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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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逍遥たる誓いの剣、その49~??①、イプス⑦~


***


 マスカレイドの元を去り、ユーウェインを追いかけていた影は地下水路で戸惑っていた。このような人気のない場所に、誰かがいる可能性を考えていなかった。だが、入り込んでみるとそこかしこに気配がある。万一を考えて気配を消した走りをしていた甲斐があった。もしユーウェインに追いつくことを優先していつも通りに走っていたら、あっという間に誰かのセンサーに捕捉されていた可能性がある。

 影はしばしの間、ユーウェインとつかず離れずの速度で追いかけることにした。どこかでユーウェインが速度を落とすか、敵の警戒網にひっかかると思ったからだ。あるいは既にかかっているのか。もし引っかかっていれば、ユーウェインの正面に出て戦うのはまずい。誰が来ようがまとめて斬り伏せる自信はあるが、もし逃げられたら厄介なことになる。自分の存在を知る者は、残さず殺さねばならないのだ。自分の秘密が万一にでも知れれば、自分の主にとってもよからぬ結果になりかねない。影はそう考えていた。


「(さて、どこで仕掛けるか。理想はユーウェインと同等に戦えるだけの力を持ち、かつどちらかが完全に勝利することだな。それならば片方を始末するだけでことは済むが、もし複数の敵と遭遇したら厄介なことになる。戦闘が終結しても2つ以上の勢力が生き残れば、始末するのは非常に面倒だ。さて、どうなるか)」


 そうこうするうち、ユーウェインは目の前に立ちはだかった女と戦いを始めた。影は身を潜めてそっと見守ったが、敵はさるもの。ユーウェインの劣勢は免れなかった。敵はアルネリアのシスターらしき姿に見えた。

 そうなると少し厄介なことになると影は考えた。もしユーウェインが負ければ、アルネリアはユーウェインの協力者の存在を確認するために大々的な調査を行うだろう。死体は情報の塊だ。調べ尽くせばマスカレイド、あるいは自分にも調査の手が及ぶかもしれない。影は考える。先にあのシスターを始末してから、ユーウェインを殺すことしようと。そのうちにユーウェインを脱出させればよいではないかと。

 考えがまとまると、影は殺気も呼吸も殺して、ただ本当の影のように感情すら出さずにその場にじっとしていた。そして訪れる決着。氷の爆発が起きると、ユーウェインは最後の手段とも思える方法で脱出した。敵のシスターもまた不意をつかれたのか吹き飛び、影はユーウェインが去ったのを確認するとするりと動き出した。ユーウェインはどうせ地下水路から逃げられないだろう。マスカレイドは大した戦闘能力を持たないが、生き伸びる力にかけては中々のものである。影はマスカレイドが時間稼ぎをすることを知っていたが、それでも一瞬で片を付けるつもりで得物を取り出そうとした。


「・・・?」


 その時、影はさらに別の気配を感じたのだ。この距離になるまで全く気がつかなかった。その程度の手練れが、なんと二人。

 影は取り出しかけた得物から手を離し、その場に背を向けた。あれほど気配を隠す理由は一つ。あのシスターは始末される。姿恰好から判断するに、アルネリアの仲間の手によって。

 影はユーウェインを追った。この展開は自分にとって好都合だ。だがアルネリアのシスターを始末しようとしたこのわずかな時間が、彼とその運命を変えることになろうとは、誰が考えたであろうか。

 影は背後で起こるシスターの悲鳴を遠くに聞きながら、その場を後にしていた。


***


「あ・・・え?」


 イプスは何が起きたのかわからなかった。目の前に久しぶりに見た懐かしい顔が出たと思ったら、背後から背中を貫かれた。言葉にならない激痛と、同時に襲いくる快楽を伴う下半身の虚脱感。脊髄を断たれたことは確実だった。イプスは失禁していたが、それを感じることすらもはやできなかった。

 だが腕は動くことをイプスは知っている。それに脊髄を切断されても、深緑宮に行きさえすれば、ミリアザールの力でなんとかしてもらえる。そう信じていたイプスの行動は早かった。懐に忍ばせた小袋に手を伸ばし正面と背後を同時に攻撃しようとしたが、その両手に釘のようなものが突き立てられ、イプスは地面に縫いとめられた。

 焼けつくような痛みが走る。手に刺さる、その釘の形状にイプスは見覚えがあった。自分たちが使うこともある、巡礼の飛び道具だ。そしてその武器をよく使う巡礼を、イプスは知っていた。


「ブランディオ!?」

「おお、せやで」


 背後を見上げようと必死になるイプスをのぞき込むように、陽気な顔をしたブランディオが顔をのぞかせた。彼の顔には笑みさえある。

 イプスはわけがわからなかった。確かにブランディオのことは嫌いだった。大した実績もなく努力もしないくせに、先輩風だけは吹かせて忠告を一人前にしてくる鬱陶しい男。対立することもしょっちゅうだったが、それでも背後からこれほどの仕打ちを受けるほど仲は険悪ではなかったはずだ。イプスはわけがわからないという風に、困惑した表情を見せた。


「なぜ、なぜですかぁ? どうしてこんなことを?」

「お前そんな状況になってもその間の抜けた口調、直らへんねんな。あ、それはワイも一緒か」

「ブランディオ、茶化す暇はないわ。すぐにでも始めるわよ」


 イプスの正面から懐かしい声が聞こえた。そう、その懐かしい顔をみたからこそ、イプスは気を緩めたのだ。そうでなければ、誰がこんなに見事に不意打ちを食らうものかと、イプスは信じていた。


「ハミッテ・・・いえ、杠。どうしてここにぃ?」

「久しぶりね、イプス。ちゃんと話すのはあなたが成人して以来かしら。いえ、巡礼に出てからも出会っているから、3年ぶりね」


 イプスの目の前にあったのは、彼女にとってアルネリアでの身元引受人でもあるハミッテ。口無しであったころの名前を、ゆずりはといった。



続く

次回投稿は、4/13(日)22:00です。

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