アルネリア教会襲撃、その13~襲撃の後始末①~
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ここは深緑宮から少し離れ、教会内の施設の一角。深緑宮は主にミリアザールの住まいであり、大司教以下、比較的身分の高い司祭は騎士団の施設の続きに自分の仕事場を持っている。神殿騎士団は孤児出身の者・アルネリア出身の者が非常に多く、騎士団内の宿舎をそのまま自分の住居としている者も珍しくはない。とはいえある程度身分が高くなれば自分の住居を市内に構える者が多かったが、大司教であるミナールは不思議なことにいつまでも宿舎に住んでいた。
ただ彼は生活のほとんどを自分の仕事場で寝泊まりすることが多く、宿舎に帰ることは滅多になかった。そんな彼を生来の貧乏性と揶揄する者も多かったが、全く偉ぶらず、自分達と苦労を分かち合ってくれると支持する者も少なからずいた。しかし彼はそんな理由のために宿舎にいたわけではなく、単に仕事がやりやすいという理由だけだったのだが。
そんなミナールが自分の仕事場に帰ると、彼付きである大司教補佐のエスピスとリネラが姿を現す。どちらもフードを深くかぶっているが、どうやらエスピスが男でリネラが女というのは僧服とシスター服の違いでわかる。そんな2人にミナールが指示を出す。
「エスピス、リネラ。貴様たちにやってもらいたいことがある。エスピスは手勢を2手にわけ、西方諸国連合とローマンズランドへ。リネラはおなじく手勢を2手に分け、クルムス公国と東側の諸国を探ってもらう。動員できる手勢は全て使って構わん。国王、王妃、大使、皇女、宰相、公爵といった主な重鎮におかしな様子がないか、特に重点的に探ってほしい」
「重鎮を、でございますか?」
「そうだ」
「よろしければ理由をお教えいただければ」
「理由がなければ働けないか?」
「いえ、そういうわけではないのですが、重鎮ともなると警護も厳しいです。目的がわかっていれば、それなりに調べもつけやすいかと」
「・・・いいだろう。今回の襲撃で、もしかすると各国首脳陣に何かしらの不穏な動きがあるのではないかと私は踏んでいる。私が仮に国崩しをやるならば、重鎮を洗脳、あるいは篭絡するのが一番早い。戦争を他国に仕掛ける、国庫を無駄に消費する、内政をまともに行わない・・・暗殺もいいが、すぐに事が明るみになる。狙うなら一撃で国が大打撃を被るような人物にしなくてはならんが、中々そこまで効率的な人物はいない。国が1人の人物に寄りかかっていることなどまずないからな。すると恐ろしい話だが・・・集団で洗脳されている可能性もある」
「それはまた・・・では、どのようなことを重点的に探ればよろしいですか?」
「探って欲しいのは、後ろめたいことがある人間だ。特に浪費家、賭けごと好き、夫婦仲が冷めている、異常性癖者などなど。そういう者は、とかく弱みを持ちやすい。つけ狙われるならそういった者たちだろうな。そしてその弱みは全て押さえておけ・・・どのみちいずれ我々に有利に働く」
「わかりました。優先順位はいかがいたしますか?」
「ローマンズランドとクルムスをそれぞれ優先的に諜報活動を行う。他に質問が無ければ行くがよい。代わりに『犬』をここに呼んでおけ」
「御意」
そして音も無く部屋を出ていくエスピスとリネラ。彼らはミナールと仕事をして長いため、彼が一切無駄なことをしたがらないのはよく知っている。そのため無駄口を叩かず速やかに出て行った。そしてしばらくすると窓をコンコンと叩く音が聞こえる。ミナールはその方を見もせずに話し始める。
「『犬』よ、仕事をしてもらう。これと同じ魔力反応を出す者を追え。見つけたら余計なことはせずに、その都度伝令を飛ばせ。そして私からの指示があるまでその場で待機だ。よいな」
