逍遥たる誓いの剣、その56~八重の森①~
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遠く離れた場所にいるミリアザール。彼女は八重の森の様子を探るため、シュテルヴェーゼと共に出向いていた。歩む姿は優雅に、しかし力強く。それはミリアザールのこれまでの生きざまを表すようでもある。
彼女たちの行動は当然秘密とされていたが、指揮官であるラファティにだけは知らされている。もちろんシュテルヴェーゼの命令元に動くジャバウォック、ロックルーフ、レイキも同様である。彼らは八重の森の第5層と6層の間で、2人を出迎えたのだ。
「よぅ、遅かったな」
「うむ、本来出向くつもりもなかったからな」
「じゃあなぜ出向いたんだ?」
ジャバウォックの素朴な問いかけに答えたのは、レイキである。
「・・・簡単すぎるから、でしょうな」
「うむ、そうじゃ」
ミリアザールは素直に頷いた。ロックルーフとジャバウォックが顔を見合わせる。
「簡単? これが?」
「何人テメエの部下が死んだと思っている? 俺たちだって無傷ってわけじゃねぇんだ。敵は相当な数と質をそろえているのは事実だろうが」
「だが、まだ指揮官級の敵に出会っていない」
ラファティが冷静にジャバウォックの意見を否定した。自分の百分の一も生きていない人間の意見に、ジャバウォックが額に青筋を浮かべた。
「ほほう~、ラファティちゃんはどうやら俺に意見があるようだな?」
「事実ですよ、ジャバウォック殿。強力な魔獣は何体もいたが、あれらが統率を取っていたとは考えにくい。だが、ここの魔物たちはまるで中にいる誰かを守るように配置され、その生活圏を決めている。これは彼らを統率する者がいると考えて当然でしょう。
もちろんその誰かとはカラミティなわけですが、果たしてかの者はここにいるのか。その答えには、我々も薄々勘付いているとは思いますが」
ラファティの意見は正論であったので、ジャバウォックも始末が悪そうに黙った。その態度を見てミリアザールがため息をつく。
「だからジャビーよ。お主も古き魔獣であるのに、そのよう場末のチンピラのような態度をとるから、威厳がなくなるのであってな」
「うっせーよ。んなことより肝心なのはな」
「うむ。カラミティがここにおらんという、その事実か」
ミリアザールの言葉はここにいる全員が理解していることだったので、ぐっと黙ってしまった。ミリアザールはシュテルヴェーゼの方をちらりと見た。彼女は当然全てを見透かす千里眼で答えを知っているわけであるが、彼女がその答えを語るわけではない。彼女の力はあくまでブラディマリアに対してのみ振るわれるものであって、それ以外の全てに不干渉を決めたというのが今回のミリアザールとシュテルヴェーゼの約束であるからだ。人間の都合は、真竜である彼女には何ら関係ないのである。
だが、カラミティの拠点をここまでつついて何の働きかけすらもないということは、ここから先に絶対的な守護者が存在するか、あるいはカラミティ自体が侵攻されていることに気が付いていないか、この拠点を何とも思っていないか。そのどれかになるであろうとミリアザールは考えていた。
一つ目ならば、これ以上の侵攻は無駄。このあたりで一度拠点を築き、撤退も考慮したいところだ。いつまでも敵の本拠地に居座るわけにはいかない。アルネリアにも戦力がほとんどいない期間が長くなると、他の国にその動きを悟られる。
二つ目の理由ならばあまりに間抜け。よって却下。そして三つ目ならば、カラミティの新たな拠点はどこにあるのかということになる。あるいは今現在構築中だとしたら、数いる分体が一つも出現しないことも納得できる。八重の森はカラミティにとって価値のないものになってしまっているのだ。それならばなおのこと、これ以上の侵攻は無意味ということになりかねない。
ミリアザールは悩んだ。
「今現在、進行の状況は?」
「第6層は罠の階層です。敵の姿はほとんどないものの、進むこともままなりません。御三方の力を持ってもかなり困難が伴うかと」
「いや、抜けないってわけじゃないんだぜ? 行けそうな道筋はいくらか目星をつけたんだが、人間がしかも大群で通るってなると話は別だ。あくまで俺たち専用ってことだな」
「で、我々だけでも通るべきかどうかを議論していたのです。これ以上不用心に藪をつついてカラミティが出てきたのでは、我々だけでは戦うことはできても意味がないのではないかと」
レイキが冷静に意見を述べた。だが鼻っ柱の強いジャバウォックはふてくされるようにして文句を言った。
「はっ。たかだか俺たちの半分程度しか生きていないような奴、いくらでもぶちのめしてやるよ」
「ワシもお主の三分の一も生きとらんがな、それでも互角に戦うことはできたぞ? カラミティは魔人と互角の実力を持つとして考えた方がええ。それともおぬしら、魔人と単体で互角に戦えると申すか?」
「それは――さすがに無理だな」
ロックルーフがため息をつきながら答えた。さしもの自信家の彼も、そこまで大言壮語を吐くわけではない。ジャバウォックも無言をもって同意を示した。
だが意外な一言をロックルーフが発したのだ。
「実は――二日ほど前にこっそりと奥まで潜ってみたんだが」
「ハァ?」
「お前、何を勝手に――」
ジャバウォックとレイキが非難をしようとしたが、ミリアザールが止めた。
「で、どうじゃった?」
「この層を抜けたら、もう何もなかった。中心だと思われるところまで行ったが、やはり何もなかった。巨大な空洞以外はな」
「巨大な空洞・・・」
ミリアザールは何か言いたげな他の者たちを差し置きしばし悩んだ後、ロックルーフに一つの頼みごとをした。
続く
投稿遅れてすみません。次回投稿は、4/26(土)21:00です。