逍遥たる誓いの剣、その43~クルーダス⑩、イプス①~
「まだ秘密だ」
「ずるいな。もったいぶらずに教えろよ」
「そう簡単に教えたのではつまらんだろう。ミリアザール最高教主にもよく言われているだろう? 自分の頭で考えたことでなければ身につかんと」
「何にも考えてなさそうなぺったんこに言われてもなぁ・・・」
ジェイクは思わず素直な感想を言ったのだが、クルーダスは苦笑していた。
「最高教主にそのような口をきけるのはお前くらいものだ。普通なら不敬罪で処罰ものだが」
「いいじゃないか。ここには俺たち以外誰もいないんだし」
「お前はもう少し目上の者を敬う習慣を身につけた方がいい」
「それ、一番苦手だよ。基礎魔術理論の講義より苦手」
ジェイクのおかしな言い訳に、クルーダスはまたしても笑ってしまった。よく考えればマリオンやミルトレは真面目一辺倒で、このような物言いは決してしない。こういうくだらない会話もたまにはいいものだと考える自分がいることに、クルーダス自身が驚いていた。
そうこうするうち、彼らは既に地下水路の中にいた。ここひと月ほどまともな雨が降っていないせいか、水路の中は水の流れも穏やかで静かであった。生活排水が流れる割に水路の中は不潔ではなく、湿気た空気が澱んではいるものの異臭などはしていない。
ジェイクは初めて見る地下水路の様子に、不思議そうにあたりを見回わすのであった。
「こんなのがアルネリアの地下にあるなんてな」
「原型となるものは予めあったようだが、整備されたのは最近だと聞く。ここは比較的新しい場所だから、きちんと俺たちの歩く場所も両端に用意してあるが、古い場所に行くとそんなものはなくなる。増水すれば非常に危険な場所となるため、一般人の立ち入りは禁止だ。各所にある大きな入り口は常に見張りがいるし、点検用の小さな入り口も通常なら決して破れないように魔術で保護されている。人払いの魔術も施してあるしな」
「そんな対策、なかったように見えたけど?」
「誰かに消されたのさ。だから俺がここに調べに来ているんだ」
クルーダスはやや興奮しながら述べた。ここにはいつもの戦場と違った高揚感がある。優等生のクルーダスにしてみれば、初めて任務以外で自分の意志で何らかの行動を起こしたのかもしれない。こうした行動も悪くないかもしれないなどと密かに思いながら、クルーダスは集中し、先に見た魔物を探していた。
だが彼らが見つけたのは意外な人物だったのである。
「ジェイク! どうしてここに来たのです?」
「リサ?」
彼らの下に汗をにじませながら走ってきたのは、リサとルナティカなのであった。
***
「さて、始めますかぁ」
「ええ、始めましょう」
クルーダスとジェイクが地下水路の潜る少し前、イプスとリサは再度地下水路の入り口に立っていた。その背後にはルナティカと、外周騎士団の中から選りすぐった者たちをイプスが連れてきていた。
「イプス、彼らは?」
「見張りですよぅ。戦闘には参加させませんのでご安心を」
イプスはにこりとしてリサとルナティカの方を見た。、地下水路は本来周辺騎士団の管轄である。面子を考えての行為だったが、それ以上に確実に任務を行うためだった。
リサは徐々にイプスという人物を理解し始めていた。周辺騎士団を見張りに立たせ、リサとイプス、ルナティカは地下水路に入っていく。
「まだ顔を合わせて一日と経っていない程度ですが、なんとなくあなたの人物像が見えてきました」
「へぇ。どんな人に見えますぅ?」
「少なくとも、仕事に対しては誠実ですね。一方で出世欲などは非常に強い。俗っぽいと言えばそれまでですが」
「あはぁ、当たりですぅ」
イプスは軽やかに答える。
「そんな私はお嫌いですかぁ?」
「いえ、人間らしくて私は好きです。高潔なお題目を並べ立てられるよりはよっぽど信頼がおけるかと。ですが抜け目がなさ過ぎて、好感は持てませんね」
「あなたのとこの団長くらい、適度にぬけてた方がよろしいですかぁ?」
「そういうところが好きになれないと言っているのです」
リサはやや憤然として答えたが、イプスはそうでもないようだった。
「私にしてみればぁ、あなたのとこの団長さんの方がよっぽど怪物に見えますけどね~」
「否定はしません。ですが、なぜそう思いますか?」
「英雄王と戦って生きているだけでも称賛ものですぅ。かつて英雄王と戦った者たちの末路を知っていますかぁ?」
「いえ。いくつか程度しか知りません」
「全員敗北ですぅ。少なくともぉ、史実に残っている者は彼に殺されたか、へりくだったかのどちらかですぅ。それを死ぬわけでもへりくだるわけでもなく、なおかつ対等に語るだけの度胸を持ち合わせ、かつ生き延びるだけの人物を傑物と言わずしてなんと言いますかぁ? 彼女のことは既に大陸では相当有名になりつつあるのですよぉ? 知らぬは本人ばかりですぅ。むろん、あなたたちのことも有名ですよぉ? 一般にまでその知名度は届いていないかもしれませんがねぇ」
「む」
リサはなんとなくそのような可能性がないでもないかとは考えていたが、いざ言葉にされると現実感がわかなかった。確かに必死で生き延びてきたが、生きていること自体が奇跡だと改めて他人の口から聞くと妙な気分になった。
続く
次回投稿は、4/1(火)11:00です。