逍遥たる誓いの剣、その44~イプス②、ジェイク①~
何より、いつも油断したところも散々見ているリサとしては、アルフィリースがそこまで注目されていると聞いても現実感が湧かなかった。リサは何事かを言い返そうとしながらも、それではアルフィリースの弁護をすることになるのではと躊躇い、あるいはアルフィリースをただで認めることが悔しいかもしれないなどと考えながら、イプスに従って地下水路を進んでいた。と、突如として止まったイプスの背中にリサがぶつかる。
「突然止まらないでいただけますか、イプス。何事ですか?」
「・・・さっきはあれだけ探したのにいなかったから多少炙り出す必要があるかと思いましたが、何かがあったようですねぇ。敵は相当焦っていますよぉ」
「まだ私のセンサーには何も・・・む!?」
イプスがどうやってリサよりも先に敵の存在を察知したかは定かではないが、確かに遅れること数瞬、リサも高速で移動する何者かの存在を察知した。それは地表だけではなく、壁や天井などを高速で飛び回りながら地下水路を高速で移動していた。
同時に、イプスが難しい顔をした。初めて見せる困惑の表情である。
「これは・・・困りましたねぇ」
「どうかしましたか?」
「私は敵が人間でない可能性ももちろん考えていましたぁ。あるいは複数の人間である可能性や、他国の間諜や工作員である可能性もぉ。でも、この敵は想像以上に大物ですぅ。戦うには少々準備不足かもしれませぇん」
「この3人では不足だと?」
「倒すだけなら条件次第で可能ですぅ。でも、先ほど見つからなかった敵があっさりと気配を晒しながらぁ、なおかつこちらに向かってくるわけではないとなるとぉ。これは、敵がこちらに対抗するわけではなく、何らかの事情があって逃げているという状況ではないでしょうかぁ?」
「逃げる? 誰から?」
「知りませんよぉ」
イプスはとぼけたように答えながらも、さらなる他者の存在を考えていた。もっとも考えるだけの情報に欠けていたので、これ以上考えても仕方のないことではあったが。
そしてイプスは、さらに別の人間が地下水路にいることを察した。
「それに地下水路にいるのは我々だけではなさそうですぅ。もうリサさんのセンサーでも感知できる範囲にいるのではぁ?」
「これは・・・ジェイク? と、確かアルベルトの弟殿の足音? どうしてこんなところに?」
リサの返事を聞いて、イプスは作戦を変えることにした。
「なるほどぉ。詳しい事情は分かりませんが、これは好機かもしれませんねぇ。リサさん、こちらは私が一人でなんとかしてみるのでぇ、クルーダス君に連絡して神殿騎士団から腕利きを寄越してもらうように手配してもらえませんかぁ?」
「それほどの相手だと?」
「かもしれませんしぃ、我々の頭上には一般市民が多数いることをお忘れなくぅ。万が一にでも彼らに被害が及ぶようでは、私はアルネリアの一員として失格ですぅ」
「ふむ。あなたを多少見直しましたが、我々の援護は必要ない?」
「むしろ戦いになれば、そのようにお願いするつもりでしたぁ。私の能力、ちょっと見境ないのでぇ、一人で戦う方が都合がいいんですねぇ」
イプスが自信にあふれた笑顔で答えたので、リサは素直に彼女の申し出に応じることにした。
「なるほど。あなたがそこまでおっしゃるのならば、私としては従わざるを得ないでしょう。ですが一つだけ。どうやって私より早くこの地下水路の状況を把握しましたか?」
「ふふふ~、この地下水路は既に私の簡易結界の元にありますぅ。この中に入ったら最後、私の手から逃げることは難しいですよぉ? ご納得できたらさっさと行っちゃってくれますかぁ? あんまり余裕かましている時間はなさそうですぅ」
「わかりました。では、ご武運を。行きますよ、ルナ」
「うん」
リサとルナティカはそれでイプスから離れたが、イプスはその様を背後から笑顔で手を振って見送った。そして一定距離離れると、大きくため息をついたのだ。
「あ~、やっと鬱陶しいのがいなくなりましたぁ。戦いになった時どうやって巻き添えにしないようにしようかと考えていましたが、これで気遣わずに戦うことができますねぇ。巻き添えで片方でも傷つけようものなら、どんな非難をされるかわかりませんからぁ。これがアルネリアから遠く離れた地であれば、多少殺しちゃっても隠蔽できますけど、アルネリアじゃあねぇ。杠葉もいることですし、起こった出来事を魔術で再現されたらどうあっても嘘がつけませんからぁ。
さて、では久しぶりに暴れるとしますかぁ。最近書類仕事ばかりで肩が凝って肩が凝って・・・」
イプスは肩を回しながら、リサとは別の道へとゆっくり歩いていくのだった。
***
そうしてリサとジェイクは合流したのである。お互いになぜここにいるのかに関しては疑問だったが、彼らがそれを口にするより早く、水を通して戦いの振動が伝わってきていた。
「もう戦いが始まっている?」
「なるほど、これは確かに増援が必要なのかもしれませんね。そこの騎士様、一つ伝言が」
「私に?」
リサがクルーダスの方をちらりと見、リサはイプスの伝言を伝えた。リサはクルーダスの事情など知らない。増援を呼んでほしいというイプスの伝言にクルーダスは困惑することとなったが、それでも巡礼の指示とあれば聞かないわけにはいかなかった。クルーダスには珍しく難しい顔をしてその指示をどうしたものかと考えていたところ、ジェイクはリサの背後に何者かの影を発見した。その影はかすかにしか見えなかったが、ジェイクはその姿にどこか見覚えがある感じがしたのだ。
「リサ、今誰かが背後を通ったよな?」
「いえ、私は何も感知しませんでしたが」
「私もだ。気のせいではないか?」
ルナティカまでもが賛同したのに、ジェイクにはどうしても気のせいだとは思えなかった。虫の知らせとでもいうのか、ジェイクの本能がこれから先起こる出来事を知っておく必要があると告げていた。先ほどの影が走って行った先に、何かがあると告げていたのだ。
続く
次回投稿は、4/3(木)11:00です。