逍遥たる誓いの剣、その27~デート③~
***
ユグドラシルの質問に、アルフィリースは正直面喰らっていた。だが、当のユグドラシルは真剣そのものであり、まるで譲る気を見せない。
アルフィリースは不思議な感情を抱きながら、その問いに答えた。
「そうね・・・私も女だし子どもも好きだから、いつか産んでみたいってのいうのはあるかも。でもそんなのはまだ想像できないし、ずっと先のことじゃないかな。まずはそうなってもいいかもっていう相手を見つけないとね」
「そうか。ごくありきたりな意見だな」
「悪かったわね、ありきたりで」
アルフィリースが本日何度目になるかわからないむくれ顔をしたが、ユグドラシルは薄く笑い、そして今度は一瞬で表情を引き締めた。
「いや、それでいい。お前ほど柔軟な思考の持ち主でも、その一点に関しては他の者と変わらないということだ。逆にそれが普通なのだ」
「? どういうこと?」
「その前にもう一つ質問だ。人間が他の種族に比べて優れているところは、どこだと思う?」
「・・・それは難しいわね」
アルフィリースは、今度は真剣に悩んだ。これはかつてアルドリュースとも議論したことのある議題である。人間が他の種族よりも優れているところ。人間は数百年前までは圧倒的に虐げられる存在だったにもかかわらず、現在では大陸の覇者であるといっても過言ではない。人間と似た種族でありながら圧倒的な力を持つはずのエルフやシーカーは、大陸の隅でひそかに暮らすのみだ。また巨人や、運動能力に優れるミリウスの民、それにホビットや沼人、オークやゴブリンといった亜人に至るまで全種類の民族を鑑みても、人間は圧倒的に勝者と言ってもいいだけの地位を大陸で占めている。
アルドリュースはそうなった要因を、対話し、協力する能力がゆえにと言った。もっと言えば、その精神性が要ともいえる。アルフィリースも昔はそうなのだと思っていた。だが今では、アルフィリースは別の考えも持っている。旅の中、多種多様な人間と出会ってきたせいかもしれない。
それは――
「多様性・・・かな」
「ほう、多様性とな」
「そう、多様性だわ」
アルフィリースは、自分の考えを一言で言い表すに適当な言葉を見つけることに成功した。人の多様性。そう、その言葉がよく似合う気がする。
「人間の多様性は素晴らしく多岐にわたるわ。これだけの数がいながら、そして同じ共同体に属する者達も考えが似通ることこそあれ、同じ顔形、そして思考を呈する者は全くいない。それは、ミリアザールが絶対的な教主として存在するアルネリア教会ですらそう。彼女の元、同じ思想と理想を追い求めても、その手段は全く違う。この思考の多様性こそが、人間の種族としての武器かもしれない」
「その心は?」
「変化に強い」
アルフィリースは即答した。その言葉にユグドラシルも頷く。
「うむ、私も同じ意見だ。種として多様性に富んでいるほど、環境の変化に強い。たとえば、水がないと生きていけない生き物でも、体の10%の水分を失うと必ず死ぬ種族と、5から30%まで幅があるのでは大きな違いだ。当然、後者の方が環境の変化には強い。ある日突然、近くの水場が干上がっても、ある程度は生き残ることができる」
「確かにそうね。でも、先ほどの質問とどう関係が?」
「そうだな。たとえば人間はどのような種族とも子を残すことができる。獣人もそうだし、エルフやなんならゴブリンともそうだ。いや、これは実は他の種族もそうなのだが、長期的な視点で見ると、他種族との交配が可能な種族が生き残っていると言い代えてもよいだろう。
かつては他の種族も多くいたが、この千年で急激に数を減らした。彼らは他の種族とは交われないものばかりだ。かつてライフレスに仕えたドルトムントも、希少種と言われた亜人だ。知っていたか?」
「いえ、それは知らなかったわ」
