔をした2人だが、彼女は2人に合図することも無く、そのまま自分の控室に戻る。その瞬間、彼女はへたへたとその場に座り込んでしまった。心配した2人は詩乃に擦り寄るが、彼女は半ば放心状態であり、その体が小さく震えている。
「詩乃様、お加減は大丈夫ですか?」
「あんのエロおやじ・・・ゆ る さ ん !」
「よいのです。清条家の立場を考えればやむなきこと・・・私が耐えればそれでよいのです」
体をかき抱くようにし、自分の震えを押さえようとする詩乃。だが中々その震えは止まるものではない。
「(ミリアザール・・・私はどうするのが一番良いのでしょう? 清条家を潰したくない、でも貴女の敵にもなりたくない・・・私はどうすればいいの??)」
小さい頃ミリアザールに師事した日々を思い出す。彼女は魔術、学問、教養、戦闘技術、果ては下町のおいしい焼き菓子屋まで教えてくれた。詩乃と姿の上で背丈こそ変わらなかったが、彼女にとっては第2の母といっても良い存在だった。だが状況次第では彼女は敵になる。わずらわしいことなど何もなかった幼い頃を偲ぶ詩乃であった。
続く
次回投稿は12/15(水)12:00です。