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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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逍遥たる誓いの剣、その46~イプス④、ユーウェイン③~

***


 イプス=ハーメル=ミルティーディスは、幼くしてアルネリアに属していた。彼女は奴隷ではない、市井の出でもない。れっきとした貴族の出自である。彼女には7歳以前の記憶がない。彼女はそれを自ら封印し、そして永久に蘇らないようにアルネリア教会に頼んだらしい。それだけの事実を、今のイプスは聞かされていた。そして、おそらくは記憶をなくす以前の自分が書き残したであろう一つの書置きが、今のイプスの行動を規定している。それは、「記憶を永遠に封印し続けてほしい、その代償として巡礼の任務に従事すること」と、拙い字で、涙に濡れたであろう紙に書かれていた。

 イプスは事実としてのみ知っている。彼の父親は学者であり、同時に子爵の地位を得ている者であった。彼女の母親はアルネリアのシスターであり、在籍中に父に見初められて嫁いだ別の国の貴族である。れっきとした貴族の両親を持ったイプスは、何不自由なく暮らしていたはずだった。

 彼女は末っ子だったようだ。彼女には他に5人の兄姉がいるが、全員優秀な成績でアルネリアを卒業し、それぞれが目標とする地位についていると記録にはある。だが彼らが自分に会いにくることはなく、一度そのことを自分の世話係の杠に聞いたことがあるが、手紙は届くことがあるもどこで何をしているかは決して明かさないように言われているとのことであった。またそれが過去の自分が望んだことであるとも。

 だがイプスはさほど気にも留めなかった。自分が望んだことであれば、それなりに理由があるのだろうと無理に理由をつけて自分を納得させた。そして同時に、過去の自分を振り払うかのように勉学と修行に打ち込んだ。任務に打ち込めば、全てを忘れられると信じて。

 そしてイプスは記憶を封印し続けるために巡礼の任務についた。記憶を封印する魔術は邪法に近い。当然アルネリアでも使える人間は限られており、自然と彼女は暗部に触れる機会が増えた。そんな環境の中、書置きのことを別にしてもイプスが巡礼の任務についたのは必然だったかもしれない。

 闇雲に修行に打ち込む中、イプスは多くの才能に出会う。自分と同じ任務につくその才能多き者たちの中には、当然様々な人間がいた。悲惨な運命を背負った者、恵まれた者、大勢に接してきた。だがイプスは負けたくなかった。少なくとも、自分より恵まれている者には。特に、ブランディオとかいう先輩には負けたくないのだ。大して努力もせず、なおかつどこかの大領主の跡取り息子らしい。恵まれたものが道楽気分でやっているとしか思えない体たらくで、しかも業績も明らかでないのに巡礼の順位が自分より上なのは、どうしてもイプスには許せなかった。

 今回の任務を終え、なおかつ次の大口の依頼を完遂すれば、順位更新の申請をしてみるつもりだ。ブランディオを今の順位から追い落とせないか、少なくとも、どのくらいの差があるのかくらいを明らかにしてやろうと画策していたのだ。そんな時に現れた大物。明らかに通常の魔王よりも強力であろうこの個体を狩れば、自分の業績キャリアにとって大きな加算となるのは間違いない。功名心と出世欲の強いイプスは、内心でほくそえんでいた。

 そして今対峙する軟体生物スライムのような敵は、明らかに自分の術中にはまっていた。既にこの状態に持ち込んだ時点で、勝ちの半分以上は確定している。この形に持ち込んで、いまだ逃がした敵はいない。そして邪魔になるリサとルナティカも離すことに成功した。イプスは勝利の確信をもってこの戦いに臨んでいたのだ。

 先制攻撃はイプス。もう既に攻撃は開始されていた。姿を現す前から、先行してイプスはそのあたり中に粉をばらまいていた。その中で着火をすると、当たりにはまばゆい光と同時に爆発が起きたのだ。イプス自身は魔術で守られているが、熱を感じないわけでも一切の火傷を負わないわけでもない。捨て身の攻撃を一瞬たりとも躊躇しないことが、イプスの強さでもある。


