逍遥たる誓いの剣、その40~ルナティカ①、クルーダス⑧~
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ルナティカとリサは傭兵団の拠点に戻っていた。時刻にそこまでの余裕はないが、さすがに空腹では集中力を欠くと思われる。リサは取り急ぎ食事を終えると仮眠をとるために私室に戻ったが、ルナティカはいつものごとく料理人のラックの手つきを眺めることにした。彼の料理の手つきは、殺ししか知らないルナティカにとって興味深かった。
その暗殺者にしては純粋にきわまる二つの瞳が、ピースの両手に注がれていた。
「・・・」
「あの~、ルナティカさん?」
「・・・・・・」
「ルナティカさん!?」
ラックはルナティカの視線に耐え切れず、思わず手を止め。そこで初めてルナティカもはっとして視線を上げる。
「なんだ、どうした」
「いや、いつものことなんですけど・・・そんなにずっと見られると緊張するんで」
「そうか。ならば天井裏からこっそりと見るこにする」
「結局見るんですね。そんなに面白いですか、俺の料理姿」
ラックは素朴な疑問として聞いてみた。だがルナティカは彼女らしく真面目に答えた。
「面白い。同じ刃物を扱うものとして、どうしてこんなに違うのかと思う。お前は死んだ食材をまるで生き返らせるように刃物を使う。お前が刃物を使うと、まるで食材が生きているかのように輝き始める。
だが私は違う。私の手は殺すばかりだ。どうしてこんなに差があるのかずっと時間さえあれば考えているのだが、どうしてもわからない。なぜ?」
「なぜと言われても・・・俺にもわからないよ」
ラックもまた偽らざる感想を述べたのだが、ルナティカは多少難しい顔をしたものの、いつもの無表情に戻ってラックに告げた。
「では仕方ない。その答えがわかるまで、お前につきまとうとしよう」
「つきまとうって・・・どの辺まで?」
「すべてだ。お前の全ての行動に付きまとう。料理の時だけを見ていてもわからない。ならばすべてに付きまとうしかない」
「全てって・・・風呂も?」
「必要があればそうする」
ルナティカがしれっと答えたので、ラックはこれ以上ないほど大きなため息をついた。ルナティカには冗談は通じない、そして臆面もない。どうするべきかラックは非常に悩んだが、しかし仕事がまだまだ終わらないので、話を逸らすことにした。
「この後は仕事ですか?」
「ああ。なぜわかる?」
「仕事の前には必ず俺の手を眺めているじゃないですか」
「そうだったか、よく見ているな」
「料理人は観察が基本なんで。なぜですか?」
今度はラックが問うた。だがこの質問は思いのほかルナティカにとっては難問だったようだ。しばらく沈黙が続き、ルナティカはがたりと突如として立ち上がった。
「・・・わからない」
「わからない?」
「そうだ、本当にわからない。どうして私は仕事の前にお前の手を眺めたくなるのか。答えが見つかるまで時間が欲しい」
「どうぞ。俺はしばらくこの傭兵団のほかに行くところもないんで。クビにされない限り、ここにいますよ」
「そうか、だが私がクビにはさせない。アルフィリースには私が推挙しておくし、何よりその気になればお前のことは私が雇う。やめる必要はない。
では時間だな、行ってくる」
それだけ言い残すと、ルナティカは颯爽と食堂を後にした。そして残されたラックは再び盛大にため息をついたのだ。
「ほとんど脅迫だなぁ・・・俺もとんだ女の子に見込まれたものだ。顔は可愛いのになあ・・・雰囲気が怖いんだよぅ。とほほ」
うなだれるその横で、ラックに同情するように彼の肩を叩く同僚がいたのである。
***
クルーダスは地下水路内で見かけた異形の報告を行うため、深緑宮に帰っていた。だがミリアザールは不在であり、深緑宮は閑散としていた。クルーダスが報告を行うべき直属の上司も見当たらなかった。
ならばせめてアリストの耳には入れておこうと彼の元に向かったのだが、これもまた折悪く、居残りの責任を押し付けられてから初めての休暇を申請していたのである。もちろんアルネリア内にはいるので彼の自宅に押しかけて報告することは可能だったし、そうするべきであったのだが、目の前にジェイクが現れたことでクルーダスの中によからぬ考えが浮かんでしまった。こんな精神状態でなければ、決して浮かばない考えである。クルーダスもまた年若い騎士。精神的に未熟である部分があったことを、本人も周囲も忘れていた。
「ジェイク、少しいいか?」
「なんだ?」
「最近町で窃盗事件が繰り返されているんだが、その犯人と思しき奴を見つけた。今から捕えに行くんだが、一緒に来ないか?」
「俺たちだけでか?」
「そうだ。上役は誰も今はいないし、たかが窃盗犯。アリストさんも過労で休養中だ。俺たちだけで十分だろう」
ジェイクはクルーダスが最近普段と違うことを勘付いていたので、やや身構える一方でその身を案じてもいる。そんな気持ちがジェイクの判断を鈍らせた。
「・・・あまり気は進まないな。俺は誰かに報告してから動くべきだと思う。アリストさんは家にいるだろう? 連絡だけでも入れておくべきだ」
「危険は少ないはずだ。俺たちが2人いて、たかが窃盗犯に遅れをとるのか?」
「そうは思わないが、何が起こるかわからないのが戦いだと思う。それに、本来街の警備は周辺騎士団の仕事だ。あまり神殿騎士団である俺たちがしゃしゃり出ない方が、余計な軋轢を生まないと思うんだけど」
ジェイクの言うことはいちいちもっともである。クルーダスにもそれがわかるからこそ、余計にジェイクの言うことに腹が立った。こんな感情を抱くとはクルーダス自身も意外であったが、今はジェイクの言うことに反発したかったのだ。
こうなると、余計にクルーダスは自分でも意外なほどに稚拙な言葉が口をついて出てきたのだ。
「ジェイクがそう思うのならいいだろう。俺はどのみち行くさ。もう夜番の時間になるから、今から連絡しても周辺騎士団も町の自警団も動かないだろう。そうするうちにも強盗は逃げるかもしれない。俺は騎士としてそんな真似は見過ごせないからな」
「なんだってそんな強引に・・・わかったよ、俺も行くよ。ただし危ないとちょっとでも思ったら、すぐに引き返してアリストさんに連絡だ。それが条件だ」
「ジェイクがそうしたいならそうすればいい。俺はもう正式な神殿騎士で、何度も戦場に赴いている。これしき解決できなくて、どうして神殿騎士が務まるだろうか。俺一人でもできることだ」
「(強引だな、今日のクルーダス・・・やっぱり何かおかしい。出かける前に誰かに連絡を入れた方がいいかもしれない。でも連絡できて頼れる人間なんて・・・あ、いるかも)」
その時ジェイクの脳裏には、自分でも思いもかけない人物が浮かんでいたのである。
続く
次回投稿は、3/26(水)12:00です。