逍遥たる誓いの剣、その26~級友⑤~
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ジェイクは一人教室に戻りながら考えていた。ハミッテ女史のことではない、クルーダスのことだ。
最近ジェイクは、自分が急激に強くなっていることを実感していた。もうミルトレやマリオンですらほとんど相手にならない。彼らとて実戦の経験者ではあるが、その剣は実戦で鍛えた剣ではなく、やはり練習の中で培われた剣である。
そして何より、何を剣に懸けたかが違うと思った。ミルトレの剣は、養父に対する感謝の剣である。養父に対する恩を返すために振るわれる剣であって、敵を倒すために振るわれる剣ではない。マリオンの剣も、彼が王族であるために振るわれる剣であって、明確な敵を倒すために培われた剣ではないのだ。
だがクルーダスは違う。彼の剣は敵を倒すためだけに鍛えられた剣だった。迫力も鋭さも、他の生徒とは一線を画している。だがそれでも、ジェイクは何かが違うと感じていた。
「(一回も勝っていない立場でこんな感想を抱くのも変な話だけど・・・クルーダスの剣は怖くないんだよな。アルベルトやラファティとは決定的に何かが違う。それに、神殿騎士団の中にも、怖さだけならクルーダスよりも上の騎士は何人もいる。どうしてそんな差が出るのかな)」
ジェイクは考えていた。技術でクルーダスに遠く及ばないことはわかっている。その差を埋めるためにあれこれと考えていたのだが、ふとそんなことを思ってしまったのだ。すると今度は、どうしてそんなことを思ったのか考えてしまうのだ。
普段なら気にも留めないことなのかもしれないが、この疑問はどうしても頭から離れなかった。丁度そんなところにドーラがひょっこりと顔を出す。
「ああ、いたいた」
「おっと、ドーラじゃないか驚かすなよ。救護室に用か?」
「いや、君が倒れたと聞いたから心配になってね」
「いつものことだろ」
ジェイクは素気ない。生傷の絶えない自分にとって、別段と大した傷でもないはずだ。気を失うことなど、アルベルトとの訓練でもよくある話である。
だがドーラは、そんなジェイクの顔を至近距離からじっとのぞき込んでいた。いかに気を取られていたとはいえ、それだけの接近を許すとはジェイクは不覚だった。思わず飛びのこうとして、その手をふいにドーラに掴まれた。女性と見間違うほどのドーラの美しい顔が、ジェイクと息のかかる距離にあった。
「な、なんだよ」
「・・・だいぶ頭を強く打っている。まだ目の焦点が定まっていないし、今日はゆっくりと安静にした方がいい。見た目は大したことがなくても、脳に衝撃を負っているかもしれない。癖になるよ?」
「そうかよ。で、わざわざそんなことを言いに来たのか?」
「そうだけど?」
ドーラは不思議そうな顔で認めたが、ジェイクははぁ、とため息をついた。
「あのなぁ。女じゃあるまいし、なんでそこまで心配するんだよ」
「友達の心配をするのは当然のことだ。僕は旅をして暮らしてきた人間だから、明日の命は保障されていない毎日だった。だから、今日一日一日がとても愛おしい。同じように友のこともだ。いつ、隣にいる人がいなくなってしまうかわからないんだ。みんなそのことを忘れている」
「そりゃあそうだ、ここは平和な都市なんだからな」
「そんなことはわからないさ。危機はいつも傍にあるかもしれないのだから」
「心配しすぎだ。やっぱり女みたいな奴だな」
「ふむ、そうかな。ところで、仮に僕が女だったらどうする?」
ドーラの突拍子もない質問に、ジェイクは再度めまいを覚えそうになった。
「なんでそんな質問になるんだよ?」
「もしもの話さ。もしもの話は他愛ない話としては、とても面白いと思うけど?」
「そうだな・・・お前の周りにいるのが男どもになる。それだけだろ」
「君も寄ってくる?」
ドーラの質問に、ますますわけのわからない気持ちになるジェイク。だがドーラの思いのほか強い口調に、ついまじめに答えてしまった。
「いや、俺にはリサがいるから・・・でも、お前が女だったらそれは綺麗なんじゃないかと思う。くるくるの十倍はマシだな」
「そうか。それも面白かったな」
「何が?」
「いや、こっちの話だ」
ドーラはなんとも言えない笑みを浮かべて、その場を去ろうとする。そして振り返って笑顔でこう言ったのだ。
「あ。デュートヒルデは結構な美人になると思うから、あんまり邪険にすると後悔するかもよ?」
「するわけないだろ、あんなくるくる」
「何が起こるのかわからないのが人生さ。自分に好意を寄せてくれる人間は大切にした方がいい」
「いや、どこが好意?」
ジェイクは自分に対するデュートヒルデの金切声を思い出し、どこが好意なのかと悩んだ。その隙にドーラが去ったことにも気付かないほど、想像上のデュートヒルデの声はうるさかったのだった。
続く
次回投稿は、2/26(水)14:00です。