逍遥たる誓いの剣、その30~クルーダス⑤~
「ミリアザール最高教主様、今なんと?」
「そういう時はきちんとワシのことを呼ぶのじゃな。剣を置けと言うたのよ、二度言わせるな」
「理由をお聞かせ願いたい」
無表情なクルーダスの表情に苦悶の色が浮かぶ。このような表情をクルーダスがするのを、ミリアザールは初めて見た。だがミリアザールも予想はしていた。クルーダスが並々ならぬ情熱を剣に注いでいることは、十二分に知っていたのだから。
それでも言わねばならないことだと思った。ミリアザールは余計な死者を出すのは、もう十分だと考えていたから。
「自分でも察しておろう。おぬしの剣は確かに鋭い。だが、半端なのじゃ。剣にかける執念がおぬしの剣には見えぬ。普通の時代ならそれでもよかったかもしれん。時代によってはおぬしの剣は神殿騎士団長のそれに足るほどには鋭い。じゃが今は違う。常軌を逸した魑魅魍魎共が跋扈し、我々はその者達と戦わねばならんのだ。そのためにはおぬしの牙は柔すぎる。剣を振るうのが好きだとして、それだけで生き抜ける戦いはこれから先待ってはおらぬ」
「私の剣がそこまで軽いと?」
「おぬし自身もそう感じておるはずじゃ」
クルーダスはぎくりとした。ミリアザールは普段はともかく、こと戦いに関しては適当なことを言わない。どうやら自分とジェイクの戦いはしっかり見られていたようだと、クルーダスは感じ取った。
「・・・ジェイクはどうなのです?」
「あやつは自ら剣を選び取った。市井の男として生きる道もあったろうが、あやつはその道を選ばんかった。ならば答えは一つじゃ。あ奴は生き死にを自らの意志で選んだ。
じゃがおぬしは違う。ラザールの者は戦う宿命にあるが、何も全員戦わずともよい。文官の道を選んだ者もおるし、女の中には市井に紛れた者もおる。貴族に嫁いだ者もおるな。何も戦うだけがラザールの道ではない」
「ですがしかし!」
「おぬしを死なせとうない」
ミリアザールの目に悲哀の色が浮かんだのを見て、クルーダスははっとした。ミリアザールの言葉は、偽らざる彼女の本心だった。クルーダスのような若者はきっと早死にするとミリアザールは確信をもって言える。千年戦い続けた彼女だからこそわかる、確信めいた予感である。
だが彼女にもわかっていないことがあった。それはクルーダスから剣を取り上げることは、そのこと自体が彼にとっては死亡宣告にも等しいことに。
クルーダスもまたミリアザールの心が察せられるからこそ、言葉に詰まった。今さら剣を捨ててどうしろというのか。目の前にあった道が、突然暗闇で見えなくなったかのような錯覚にクルーダスはとらわれ、反論する気力が失われていくようであった。それでも必死に言葉を紡いだのは、彼の意地だったかもしれない。
「・・・自分の力不足は認めます。『獣化』を使いこなせていないこともわかります。それでも、すぐに決断することはできない」
「そうか。じゃがワシは今のおぬしを、再度八重の森に派遣することは考えておらぬ。今夜は体を休め、明日ゆっくりと考えるがよい、まだ日も残っておる。たまには町に行ってみたらどうじゃ。剣だけが、戦うことだけがそなたたちの人生ではあるまいて」
「・・・そうせざるをえなかったのは、貴女のせいではないのか」
「なに?」
「失礼します」
クルーダスが絞り出すように吐いた言葉を、ミリアザールは確かに聞き留めていた。それはこの千年、何度となく聞いた恨みの言葉である。もちろん、過去のラザールの人間達からも何度も聞いた呪いの言葉であった。
先ほどまでと違いその背中が小さく見えるクルーダスを見ながら、ミリアザールは黙ってその背中を見送った。
「クルーダスよ、時代が悪い。戦いは残酷じゃ。剣が好きなだけでは生きてゆけぬのじゃよ。それに、お主の獣化は使いこなせていないどころか、完璧すぎる。じゃが身体共にそぐわぬ状態での覚醒はより残酷な結末を産む、それに気付いてくれ。そもそもワシが悪い、そのことは重々に承知の上でじゃ」
ミリアザールもまたその場を去ったが、いつものように背筋を伸ばして歩く彼女も、どこか寂しげであったのを、ただ梔子だけが見ていた。
***
リサとイプスは下水の入り口に来ていた。ここアルネリアは下水の完備された最新の都市構造をしている。それはかつてアルドリュースが戯れにこの土地を訪れた時にミリアザールと話し合い、その知識と発想に共感したミリアザールがアルドリュースの案を取り入れ実現した都市構造であった。これほど衛生に配慮した都市はベグラードかアルネリアくらいであろうが、そんなことを知る一般人はそう多くない。このイプスとリサは数少ない例外である。
「このようなものがあるとはっていたつもりですが、理解するよりも随分と進んだ都市のようですね、アルネリアは」
「もちろんですぅ。ここアルネリアはかつて対大魔王の最前線の要塞としてぇ。そしてそのあとは防衛の中継地、中央街道整備後はもっとも安全な都市としてぇ、大陸各所のアルネリア教会の心の拠り所ですぅ。安全だからこそ諸侯の子弟が留学してくるのですよぉ? 疫病が流行るような生活環境じゃあ、いけませんよねぇ?」
「確かに。盲目のリサには見えませんが、このアルネリアは自然も豊かな環境のようです。下水にここまで悪臭が少ないとは。中原一安全というのは、伊達ではありませんね」
リサの感心も無理はない。ここアルネリアには巨大な浄水施設があり、生活排水は何重もの濾過槽でほとんど無害な水へと変換されて、生活用水へと還元される。中原に位置するアルネリアは水の確保に困窮した歴史があり、その昔要塞だった頃から包囲戦に弱いという欠点に何度もミリアザールは頭を悩ませたことがある。
その時に弱点を解決したのがアルドリュース考案の浄水施設なのだが、ミリアザールが彼の発案を聞くなり飛びつくように実践した。水が確保できない土地は繁栄しない。アルネリアが現在の形をとるために随分と灌漑工事を行ったが、今度は水の循環が問題となっていた。それらをごまかすために水の聖化を行い形だけでも浄化していたのだが、衛生面ではあまり褒められたものではなかった。
それらの問題を解決したのが現在リサとイプスの目の前にある浄水施設であり、この施設の恩恵には周辺の町や村も預かっているのだった。浄水の方法自体は何度も考案されたが、アルドリュースの考案した方法は群を抜いて優秀だった。
続く
次回投稿は3/6(木)13:00です。




