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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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逍遥たる誓いの剣、その29~クルーダス④~

***


 深緑宮の一角でクルーダスは頭から水を浴びていた。蒸気した体がゆっくりと冷えていくと、先ほどまで息をすることも忘れたように剣をふるっていた熱が、ようやく人心地ついた。

 先ほどまでの自分はまさに獣と化していたと、自分でも思う。剣先まで感覚があるかのように、剣を通して風を斬る感触がはっきりと手元に伝わってきた。目は打ち合っていたアルベルトの輪郭のみをとらえ、他の風景は空気の流れを通して皮膚で感じ取る。

 よく勘違いされるのだが、クルーダスは剣が嫌いなのではない。ただ剣をふるう時は集中するあまり、他のことが目に入らなくなるだけだ。表情や感情すら剣の中に吸い込まれるように剣に意識が集中する。その感覚がクルーダスは何より好きだった。剣に恋し、その伴侶としてもよいと考えるほどにクルーダスは幼い頃から剣にのめり込んだ。集中するあまり感情すら忘れるゆえに、彼は無愛想だとか無表情だとか揶揄されたが、そのことを理解しているのはミルトレとマリオンくらいだろう。確かに剣を握るきっかけこそラザール一族の宿命だろうが、クルーダスは周囲が思うよりも自分の宿命が嫌いではなかった。

 だが、剣にのめり込むからこそ許せないこともある。それは、自分にラザール家の男子として、一番の才能が備わらなかったこと。クルーダスは幼い頃より、父や兄たちの剣を見てきた。父モルダードの剣は重く鋭い。かつて神殿騎士団長を務めた彼の剣は確かに尋常ならざる鋭さを持つが、それはまだ人らしさがある。

 兄アルベルトがモルダードを打ち負かした時の剣を、クルーダスは直に見ていた。あの時初めて、クルーダスは人間が人間以外の者になれるのだと気が付いた。獣が人間の皮をかぶったとしか思えないアルベルトの剣戟。自らが傷つくことなど度外視し、敵を打ち倒し破壊するためだけに振るわれる剣は、本当に実の父を殺すのではないかと思われた。アルベルトにとって剣とは敵を打ち倒すための一つの手段に過ぎないのであって、必要とあれば相手の喉笛を直に噛み千切ることすらするのではないかというほどの凄味があった。あの時、アルベルトがモルダードの喉笛に剣を突きつけるまで誰もアルベルトを止めようという発想すらなかった。それほどの迫力を、既に当時のアルベルトは備えていた。

 そしてラファティの剣は、技量の上ではアルベルトを凌ぐ。いつも笑顔でどこかつかみどころのないラファティではあるが、一度本気になったらその剣の技量はアルベルトが自分を上回ると認めていた。ただその剣も今は敵を打ち倒すことにほとんど振るわれないため、この先ほとんど見ることはないだろうと言われていたのだが――現在八重の森で陣頭指揮を執るラファティの剣の技量を見て、クルーダスはアルベルトの言葉の意味を知った。次々に襲いくる見たこともない魔物の攻撃を一瞬で捌き、すれ違いざまに八つ裂きにしていくその姿にどれほど味方が勇気づけられたか。剣の質が違うとはいえ、あれほどの剣速と冴えを出すことは、生涯自分には不可能だろうとクルーダスは悟っていた。

 そしてもう一人。クルーダスが剣士としてかなわないのではないかと思う相手が――ジェイク。近頃のジェイクの剣の成長速度は異常だとクルーダスも考えている。まだ13にもならぬ少年が振るう剣としては、その鋭さは異常だった。確かに、その速さも技量も並ではない。だが神殿騎士全体の技量から見ればまだまだ下位の方だし、体も小さいから筋力も足りない。だが、その剣を重いとクルーダスは感じるのだ。剣を打ち合うと、ジェイクの剣は自分の喉元に迫ってくる感じがする。そうすると、クルーダスのその気がなくともつい訓練にあるまじき勢いで打ち込んでしまうのだ。彼の本気に引きずられ、巻き込まれてついやりすぎる傾向にあった。

 だからこそ、クルーダスは剣に一層のめり込んだ。兄二人を追いかける立場ゆえにまだ兄に届かぬとしても、まさか後ろから追いすがるジェイクに負けるわけにはいかないとクルーダスは決意していた。だが現実はどうか。ジェイクの剣は徐々にだが、自分に近づいている気がする。クルーダスは誰にも言わないが焦っていた。なぜそのようなことが起きえるのかと考えてみても、答えが出ないからだ。ただ焦りだけが、クルーダスをより一層の拷問にも近い訓練へと駆り立てていた。

 クルーダスが水を浴び終えると、その背後にはいつの間にかミリアザールが立っている。クルーダスは一礼してその横を過ぎ去ろうとしたのだが、ミリアザールが呼び止めた。


「待て、クルーダス」

「・・・何かご用でしょうか?」


 クルーダスが不愛想に返すのを見て、ミリアザールは呆れてため息をついた。


「用がなければ話しかけてはいかんのか。一応お前たちの主人なのじゃがのう」

「では早急に要件を。私も疲れておりますゆえ」

「アルベルトにまして無愛想じゃのう、お前。ならば本題だけ述べてやろう。おぬし、剣を置け」


 ミリアザールのその言葉にクルーダスが固まった。わが耳を疑ったのだ。今、自分の主人が何を言ったのか信じられない顔つきでクルーダスは振り返る。



続く

次回投稿は、3/4(火)13:00です。

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