逍遥たる誓いの剣、その28~鎮座~
「ああ、会いに行ってきた。時期尚早かもしれないが、これから先しばらくはこのようなことを伝える時間もないかもしれぬからな。何より、今でなければアルフィリースが十分に考える時間を取れないだろう。これから先、しばしは余計なことを考える暇もないほど激動の時を迎えるだろうからな」
「(若い時に無為な思索にふける時間とは確かに貴重だが、何を考えている?)」
ノーティスが疑問を発した。いつもなら自分の問いかけにユグドラシルが答えることはないことをノーティスは知っているが、今のユグドラシルならば答えることもあるかと考えたのだ。これは確信ではない、ただの勘である。
果たして、ノーティスの勘が優れているのか、ユグドラシルはそれすらも承知であるのか。つらつらとユグドラシルは考えを述べ始めた。
「本来ならば私は干渉しないつもりだった。あるがままのこの世界でよいと思っていたのだ。だがオーランゼブルはそれをよしとせず、そしてミーシャトレスもまた運命を変えようとした。本来なら取るに足りないその動きは、わずかではあるがこの大陸の運命を確実に狂わせている。2人とも、逸脱した力の持ち主だからな。
それに、動いたのは彼らだけではない。白銀公やお前もそうだ。あるいはかつて戦った魔人たちもそうだったかのしれぬ」
「(真竜が悪しき者だと言いたいのか?)」
「そうは言っておらぬ。ただ、歴史の変転という長い目で見た時、魔人たちの行為は革新的であったかもしれないというだけだ。現に今、古竜たちはただ傍観に努め、シュテルヴェーゼもそれにならった。変革を求めたお前とシュテルヴェーゼの気が合わぬのは当然だな。元は番だというのに」
「(・・・古い時代の話だ)」
動けぬはずのノーティスがそっぽを向いた気がした。だがこの好機に質問しない手はない。昔の確執はともかく、ノーティスは問い続ける。
「(それで、なぜ魔法使いのお前が干渉したのだ?)」
「アルフィリースだ。本来ならば、アルフィリースはもっと別の存在だった。彼女が順調に成長すれば、私は必要なかったはずだ。その存在はオーランゼブルによって捻じ曲げられ、ミーシャトレスによって見守られ、そしてアルドリュースによって正された。そして今、彼女は自力でさらなる存在へ昇華しようとしている。これは私も予想しなかった事態だ。
見てみたいではないか? 人間が自らの力でより良き未来を切り開く瞬間をな」
「(それを決めるのはお前ではなかろう?)」
「むろんだ。だから、可能性を残すにとどめている。普通に考えれば、オーランゼブルの作る未来の方が現実的だ。アルフィリースが作る未来はどう贔屓目に見ても無数の奇跡の上に成立するものだ。途中で破綻することが目に見えているかのようにな」
「(だが、それを人は希望と呼ぶ)」
「その通りだ。だが、誰もまだその希望の形を知らぬ。絶望の形を知る者はお前を含めて何人かいるがな」
ユグドラシルの言葉にノーティスは心の中で頷いた。
「(絶望・・・それも最悪の絶望だ)」
「その通りだ。だが既に兆候は出ているのだ。あとは気が付くかどうかだけ。もっとも気が付いてもどうしようもない類のものであるが、それでも人間は座して絶望を受け入れはしないだろうよ。だからこそ大陸は動いたのだ」
「(絶望を知っているのはオーランゼブル、古竜の方々、ミーシャトレス、シュテルヴェーゼに私と・・・あとは誰だ?)」
「浄儀白楽、オリュンパスの中枢、アーシュハントラ、さらにアノーマリーとドゥーム」
「(人間にも気付いている者がいるのか!?)」
ノーティスの念話がひときわ大きくなり、わんわんとユグドラシルの頭の中で響いたが、彼はやや眉を顰めながらも受け流した。
「驚くことではない、この大陸の様子をつぶさに観察していれば気が付いてもおかしくないことだ。最近特に兆候は顕著になりつつあるからな。
だからお前たちは人間を舐めすぎだと言っている。もっと人間を信じてみたらどうだ。そのためにお前たちは過去数千年、数百年にわたって知恵を授け続けてきたのだろう。その行為は無駄ではないはずだぞ。もっとも、最後の方に名を挙げた連中が人間かどうかは怪しいが」
「(既に我々は不要ということか)」
「それは極端な意見だ。誰が不要か必要かは、時代と時間が決めてくれるだろうよ。それ以上に個人の意思が決めることでもある。だからお前がここにいてもいなくても、事態はなるようにしかならん。特にお前は、アルフィリースには干渉不要だ。余計にややこしいことになりかねんからな」
「(なんとなくお前の言わんとしていることはわかり始めたが――これはなんとかならんか、かゆいところにも手が届かん)」
「この大陸に現存する中で最も力のある真竜を放置するほど、私も愚かではない。それに私は誰も信用しない主義だ。ただ一人を除いてな」
「(アルフィリースか?)」
「さてな」
ユグドラシルは質問をはぐらかし、瞑想に入ってしまった。こうなると何を語り掛けてももはや意味がないことをノーティスは学んだ。魔術の力が強いものほど瞑想は深い。オーランゼブルがそうだったが、このユグドラシルのそれは比較にならぬほど深い。彼の深層意識に語り掛けられる者など皆無だろう。
だが彼の意識が沈み切る前に、もう一つだけノーティスは疑問を投げかけたのだ。
「(最後に一つだけ聞きたい。なぜオーランゼブルの側にいる?)」
「・・・私の願いは一つだけだ。私の願いは人の存続。そのためにはオーランゼブルの行動が最も適切だと思っていた。最初はオーランゼブルが有利になるため、奴にそれとなく人材が集まるように手助けをした。ヒドゥンにアノーマリーやサイレンスの存在を教えたのも私だし、そもそもヒドゥンとオーランゼブルを引き合わせたのも私だ。ライフレスの封印を弱めエルリッチに破らせ、ドラグレオとティタニアの存在を明らかにし、ブラディマリアとカラミティを南の大陸から引きずり出した。もっともライフレスとドルトムントを引き合わせたのは私だったから、ライフレスとだけは以前から少しだけ関係があるがな」
「(ドルトムント? 最初の騎士と言われた、あの鎧づくめの男か?」」
「今でこそあのようになっているが、最初は中々に興味深い存在だった。結果としてライフレスとドルトムントはあのような関係になったが、彼らの関係が違えばこの大陸はもっと繁栄し、平和だったかもしれんな。まあうまくいかなかった時代の転換点の一つだよ。そんなことは今までこの歴史上、無数にあった。続きはまた起きた時にしてくれ。我々にはまだまだ時間が残されていて、どうにもならぬことはもうどうにもならぬのだ」
「(――)」
そうして二人の会話は終わり、彼らはゆっくりと静寂の世界へと戻り、互いの思索へとふけるのであった。その時間は永遠に等しく、だがしかしこの大陸の未来を思い描くにはとても短い時間であることを、ノーティスは予感していた。
続く
次回投稿は、3/2(日)13:00です。