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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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逍遥たる誓いの剣、その50~イプス⑧~

 彼女には今や、グローリアの優しげな救護教諭の顔などどこにも纏っていなかった。黒装束に身をまとい、口を覆うような衣装を身に着けてはいるが、彼女は紛れもなくイプスの指導者だったので見まがうはずもない。

 さしものイプスも信じられないといった顔で、ハミッテのことを見上げた。


「どうして、どうしてですかぁ? 私が何かしたのですかぁ? いえ、それよりどうして引退したはずのあなたがここに――」

「――本来殺害対象の疑問になど答えないが、育てたよしみで教えてあげるわ。私は引退などしていない。確かに前線での仕事は退いたけど、まだミリアザールに依頼を受けて仕事をする身分なの。私はある便利な能力を持っていてね。その能力はいまだにそこかしこで欠かせないわ。私に子どもでもいればあるいは本当に引退できたかもしれないけど、あいにくと本当の子どもは死んでしまってね。

 そして先の疑問にはそこの男が答えてくれる」

「イプス、あんさんな。やりすぎや」


 ブランディオが自分の長い錫杖を、肩でぽんぽんと叩きながら膝を折ってしゃがみこんだ。もちろん、イプスの顔を見ながら話すためである。


「実績を挙げるのはええわ。それにどんな方法を使おうが、基本巡礼同士は干渉せえへん。でもなぁ、なんぼなんでも派手に立ち回りすぎやわ。自分で戦を焚きつけて、それで解決するやてぇ? そりゃあ実績もあがるわいな。そういうのは自作自演、俗語でマッチポンプいうねん。一つ間違えたら巡礼の存在意義自体を疑われかねんわ。おかげでお前はミランダ様に目ぇつけられてるやないの。なんでリサがお前の前に現れたと思う?」

「それは――」

「まさか本当に、窃盗犯を捕まえるためにお前が呼ばれたと思うとるわけないやろな? 完全に疑われとるわ、ワイらのこと。ここまでミリアザールの女狐に気づかれずに慎重にやってきたのに、お前のせいでパアになるところや。この不始末、どないしてくれる? っていうか、答えは一つやけどな」


 ブランディオの言葉を聞いて、イプスが青ざめた。その言葉の意味がわからないほど、イプスは愚かではない。


「私を――殺すの?」

「そうするかどうかははワイに一任されとる。もうどないするかは決まっとるがな」


 ブランディオは顎でしゃくって、ハミッテを促した。ハミッテが刃物を取り出し、手のひらに傷をつけていく。

 その血が滴り、何かの文字を地面に書いているのを見ると、イプスは恐怖にかられた。そして今まで得体のしれなかったブランディオの陽気さが、急に底知れない沼のように思えてきたのだ。


「ブランディオ! あなた、何者なの?」

「なあ、イプス。変やと思わへんかったか? なんで大した実績もないワイが、巡礼の5番手なんやと思う? お前はそのことをもっと考えるべきやった。

 巡礼者は、それぞれが異名を持つ。ミランダ様は『尊き巡礼者』、2番手のラペンティのばあさんは『華やぐ審判代行者』、6番手のウルティナは『光の裁き手』、んでお前は『光の灰塵』。全員一応アルネリアらしく、聖なる異名がつけられとる。もっとも、無理矢理っぽいのもあるけどな。

 そんな中で俺の異名はない。ただのブランディオや。呼ばれても『天秤のブランディオ』や。なんでやと思う?」


 言われてみればそうだ。ブランディオには異名がない。それは彼の能力が非常に凡庸――というには高次元でまとまっているが、彼の能力に得手不得手がないからだと思っていた。

 だがもし、違うとしたら。イプスはなぜそんなことも思いつかなかったのかと苦々しく思うのだ。


「あなた、何者なのぉ?」

「ワイは巡礼を狩る役目を持つ者や。巡礼の中にもし、アルネリアの一員としてふさわしゅうないことをする奴がおったら始末するのがワイの役目。5番なんて番手は、その役目を全うするためにつけられたただの番号に過ぎへんのよ。決して実績とか、そんなものの指標じゃない、ワイの場合はな。

 逆に言えば、ワイより番号が上の者はワイの正体を知っとる。彼らこそがほんまものの巡礼と言い換えてもええ。

 さて、本題にはいろか」


 ブランディオの瞳が鋭さを帯びた。既に隣ではハミッテが何らかの準備を終えている。それはイプスをして初めて見るハミッテの術式だった。


「私を――どうするつもりぃ?」

「お前には試練を受けてもらう。ワイらの本当の仲間として、そして真なる巡礼者としてふさわしいかどうかや。もしふさわしければ、その傷もなんとでもしたるわ」

「これからあなた記憶をこじ開ける」


 ハミッテが続けた。ゆっくりと彼女の手のひらがイプスに迫る。


「あなたの記憶を私は知っている。今からその記憶の内容に耐え切ることができればよし。そうでなければ――」

「そうでなければ?」

「用なし、っちゅうことや」


 ブランディオが冷たく言い放ち、そして同時にハミッテの手のひらがイプスの額に押し付けられた。そしてイプスの脳裏によみがえる記憶。

 彼女は全てを思い出していた。彼女の優しかった両親。そして、残酷な過去を――



続く

久々連続投稿行きましょう。次回投稿は、4/14(月)22:00です。

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