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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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逍遥たる誓いの剣、その55~クルーダス⑮~


***


 ジェイクがユーウェインにとどめをさすその場面を見ていたのは、三人いた。一人はブランディオ。


「驚いたなぁ、あのチビ。いくら弱っているとはいえ、剣であの魔物を仕留めるか。ミリアザールの女狐が目をかけるだけのことはあるっちゅうことか」


 ブランディオは既にユーウェインに追いついていた。そこでクルーダスがユーウェインと交戦していることに気が付き、しばし様子をうかがうことにしたのである。ブランディオにとって、クルーダスのことはどうでもよい。クルーダスが勝てばそれでよし。そうでなければ、自分が出ていくだけだった。

 そもそもクルーダスの変化を見た後では、ブランディオは出ていく機会を逸していた。ブランディオはクルーダスに限らず、ラザール家の秘密を知っている。だがその秘密を知っているのはおそらくミリアザール本人と、せいぜいミランダくらいに限られるはずであり、三大司教ですら知りえぬ秘密であるはずだった。だのに、今ブランディオが目の前に出ていけば、今後ミリアザールからの制限を受けるのは必至である。ブランディオは黙ってクルーダスとユーウェインの戦いを見守ることにした。

 ただ、ジェイクだけは殺させるわけにはいかなかった。彼の存在の特異さは、ミリアザールのみならず現在では巡礼も注目している。あの年齢にしてあの強さ。そしてその成長速度。何より、大物を相手にしたときの異常なまでの力の発現は、既に教会内の上層部では知られているところである。レイファン王女を守っての奮闘、そして大悪霊インソムニアを仕留めたのも彼であるのを、限られた人間は知っていた。


「聖騎士の原型にしちゃあ強すぎるがな。味方なら頼もしいが、さてどないな騎士に化けるんか。そもそも聖騎士なんか。まあ完成したら戦ってみたいけどな。それよりも」


 ブランディオは二つの地点を見ていた。一つは対側の闇の中。巧妙に気配を隠しているが、何者かが潜んでいるのは間違いない。先ほどまではまるで何の気配も感じなかったが、今は何者かの視線を感じる。相手もよほど驚いたのだろう。かなりの使い手には間違いないが、一瞬気配が出現したからだ。ブランディオはそれから油断なくそちらの方向に気配を配っていた。

 そして気になることはもう一つ。クルーダスである。


「あの小僧、あのままでええんかいな。嫌な気配しか感じへんけど」


 だがブランディオが悩む間に、状況は既に誰も予想しない方向に動いていた。


***


 同じ場面を、ブランディオが見ていた闇の中で見ていた者がいる。彼は自らの剣に手をかけて、いつでも飛び出せるように準備していたが、これもまた予想外のジェイクの力の発動により、無駄な準備で終わることになった。

 予想していた結末の一つとはいえ、この者にとってもジェイクの力の発動を三度目の当たりにして、驚きを禁じ得ない。


「ジェイクのあの力・・・あれはやはり」


 闇に潜む者はふと遠い昔を思い出した。聖騎士と呼ばれ、数多の魔物相手に力を振るった自らの友。諸国から引く手が切れることはなかったけども、最後までどの国にも属さず、ただ一人自らの信じる正義を貫いた友のことを。

 誇り高き戦士とはなんぞや。友人の考えることを理解せんと努めた挙句、自分の存在が戦士とは一線を画す騎士の原型ともいわれ、人々の尊敬を一身に集めた。だがその名誉こそは、あの友に授けられるべきだった。

 彼も今のジェイクと同じだった。さほど剣の扱いに長けていたわけでもなく、同世代に出現した多くの英雄達に比べれば見劣りするような能力であったにもかかわらず、彼が打ち倒した魔物の数は誰よりも多かった。ただ、その戦いが歴史の表に出ないだけで、彼が名声を欲すれば、彼の名前は歴史で最高の英雄として人の尊敬をほしいままにしたであろう。

 影に潜む者はあまりに惜しいとして、その友を歴史の表に引き出そうと何度も試みたが、決して彼の心が変わることはなかった。彼は最後まで柔らかに笑い、求められれば戦い、そして愛する者と年老いて死んでいった。彼の望んだ理想が、欲したものが、いまだによくわからない。


「ジェイクも彼のようになるのだろうか。いや、彼とジェイクは違う――だがしかし」


 ジェイクを守るのは命令だ。だがそれ以上に、彼はジェイクのことを知りたいと思った。当代随一の剣士にやがてなるであろう逸材の行く末を、見てみたくなったのだ。時間は幸いにして、掃いて捨てるほどある。

 もしジェイクの成長を邪魔する者がいれば、主の命に背かない範囲で彼の手助けをしてみたいとも思うのだ。


「して、その先は――?」


 影に潜む者はふとその疑問を抱いた。彼の成長を見守り、そしてどうするのか。その結論が得られないまま、状況は時を待ってはくれなかった。


***


 クルーダスは同じく、その場面をゆっくりと認識していた。既に力は引き止めることが難しく、覚醒しつつある。先ほどまであれほど早く感じたユーウェインの攻撃も、もはやナメクジが歩むがごとき速度にしか見えない。これなら確実にユーウェインを仕留めることができたろう。そしてその力を振るうことがなくて、ほっと安堵した自分がいる。これで人を捨てずに済むかもしれないと。

 そして一方で。この魔物を仕留めたのが自分でないことを悔いる感情が存在した。どうして自分ではないのか。神殿騎士団を率いて魔物を討伐するのも、ミリアザールや仲間たちの信頼を一身に受けるのも、家族の中で最も才能を持つのも、なぜ自分ではないのか――

 クルーダスは限界を超えた力を解放したうえで、ようやくこの魔物に追いつくことができそうであった。だがジェイクは敵に応じてその強さを増していくように見える。もはや成長の先が見えない自分と違い、これからもジェイクは強くなり続けるであろう。そしていつしか人の尊敬を集め、信頼を勝ち取り、名誉をほしいままにする。

 クルーダスの想像が暴走した。それは湧き上がる力のせいなのか、抑圧してきた彼自身の感情が噴き出したのか。クルーダスの中で、均衡していた天秤が傾いた音を聞いた。そして二度とその天秤は壊れ、元に戻らないこともはっきりと悟ったのだ。

 クルーダスは心の中で叫びにならない咆哮を解き放った。一瞬、ほんの一瞬。彼の感情が制御できなくなった隙をついて、クルーダスの中に眠っている力が覚醒したのだ。



続く

次回投稿は、4/24(木)22:00です。

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