逍遥たる誓いの剣、その52~巡礼者①~
「能力、もう使えるんか?」
「ええ、彼女の能力は散々ここで使用されたしね。私もその一部始終を見ていたわ。再現はたやすい」
「自分で見て、殺した対象の記憶を物理的なものも含めて再現する能力か。それ、ワイとあの人以外知らへんのやろ?」
「ええ、アルネリアはその場で起きた出来事の記録を再生する、くらいにしか私の能力を知らない。それでもかなり便利な能力だと思うから、私が引退を申し出た後も私に仕事を依頼してくるのでしょうけど」
「まあ実際便利やな。どれだけ完璧に悪事を働いても、あんさんがいたら全部わかってしまうもんな。こんな恐ろしい能力、そうあるもんやない」
「でも、私ではなくあの女が梔子となった。現役であったころ、私より全ての面で劣っていたあの女が」
そう言い放ったハミッテの目は、異様な光を漂わせていた。ブランディオはその目を見て、おどけるように怖がってみせた。
「女の嫉妬は怖いわ~」
「あの女が私よりも優れていたなら認めもしましょう。あの女が私よりも捧げていたなら許しもします。だが、あの女は望まぬとはいえ自分の子どもも手に入れた。栄誉も、信頼も、守るべき対象さえ持っている。一つくらい私が望んでもいいはずなのに」
「私は夫と子どもを手にかけたのに、ってことかいな?」
その言葉を聞いて、ハミッテが反射的にブランディオに向けて苦無を投げつけた。ブランディオはそれを難なく指で挟んで止める。
「何すんねん、危ないなぁ」
「どうしてそのことを知っているの?」
「仲間のことくらい知っとるがな。そうでないと、何を考えとるかわからん奴とは、安心して組めへんよ」
「私はあなたのことを知らないわ」
「別に隠してへんけどなぁ。気になるんやったら調べたらええ。ワイの経歴は何一つ隠されていることなんかあらへん。
ワイもあんさんのこと調べたんや。あんさんは大した経歴の持ち主やな。主要国への潜入工作やらなにやら、ミリアザールの手足として働いとった。あんたのお蔭で未然に防げた戦争は10を優に超えるやろ。
イプスの家の下働きとして潜入したのもその一つや。イプスの父親は王の信頼できる部下として、他国への援助を取り付ける算段をしとった。当時あの国は隣国と小競り合いの最中で負けかけとった。あの状態で他の国の介入を許したら、ええとこ泥沼。戦争は長期化した可能性が高かった。だからあんたは事前に交渉が失敗するように手を打った。鍵の番号をさらにすり替え、念のためにイプスの記憶を書き換えた。あの結末はどこまで予想したんかしらんけど、まあ悲惨なことになったなぁ。あの子を保護して育てたのは罪悪感か、それとも殺した子どもの代わりか? その子も手にかけることになるとは、業が深いもんや。まぁ、目的のために手段を選ばんあんさんを見て育ったんやから、当然といえば当然か」
「・・・」
その言葉を聞きながら、ハミッテは初めてブランディオを恐れた。ミリアザールすら知らない事実を、ブランディオはあっさりと言い当てたのだ。その国の史実にすら残らず事故として処理された事実を、何をどうやって調べたのか方法すらわからないが、ともかくブランディオが言ったことは全て的を得ていた。
ハミッテは反論する言葉を持たず、ただ背をその場に向けていた。
「・・・帰るわ。このままここをうろうろしていたら、誰にいつ見られるかわかったものではない」
「ジェイクはええんか? あのチビすけにクルーダスを止めるように頼まれたんやろ?」
「今更彼の言う通り後を追って何になる? 戦えば私の正体を完全に知られてしまうかもしれないし、それこそ面倒なことになりかねない。やるならお前の方がよほどいいだろう。お前がいれば負けることなどありえないだろう?」
「わかっとるやないか。やけど処置の仕方が難しゅうて悩んどったんや。殺したらブラディマリアが暴走して報復に来るかもしれへん。かといってこのままじゃいつ市民に被害が及ぶかわかれへんし、監視にも気を使うやろ。理想は適当に相手して追い出すことやったが、あの魔物がブラディマリアに忠実であればあるほどそれは難しい。やけど、イプスが死んで選択肢が広がったわ」
「どういうことだ?」
「イプスの首を差し出して手打ち、っていう選択肢ができたってことや。イプスが勝手にやりあったから、こちらも始末をつけさせていただきました、とな。巡礼の8番ともなればそれなり以上の大物や。敵さんも納得してくれるやろ」
ブランディオの物言いにハミッテは背筋が冷えたが、確かにそれは事実だったので反論はしなかった。結果だけを考えるなら最上の手段である。
ブランディオはそのままその場を去っていく。
「ほんならワイが後を追いますわ。あんさんには一つ別の仕事を頼みたいんやけどな」
「別の仕事?」
「もう一人、敵の間諜が混ざっとる。なんや間抜けな結末に終わりそうやったからほっといたんやけど、一応釘は刺しておきたくてなぁ。あんさんが個人的に接触して、こちらに取り込んでくれるように揺さぶってくれるとありがたいんや」
「そんな奴が? 今どこにいる?」
「地下水路をちょろちょろしとるよ。さして見つけるのは難しくないやろ。それに普段はシーカーの集落でフェンナという娘の補佐をしとる。アミルっちゅう名前やが、本当はヒドゥンの部下みたいやな。どうしてもええけど、殺すのだけはなしっちゅうことで。
あ。イプスの首は落としていざという時のために残すとして、残りはきちんと焼いておいてぇな? ほなよろしゅう」
それだけ言い残し、ブランディオは地下水路の奥へと姿を消した。ハミッテはその後姿を見送りながらどうしてそこまで知っているのかと聞きたい気持ちをこらえ、言われた通りのことを実行したのである。
続く
次回投稿は、4/18(金)22:00です。