表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
850/2685

逍遥たる誓いの剣、その39~ラファティ①~


***


 ラファティは遠く八重の森の中にあって、部下の報告を聞いていた。八重の森は南の大陸を仕切っていると言われていた三すくみの一人、カラミティの拠点だけあって見たこともないほど強力な魔物が棲んでいた。2層、3層まではまだ記録があった。だがそれ以降は未到達領域であり、アルネリア800年の戦闘記録のどこにもない魔物たちの襲来に、多くの者が傷つき倒れていった。

 指揮官であるラファティは、かつてミリアザールが送り込んだ精鋭たちが全滅したのも頷けると思いながら前進していた。自分達も魔晶石ロードストーンの防具がなければ、この程度の被害では済んでいないことは容易に想像できる。ラファティでさえ、魔晶石の加護なしでは片腕は失っていただろう。それほど、第4層の守護者は強かった。

 そして第5層に攻略にとりかかる現在、彼らは非常に悩んでいた。第5層に敵は少ない。だが、罠となるべき植物が数多く生えている。たとえば甘い匂いで敵を釣り、一飲みにする食人植物。近づくと蜘蛛の糸のようなものを大量に吹き付け、相手が動けなくなったところで自分の体内に飼っている小さな昆虫を大量に吐き出し、彼らに襲わせることで養分を吸いだそうとする木。また一定の人数が射程範囲に入ると、突如として刃のような葉をまき散らして周囲を伐採するような木もあった。また木自体がまるで生き物のように配置を変えるため、日々森は異なった様相を呈している。目印や案内などは何の役にも立たない。第4層までと違い、ほとんど生物がいないことも頷ける。ここは生き物が住めるような世界ではない。

 毎日のように発見される新たな罠に、連日体長格の騎士たちは頭を悩ませていた。当然、ラファティの悩みも同じである。そして部下の一人が言ったのだ。


「こういうとき、クルーダスの勘は役に立つのに」


 ラファティもその通りだと思った。クルーダスは物静かな態度とは裏腹に、野生の勘に優れている。三兄弟の中で、おそらくもっとも動物的勘に優れた騎士だろう。言い換えれば、先入観にとらわれずより本能的に行動できる。五感ならばラファティも常人のそれよりはるかに鋭いが、やはり理性が先行する。クルーダスのように、本能に任せて何か行動を起こせるほどではないのだ。

 ラファティが思うに、クルーダスは兄弟の中で最も才能を秘めているのかもしれない。体は鍛えることができ、剣は練ることができる。だが、本能はどうやっても鍛えることができない。ならば、資質の面で最も優れているのは紛れもなく、クルーダスだろうとラファティは感じていたのだ。

 だが、クルーダスには気迫が欠けていた。アルベルトや自分、他の神殿騎士たちが持つような気迫に欠けるのだ。いかほど才能に恵まれようと、生死を分ける戦いでは気迫の勝負になってゆく。実力が拮抗した相手との戦いでは、特にその差が顕著となるだろう。クルーダスはその気迫に欠けていた。

 戦場でそのようなクルーダスの様子を見かけ、心配したラファティはミリアザールにひそかに書簡を送った。戦場で何かが変わればと思っていたが、そのような兆候は見られない。ならば優先すべきは弟の命かもしれないと思い、ミリアザールに連絡したのだ。ミリアザールは既に気付いているだろう。今回の遠征はおそらく最後の機会であったはずだ。今頃アルネリアでは、クルーダスに戦場に出るなという命令が下されているはずだった。

 才能があれば戦いに向いているというわけではない。ラファティは多くの戦いの中でその事実を実感してきた。いかに才能があろうと、戦う理由がないのであれば戦場に立つべきではないと思う。


「(だが、今はこの難局をどう乗り切るかだな。クルーダスが戦士として成熟していれば・・・と、ない物ねだりしてもしょうがないか)」


 ラファティは表情を引き締め、再度会議に臨むのであった。空からの偵察では、残り三層。なんとしてでも抜かねばならぬ。抜くための方策を持っていなければならない。

 ジャバウォックは語った。


「(カラミティってのはおそらく俺たちのような古代の魔獣――とは違うはずだ。俺が生まれた当時、南の大陸にそんなのはいなかった。いたのは白銀公っていう、とんでもない力を持った魔獣だけだ。その力は圧倒的で、かつてのブラディマリアのような魔人の一族でさえ、正面から敵対するのを諦めたくらいだからな。まだそのドラグレオってのはいなかったはずだ。だが白銀公はその力に反して非常に静かな性格で、むしろ人間やその他の生物たちと共存を図っていたようだ。精霊たちはこぞって白銀公の美しさと、その荘厳さを褒め讃えていたものだ。

 それがいつからかあんなものが出現した。当時の精霊たちの話じゃ、カラミティなる生き物が出現してから南の大陸の勢力図は大きく変わっている。カラミティの恐ろしさは、その侵略力にある。白銀公がどれだけ食い止めようとしても、四方八方から責め立て次々にその勢力図を伸ばしていた。

 そしてついに、カラミティの勢力が南の大陸の半分に到達しようかというとき、白銀公はその力を全力で解放したそうだ。その結果が現在の南の大陸の砂漠化さ。白銀公は自分の力を全力でふるえば、その結果どうなるか知っていたんだろうな。

 結果、カラミティは白銀公に致命傷を負わされ、揚句永遠に緑化が行われない砂漠で周囲を囲われ、八重の森から外に侵食できなくなった。ブラディマリアも同じく、うかつに動けなくなった。白銀公は力を使い果たしたのかどうやら死んでしまったようだが、代わりにあのドラグレオが台頭してきたったことだろうな。これが人の歴史に語られない真実さ。

 ああん? 真竜がどうしていたかって? それはあのボケナスのグウェンドルフに聞いてみやがれ。白銀公が真竜たちに助けを求めたとは思えねえが、グウェンドルフがしっかりと情勢を把握していたなら、南の大陸はあんなことにはならなかったろうさ。真竜の手落ちだよ、南の大陸の事件はな。俺に言わせりゃ、そんな体たらくでデカい顔すんなってことよ。いっそ俺みたいに最初から傍観を決めていた方がまだマシってもんだぜ)」


 その話を聞くにつけ、ミリアザールは一つの策を決めた。カラミティが敵として出現してからでは遅いと、ミリアザールはカラミティなる者の正体を突き止めるために、過去から通算して3度目の遠征を派遣することにしたのだ。

 ラファティもその重要性はわかっている。それだけに、引き際も含めてラファティは見極める必要があった。どれだけ犠牲を伴おうとも、カラミティの正体を突き止めなければならない。その非常な戦いの中で。クルーダスが帰還したことが安心といえば、安心であったことを言わなければなるまい。


「私も大した身勝手さだ。我が身と弟が可愛いとはな」

「ラファティ様、何か?」

「何でもない。それより新しい敵性植物の対応策だ。それらの植物が何に反応して攻撃してくるかを見極めるためにだが――」


 ラファティが口の中でつぶやいた言葉は聞き取られることなく、彼は故郷にいる弟のことは忘れ、軍議に臨むのだった。



続く

次回投稿は、3/24(月)12:00です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 『クルーダスは表情を引き締め、再度会議に臨むのだった。』 とあるのですが、ここの『クルーダス』は『ラファティ』ではないでしょうか…? 解釈違いだったらすみません。でも、少し気になった…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