「それだけこの千年は激動の時代だったともいえる。大陸ごと篩にかけて強者を残す。まさにそのような時代だった。逆説的にとれば、この時代に生き残るように、人間という種族は能力を適応させたのかもしれない。あるいはそうさせられたのか」
「変な言い方ね。まるで人間が時代に適するように誰かに操られたみたいじゃない」
アルフィリースは少し茶化したつもりだったのだが、ユグドラシルの表情は真剣そのものだった。その表情に一つの答えが浮かぶアルフィリース。
「ユグド・・・まさか」
「これ以上は俺から言えぬ。だがもう一つ根本的な事実を教えておこう。この大陸には方言程度の違いはあるといえど、どの種族も使う言語はほぼ一つ。これが何を意味するか――」
「!? ちょっと、それって・・・いえ、そんな馬鹿な?」
アルフィリースはユグドラシルの言わんとしたことがわかったのか、思わず驚愕のその席を立ち上がっていた。そのアルフィリースを心配そうに眺めながら、ユグドラシルはつぶやいた。
「遺跡を巡れ、アルフィリース。いずれはその答えを知らねばならない時がくる。今はまだ早いが、きっとそんな時がお前には来るだろう。オーランゼブルより何より、お前の使命は本来そちらのはずなのだ。道はお前の前に開ける。他の者ではない、お前の前に、そしてお前が歩んだ後にこそ開けるのだ。
まずは北の大地。そこに最初の答えがあるだろう」
「ユグドラシル! あなた、何を知っているの?」
「その答えの一端を得る頃、私はお前の前に再び現れる。そして全ての答えをお前はもう目にしているのだ。オーランゼブルは、そのことに気が付いている。だからこそ行動を起こした」
ユグドラシルの姿がすうっと薄くなっていく。どうやらこの場から消えるつもりのようだ。それはアルフィリースの体も同じ。既に転移が始まっているが、魔術が収束する気配すらない。
アルフィリースはユグドラシルが視界にあるうちに精一杯叫んだ。
「待てユグドラシル! お前は何者だ!」
「私は『全てを識って』いる。お前がその一端に触れた時、オーランゼブルと違う道を歩むことを祈っている。それではしばし、さらばだ。ああ、それと――」
ユグドラシルが最後になにかしら呟いたが、その言葉と共にアルフィリースの視界が光に包まれたかと思うと、アルフィリースの姿は再びアルネリアの一角、シーカーたちの住処の近くにあった。
ユグドラシルとの会話は、いつも不思議な残滓をアルフィリースにもたらす。アルフィリースはユグドラシルの言葉を反芻していた。
「まずはミュスカデに聞け? アルネリアの変化に気を付けろ、ですって? 一体何がどうだっていうのよ。思わせぶりなことばかり言って、さっぱりだわ、あの子」
アルフィリースは転移された広っぱの一角でそうやって唸りながら、やがて草を枕に背を伸ばし、しばしの休息をとるのだった。
***
そしてユグドラシルは一人自分の工房に引き返していた。通常の魔術士と違い、ユグドラシルは自らの魔力を高めるような工房を作らない。また研究も目的としていない。ただ彼は、瞑想をするためだけに工房に戻る。そこには、水晶に閉じ込めたノーティスがいるだけの、殺風景な場所だった。
「ふう、制約がある中での対話は難しいな。あれで伝わってくれればよいのだが」
「(アルフィリースに会いに行っていたのか)」
声の出せぬノーティスが、念話で話しかけてくる。眼すら動かせぬ彼が、最近覚えた手段である。さすが真竜の中でも最も賢き者と言われただけのことはある。ユグドラシルはそのようなことができるように封印したつもりはなかったのだが。
最初はさらに封印を強固にしようと考えたが、最近ではそれもよいかと考えている。どのみち、ここには自分以外誰も来れないのだから。
続く
次回投稿は、2/28(金)14:00です。