すると返事も無く窓がキイ・・・と開き、手だけがすっと出てくる。その手に何やらミナールが握りこませると、手は引っ込み、犬と呼ばれた者の気配も消えた。そしてミナールもまた姿を消す。ミナールが部屋に戻ってから全ての段取りを整えるまで、10分も経っていなかった。
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そのころミリアザールと清条詩乃は会見を行っていた。ミリアザール自身は東方の大陸に渡った時に清条の家とは親交があり、実際に親密であったのも8代前の清条当主だったのだが、詩乃自身にも彼女が小さいころに会ったことがある。その後詩乃はアルネリア教会にも一時期留学していたことがあり、よくミリアザールが面倒を見ていた。本来討魔協会とあまり交流の無いミリアザールとしては、とりあえず接点を持てればよいと思って会見を持ちかけたのだが、まさかいきなり筆頭代行を務めることもある清条家が出向いてくるとは思わなかった。思わぬ重鎮のお出ましである。最初はこちらから出向くつもりであったため、手間が省けて楽ではあったが。
だがそんな思いよりも、ミリアザールは純粋に詩乃との再会を懐かしんでいた。10歳までアルネリアにいた詩乃と再会するのは実に7年ぶり。その方術の上達ぶりにも目を見張ったが、それ以上に実の母娘のように接した二人である。梔子もその様子は見ていたし、詩乃のお伴の2人もその様子は何度も聞かされた。さぞかし感慨深い再会だろうと周囲は期待するが、ミリアザールの一言であっさりぶち壊しになる。
「しかし詩乃よ大きくなったのう・・・特に胸が。サイズはいくつじゃ?」
「えーと・・・1年前は96だったんですけど・・・」
「な、何い!? くそ、10歳のころからその徴候はあると思っておったが・・・おのれ!」
「ミリアザールは変わりませんね、全く」
「キーッ!」
「教主様、色々ぶち壊しです・・・」
後ろでため息をつく梔子。敗北感に打ちひしがれるミリアザールをよそに、詩乃は両手でその豊満な胸をことさら強調するようなポーズをとる。もちろん意識しているわけではない。
「最近また大きくなったみたいで・・・どうしましょう。肩は凝るし、大変なんですよね」
「ちょっとまて・・・今一体ソレはいくつあるんじゃ?」
「さあ? 私は上に何もつけてないので全く分かりません」
「ちょっと待て、つけておらんのか?」
「はい、巫女の正装は何も付けないのが基本ですから。特に方術を使用したり、清めの儀式が多い私はつけないことが多いですね。ちなみに下もはいておりません」
「・・・男が聞いたら鼻血で出血死ものの発言じゃのう。そのムチムチっぷりで、その容姿で、その恰好で、その頭のユルさじゃからのう」
「えへへ~それほどでも~」
「いや、詩乃様。褒められてませんって」
東雲が突っ込むが、詩乃は顔を赤らめてキャッ、とかいいながら照れている。もう一人の薙刀を持った巫女、どうも式部というらしいが、そちらはいたって平然としている。東雲はわかりやすい性格だが、ミリアザールはいまいちキャラのつかめない式部の人物像をつかもうと話しかけてみる。
「ところで式部殿も巫女のようだが・・・やはり下はその・・・」
「はい、何も」
「東方は皆そのような習慣なのか?」
「残念ながらそんな助平な世界ではありません。詩乃様は本家におられるときは儀式や修行の関係上、朝のお清めから始まりそのまま瞑想に入られるため、そういったものを装着する時間が少ないので、つけてないのが習慣となっただけの話。まあ単純に詩乃様がしょっちゅううっかり履き忘れただけ、という話もありますが」
「しょっちゅうかい!」
「ちなみにだいたい私がひっぺがしております」
「いやお主、仮にも主人に何をしとるんじゃ? で、貴様はなんではいておらん?」
「趣味です」
「いつの時代の健康法じゃ?」
「健康法ではなく、露出趣味です」
「言い直さんでよい!」
ミリアザールはまた頭痛が再発した気がした。