「さて、どのくらい効いていますかねぇ?」


 爆炎が晴れるのを待ってイプスは攻撃しようとしていたが、煙の向こうからは怒りもあらわにした無数の槍のような攻撃が飛んできていた。槍衾のようによける隙間もない攻撃は、イプスを串刺しにして飽き足らないという怒気にあふれていたが、それもイプスはあっさりと魔術で受け止めていた。呆然として爆炎が晴れるのを待つほど、イプスは愚かではない。それでも、予想外に強い反撃ではあったが。


「あれあれぇ? 思ったより元気ですねぇ」

「当然だ。この程度で死ぬはずがないだろう」


 爆風が晴れ、棘玉のような形状に変化したユーウェインが返答した。ユーウェインの槍へと変化した先端は水路の壁に突き刺さっていたが、イプスめがけて飛んだ部分だけは、彼女の魔術障壁によって削り取られていたのだ。

 イプスがその様子を見て、にこりとした。


「なるほどぉ、これくらいじゃあびくともしませんかぁ。殺し甲斐があるってもんですぅ」

「こちらのセリフだ。これから先、俺に油断はないぞ!」

「じゃあそんなことしゃべっている間に攻撃したらいいんですよぉ。こっちも言わせてもらうとぉ、ここから先、ずっと私の攻撃が途切れることはないですよぉ?」

「なにぃ?」


 ユーウェインが何事かを言おうとしたとき、頭上からまたしても粉が落ちてきた。イプスは既に、戦いの場となったこの場所のあらゆる部分に仕掛けを施している。ユーウェインはこちらに移動してイプスに出会ったのではない。イプスが一度通った場所に、むざむざと突っ込んできたのだ。そしてイプスはあたかも初めてこの場所に来たかのように登場して見せたのだ。

 イプスは冷静に攻撃を繰り返す。何がどう冷静なのかというと、彼女は攻撃をしながらユーウェインの体をどの程度散り散りにすれば再生しないのかを冷静に見極めていた。

 不定形生物は、魔物の中でもかなり危険度の高い相手である。まずどこが弱点なのか不明であることが多く、その再生能力、耐久力が尋常でないものも多い。攻撃手段を間違えると増殖を促したり、そもそも打撃などの斬撃がきかない相手も多い。確認されたものの中で最大のものは、家三つ分にも及ぶという巨大な個体も確認されており、その個体を倒すために山ごと焼いたという記録も残っている。知能は低いが、厄介であることは間違いない。

 イプスが最も警戒したのは、ユーウェインは不定形生物の特性に加え、知性があるということ。知性があるならより効率的な攻撃を仕掛けてくる可能性があり、またさらに付随する特性も多岐にわたることも考慮しなければならない。アルネリアの戦闘記録上、知性を有すると考えられた不定形生物は過去三体程度であり、いずれも魔王認定を受けている大物である。その中で、人語を解した個体はまだ確認されていない。つまりユーウェインという相手を認識する前から、敵は過去最大級の戦功となる可能性を秘めているとイプスは考えた。

 イプスはこの地下水路にリサと探索に出た時、ただ地図を作るだけではなく、魔術を施した粉をばらまきながら簡易の結界を作成していた。つまり、この地下水路ほぼ全体が既にイプスの知るところとなり、再度訪問し結界を作動させたときは、もうユーウェインの正体は掴んでいたのだ。イプスは地下水路を歩きながら、戦う手段を既に考え終えている。これもユーウェインにとっては圧倒的に不利な材料であった。

 イプスは冷静に爆炎を発生させながら、ユーウェインが爆散していく姿を観察していた。攻撃そのものは派手だが、やっていることは盤上遊戯の最後の詰めと同じだとイプスは考えている。ユーウェインが再生する気配は、いまのところない。



続く

次回投稿は、4/7(月)11:00です。

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