逍遥たる誓いの剣、その42~マスカレイド③、クルーダス⑨~
マスカレイドに伸ばしかけたユーウェインの触手が一斉に切断され、驚愕に見開かれるユーウェインの瞳が何者かの姿をとらえた時には、ユーウェインの体に無数の斬撃が襲い掛かった。
「!」
ユーウェインは声を上げる暇もなく、体を翻して逃げの一手に出た。体を変化させ、隙間からすべるように地下に向かったのである。それほどユーウェインに剣を向けた人物の剣筋は鋭かった。
もちろんマスカレイドの協力者が助けてくれたのだが、話には聞いていたが改めてその強さを間近にすると、驚愕の腕前である。ブラディマリアの眷属に何もさせないほど圧倒的だとは思っていなかった。
協力者はローブをマスカレイドにばさりとかけると、すぐさま追撃に移った。
「間に合ったようだな? すまんが、このまま奴を片付ける。お前はことが大きくならないように手配しろ。万一を考えて、俺の脱出経路を用意しておけ」
「あっ、待って――」
だがマスカレイドが返事をする前に、既に影は走り出していた。マスカレイドが自分にかけられたローブで視界を遮られる間に、影はユーウェインの後を追って、同じくすべるようにして地下水路へと向かった。
マスカレイドは一瞬の出来事にしばし呆然としたが、すぐに気を取り直して自分のなすべきことを探した。
「ユーウェインは地下水路に逃げたか。ならば私の罠が効力を発揮するだろう。ここから逃がしはしないさ、私に手を出そうとしたこと、死んで後悔させてやる!」
マスカレイドは身なりを整えると、自らもまたユーウェインを追い詰めるため地下水路に向かった。このとき、確かにマスカレイドは頭に血が上って周りが見えていなかったことを自覚できていなかったのだ。
***
「本当に行くのか?」
「ああ、もちろんだ」
ジェイクとクルーダスは、さきほどの鍵が壊れた地下水路の入り口の一つに立っていた。先ほどここに向かう時に八点鍾が聞こえたので、アルネリアの街も徐々に寝静まり始めるだろう。アルネリアは人口の割に歓楽街が少なく比較的質素な町なので、盛り場といってもたかが知れている。ましてここは人通りの少ない一画なので、人通りはジェイクとクルーダス以外ほとんど見られなかった。
ジェイクとクルーダスはぽっかりと口を開けたような水路の入り口の前に立っていたが、ジェイクはどうもこの入り口が魔物の口に見えて仕方なかった。暗闇恐れる彼ではないが、どうにも不安だけは拭えない。クルーダスは自分よりも勘が良いはずなので、より強い不安を感じているはずなのだがとジェイクは訝しんだが、クルーダスは一切退く気がないようだった。先ほどジェイクが置手紙をした相手が、すぐに反応してくれればよいのだがとジェイクは藁にもすがる気持ちである。
ジェイクの心が定まるのを待つことなく、クルーダスが一歩を踏み出す。
「行こうか。あまり遅くなると翌日の訓練に支障をきたすからな」
「もう既に俺は眠いけどな」
「私は眠くないが」
「あんたみたいな鉄人と一緒にしないでくれ。聞けばほとんど眠らなくても疲労がたまらない体質らしいじゃないか。羨ましい限りだ」
「確かに体の強さには自信がある。我々一族の体質と言い換えてもいい」
「アルベルトもあまり寝なくても平気だものな。っていうか訓練でもそうだけど、疲労して動けないのを見たことがない。戦闘で疲弊したはずなのに、深呼吸を2つ、3つすれば元通りとかおかしいだろ」
「私も同意見だ。特にアルベルト兄さんは私たちの中でも血の色が濃いとしか思えない。一際違った力を発揮しているように見える」
クルーダスは唸った。年の離れた兄弟のため、クルーダスが物心ついたときにアルベルトはほとんど騎士としての形を完成させていた。そのためクルーダスは完璧なアルベルト以外ほとんど記憶にない。
そのためクルーダスにとってアルベルトは怪物だが、ジェイクにとってはクルーダスも十分に人間離れした能力を持つ騎士だった。そのアルベルトをして、適性が一番あるのはクルーダスかもしれないと思われていることを知らぬは本人ばかりである。
「クルーダスさぁ、一つ聞きたいんだけど」
「なんだ?」
「あんた、時に剣の打ち合いの時に動きが急に鋭くなる時があるんだけど、あれはいったいなんなんだ? 以前はそんなこともなかったと思ったけど」
「それは――」
クルーダスは言葉に窮した。実はクルーダスに限らず、ラザール家の一族は全員その力を使う資格を有している。その能力は『獣化』と呼ばれる能力。野生の獣のごとく本能に任せ剣を振るうことで、身体能力を数倍に跳ね上げる力である。これこそがラザール家を最強足らしめる能力だ。
だが誰でも使えるというものではない。獣に近くなるということは、その分理性を振り切って使うということ。父モルダードはこの能力を使おうとして暴走し、二度と使わないことを決めた。また次兄ラファティに至っては、この能力を発現させることもできなかった。イライザもまた同様に発現させるにいたっていない。現在はアルベルトがこの能力を発現させるため、ミリアザールにつきっきりでしごかれているのだ。
だがクルーダスは8歳にしてこの能力を発現させた。そして今もまた、ほぼ自在に使いこなすことが可能である。だがこの能力を見た父モルダードとミリアザールは許可なくしてこの力を使うことをクルーダスに禁じた。いかに使いこなせようと、危険をはらんだ能力であることに違いはない。使い続ければどのような影響がでるかもわからぬ。ならば、できる限り使うにこしたことはないとの判断だった。
しかし。クルーダスは八重の森でもそうだが、強敵と戦う時にこの能力が自動的に発現していることに気付いていた。むしろ命の危機を感じると、本能として生き延びるために使わざるをえないというのが正直なところである。最近ではジェイクとの訓練でも時に使ってしまっていた。それだけ、ジェイクの剣がクルーダスにとっても脅威になりつつあるという証拠でもあった。
だがその真実をジェイクとはいえ、話すわけにはいかなかった。この能力はラザール家の秘密にも関係している。ジェイクにはいつまでも隠し通せるものではないのかもしれないが、それでも話すことは躊躇らわれた。
続く
次回投稿は、3/30(日)11:00です。