「詩乃、お主も苦労するのう」
「いえ、どちらかというと私が式部に迷惑をかけているというか」
「その通りです。帰ったらお仕置きですよ、詩乃様」
なぜか茶々を入れてくる式部。
「は、はい・・・」
「お主ら、どっちが主人じゃ? そしてなぜ詩乃は顔を赤らめる??」
「お子様は知らなくてよいことです」
「いや、ワシより年上とかいないから。ワシがわからん事情って」
「大人の事情です」
「どこの世界の話じゃ!」
「あなたの知らない世界」
式部がニヤリとする。その時ミリアザールはこの女が自分の天敵となることを確信した――。
「と、まあふざけるのはここまでにしましょう」
詩乃が話を元に戻す。ミリアザールはその展開の違いにややついていけていなかった。
「ワシ、なんか疲れたわ・・・歳かのう。じゃが、会見は別じゃ。詩乃、そなたがここに出向いたということは」
「はい、それがそのまま討魔協会の返事と考えていただいて結構です」
ぺこりと詩乃が例をした。その様子に安心したように息を漏らすミリアザール。
「ありがたいことじゃ。じゃが討魔協会がそんなに命令系統が一本じゃったとは意外じゃな。だからこそ今回はお主に助けられたわけじゃが。礼を言うぞ」
「いえ、そんな・・・ただ今の当主は剛毅な方ですから。しかし反発する動きが多いのも確か。決定事項には一応全員が従わなければなりませんが・・・」
「本当に『一応』ということも考えられるということじゃな」
「残念ながら」
詩乃は申し訳なさそうにするが、ミリアザールにしてみれば妥当であった。自分が同じ立場でもそうしたかもしれない。ただ事情が切迫していることを知れば、多少は変わるかもしれないのだが。
「詩乃、東の大陸では最近魔王、お前達の言い方でだと『大鬼』か? は出ておらんのか?」
「最近は特に」
「戦乱の気配は?」
「相変わらず戦いにはまみれておりますが、ここ何十年か、際立った変化はありません」
「ふむ・・・」
ミリアザールは思わず腕組みをして考え込んだ。
「(詩乃の言うことが事実だとすると、奴らの狙いはこの大陸だけなのか? それとも単にまだ東には手が回っていないだけなのか・・・最悪な状況としては、やることは既にやり終えているとも考えられるな。さて、どこまでこの詩乃を信じたものか。こちらでも独自に調べたいが、東方は事情がこちらと違うからな。こちらの大陸では諜報活動はあまり重きを置かれていないからワシの口無しだけでなんとかなるが、東方の大陸はあまりにも諜報活動が発達しておって、ワシの子飼いの連中では返り討ちが関の山じゃ。それゆえ向うの事情がわからんわけだが・・・とりあえず後で考えるか)」
先に片づける問題はいくらでもあるはずだとミリアザールは考え直す。だがこの時、討魔協会との関係はもっと見直しておくべきだったと、彼女は後で後悔することになる。といっても、どうしようもない出来事だったのかもしれないのだが。
「詩乃よ、どの段階で協定を結ぶかじゃが・・・そちらは『同盟』の準備はあるのか?」
「いえ、そこまでは。私はまずは『共闘』が妥当ではないかと思います」
「ワシもそうじゃ、何せ大陸をまたいでおるからな。互いの大陸では勝手も違うじゃろうし、まずは共闘関係で人材交流を行い、それぞれの事情を確かめるのが一番かの」
「私もそのように考えます」
「ではどういった手筈でいくかを細かく考えていこうかの」
「はい!」
ここから2人は細かな話し合いに移って行く。ともあれミリアザールの目論見より早くアルネリア教会、魔術協会、討魔協会の協力関係が結ばれた。だがその内容はミリアザールの理想とすべき状態とはまだまだ程遠い物であることに、この時彼女は気付いていなかった。
続く
次回投稿は12/13(月)11:00です。
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