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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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逍遥たる誓いの剣、その51~イプス⑨~

***


 イプスはとある貴族の6人兄妹の末っ子だった。彼女は末っ子らしく、家族の中で最も大切にされ、わがまま放題でいたずら好きだった。

 幼いイプスはあるいたずらが好きだった。それは人の大切な物を隠すという作業。多くの子どもが夢中になり、そしてやがて飽きる作業である。だがイプスのそれは子どもにしては非常に手が込んでいて、そして彼女はその作業に没頭していた。

 ある日イプスは非常にきらきらとした細工の何かを見つけた。父親が自慢するそれは、どうやら偉い人からの預かり物であるらしかった。詳しい話はイプスには理解できなかったが、非常に美しい細工のそれは、イプスの心をあっという間に鷲掴みにした。イプスは父親が仕事に出るとそっと父の部屋に忍び込み、ひとしきりその輝きを愛でた後、鍵付きの宝箱にそれを隠した。宝箱――いわゆる父親の金庫にも等しいものであったのだが、幼いイプスはそれの開け方を知っていた。数字を合わせて鍵を開けるその方式を何度も見るうち数字を覚えていたし、その鍵の番号を変更する方法も知っていた。イプスは父親を困らせようとしたのではなく、ただその輝きを独り占めしたくて、8桁の番号を勝手に変更してしまったのだ。

 数日後、イプスの父親は細工がないと大騒ぎをした。今までもあれがない、これがないと家族たちがうろたえる姿を見るのはイプスも小気味よい気がして優越感を覚えていたのだが、今度の父親の狼狽ぶりは普通ではなかった。目を血走らせながらイプスの肩をつかんでのぞき込んだその表情を見て、イプスは恐ろしくなってそのありかを正直に述べた。だが、どうしても鍵の番号は思い出せなかった。イプスは記憶力に自信があったし、取り出せないと再度見ることもかなわなかったが、不思議なことに番号をどうしても思い出せなかったのだ。

 イプスの父親は混乱していた。イプスにその番号を思い出すように何度も促したが、イプスは本当にその番号を覚えていなかった。思いつきで適当に決めた番号だったので、印象に残っていなかったのだ。しばしの間真っ青な顔をしていた父親だが、母親が慰めることでなんとかその場は治まったが、幼いイプスにもこれが一大事だということはなんとなくわかっていた。

 なので、イプスは翌日にもその細工を取り出すべくあれこれと試したが、どれも功を奏さなかった。そこでイプスは宝箱を叩きつけたり、なんとか壊そうとしたが子供の力では土台無理であった。

 何日か後の夜、父親が見知らぬ人を伴い帰ってきた。彼なら鍵を壊して中のものを取り出せると説明し、その男は注文通り鍵を無理なく壊すことに成功した。だが、中に入っていた細工は、ものの見事に壊れていた。イプスが思うよりはるかに脆かったそれは、衝撃で粉々に壊れていた。その時、イプスが見上げた父親の顔は、魂の抜け落ちたように虚ろな表情を浮かべ、何事かをぶつぶつとつぶやいていた。ただ一つ聞こえたのは、「もうおしまいだ」という一言だけだったが、イプスにはそれが何を意味するのかは本当の意味ではわからなかった。

 異変はその夜に起きた。何かを叩き壊すような音と、遠くで聞こえた悲鳴。部屋に転がり込むように入ってきた上の兄が、眠たい目をこするイプスの手を引いて部屋の外に出ると同時に目に入ったのは、燃え盛る炎と、手を引く兄が父親に胸を刺し貫かれた瞬間だった。口から泡のような血を吹き白目をむいて絶命した兄と、その父親を止めようととびかかったさらに上の兄がもみ合い、階段を転げまわるようにして落ちて二人とも動かなくなると、屋敷の中にはもはやイプス以外動くものはいなかったのだ。

 そこから先、イプスに記憶はない。かろうじて覚えているのは、熱いと感じた記憶と、目の前で死んだ家族のことだけだった。そしてイプスは焼きだされた屋敷のさほど遠くない場所で、アルネリア教に保護されたのだった。

 その記憶がよみがえった時、イプスは悲鳴を上げていた。


「ひぃやぁあああああ!」


 事実としてこの事件が悲惨なのかと問われると、イプスは「いいえ」と答えただろう。アルネリアの巡礼の任務についていればこれ以上に悲惨な出来事には何度も遭遇するし、事実遭遇してきた。中にはイプス自身が積極的に関わったものもある。

 だが、自分のこととなれば――まして自分のせいで家族が死んだとなれば話は違った。今までさほど気にかけていなかった家族のことも、思い出がなければこそ。優しげな両親の記憶や、楽しかった兄弟との記憶も全て思い出さされたイプスは、瞬間的に普通の少女のような感性を取り戻していたのだ。

 そして巡礼として知識を蓄えた今だからわかる。自分がきれいな細工だと思って隠したものが、一体なんだったかを。細工の底に象られていた紋章が、何を意味するかを。


「あれは、あれは・・・」


 声を出せないイプスが言いたかったのは、『玉璽』という言葉。どういう経緯かはわからないが、イプスの父は王の印章である玉璽を預かっていたのである。もちろん、玉璽を悪用、もしくは破壊するような者は、本人に限らず一族皆死罪である。その掟に例外は認められない。もちろん、敵の間諜でないかどうか、あるいは敵国と通じた跡がないかどうかを徹底的に拷問された後に、の話であろうが。父親が子供たちを拷問にかけさせる前に自らの手で、と考えても何ら不思議はない。

 イプスの現状は自らが招いた災厄。そしてその中で、自分だけがのうのうと生きながらえたという事実。膨大な量の記憶を一時に取り戻したイプスが精神を硬直させるには、十分すぎる事実だった。


「私――私はぁ・・・」


 今がどういう状況なのかも忘れ体を小さく丸くし、その場で泣き崩れながら震えるイプスを見て、ブランディオは結論を出した。


「あかんかったか。予想はしとったが、やっぱし脆い精神やな」

「その結論でいいのかしら?」

「ああ、始末は頼むわ」

「わかったわ」


 ハミッテはイプスにそっと近づくと優しく後ろから抱きしめた。そして耳元で告げたのだ。


「もう少し使い物になると思っていたけど――期待はずれだったわ。本当に残念、手間暇をかけた分だけね」


 イプスがはっとして顔を上げると同時に、ハミッテはその首をへし折っていた。イプスの全身から力が抜け崩れ落ちると、ハミッテはその体を探って粉を取り出し、イプスの全身に振りかけた。

 ブランディオがその様子を退屈そうに見ている。



続く

次回投稿は4/16(水)22:00です。

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