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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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逍遥たる誓いの剣、その25~監視②~

 リサは目が見えないので、司書の数人を助手につけてもらっていた。てきぱきと司書たちに指示を飛ばし、すぐに資料がリサの傍にうずたかく積まれてゆく。その数の多さに、思わずリサが唸った。


「報告のあった窃盗は、やはりかなり数が多いですね。報告に上がっていないものも考えると、その5倍くらいは件数があるでしょうか」

「もっと多いかもしれませんねぇ。あと、地図を貸してもらえますかぁ?」


 イプスは地図を司書に借りると、おもむろにそこに何やら書き込みを始めた。その場所をリサは感じ取り、覚えていく。


「・・・やたらと現場が広範囲に及んでいませんか?」

「そうですねぇ、これはアルネリアの全域に及んでいるかもしれません。そして、書き込んだ順番がそのまま発生順序ですぅ。どうやらばれないように苦心したつもりなのか、それぞれ現場を対極にするように発生させていますねぇ。ですが、それが逆に不自然ですぅ」


 イプスの指摘にリサが頷く。


「そうですね。普通窃盗犯などの犯罪者は、同じ場所で犯行を繰り返します。それがいちいち場所を変えるだけでなく、様子がわからないはずの対極でも同日に窃盗を行っている。それも露店だけでなく、一般家庭からも。

 普通に考えれば偶然か、阿呆の仕業かというところですが。同一人物だとすれば、この犯人は、もしくは犯人たちは絶対に見つからない自信があったのでしょうか」

「普通に考えれば阿呆の集団の仕業でしょうねぇ。でもこれは明らかに不自然ですぅ。全域を標的にして、なおかつ見つからない自信があるなんて、ちょっとおかしいとしか言いようがありませんよぉ。もし自信が持てるとしたら、それはこのアルネリア全域を常に見張っていることになりますよねぇ?」

「そんなバカな。リサでさえそれは無理です。そんなことができるとしたら、常識外のセンサーか、あるいは空から見ているかしかないではありませんか」

「・・・もう一つあるかもですぅ」

「?」


 イプスの指摘にリサが首をかしげたが、イプスは笑顔と主に地面を指さした。


「地下水路とかぁ。ここからなら、一定の特殊能力を持っていれば、アルネリア全域を見張ることが可能かもしれませんねぇ」


 イプスの表情が、軽薄な口調と裏腹に一段階引き締まったのをリサは見逃さなかった。


***


「はい、これで治療終わり。気分がよくなったら帰っていいわ」

「いてて・・・お世話になりました、先生」


 剣術の訓練中にクルーダスの太刀を真っ向から受けてしまったジェイクは、気絶して救護室に運ばれていた。しばしはデュートヒルデなどが付き添っていたのだが、次の授業があるからと救護室のハミッテ女史が彼らを返し、ジェイクの面倒を見ていた。

 軽い脳震盪だけであったジェイクはほどなくして目が覚めたのだが、ぐらつく視界にハミッテが午前の休養を命じていた。そして頭の怪我の治療のため、包帯を最後に巻き直したところである。午後からは授業に復帰する予定だった。

 ジェイクは上着を羽織ると、ハミッテ女史は温かいお茶を勧めてきた。


「そう急がなくてもいいわ。もう少しゆっくりしていきなさい」

「でも」

「でももカモもない、救護員としての命令です。そうでもしないと、兵士なんて堂々と休めないんだから。休むのも仕事のうちよ、わかるわね?」

「・・・わかりました」


 ハミッテ女史の言うことにも一理あるので、ジェイクはおとなしく彼女の言うことに従った。この救護室には随分とお世話になっている気がする。デュートヒルデの下手くそな治療も、ジェイクに生傷が絶えないせいで徐々に上手くなってきている。彼女はその強気な正確に見合わず回復魔術を多く学べる過程を専攻しているせいか、ジェイクが怪我をすると彼女がいち早く駆けつけて直しに来る。真実はどうあれ、ジェイクはそう理解していた。

 そして同時に、ハミッテ女史にはこれほどお世話になりながら、会話をまともにしたこともないことに気がついた。彼女は悠然とお茶をすすりながら書類に目を通しているが、彼女が普通の教員でないことに、最近気付いた。そしてジェイクは唐突な質問を投げかけてみる。


「先生ってさ、口無し?」

「・・・よくわかったわね」


 ハミッテ女史が目をぱちくりさせながら、ジェイクの言葉を肯定した。そんなに簡単に認めていいものかとジェイクも思うが、ハミッテ女史は意外にも素直に会話に応じてきた。


「どうしてわかったの?」

「なんとなく。最近ある程度強くなってきたからかな。強い人って強さを隠せたりとか、悟られないようにすることができると思うけど、それも少しわかるようになってきたんだが。たとえばルドル先生もそうだろうし、この学園には何人か口無しと思えるような人たちが忍び込んでいる。きっと彼らは俺たち生徒を守ったり、いろいろなことをミリアザールに命令されているんだと思うけど、どうかな?」

「そうね、まず正解だわ」


 ハミッテ女史はジェイクの頭をわしゃわしゃと撫でた。ジェイクは彼女のことをもっとしとやかな人間だと思っていたので、少しその行動に驚いたのだが。


「確かに私は口無しよ。でも、もう半ば引退したの。だからここで働かせてもらっているわ」

「ふーん。いやにあっさりと認めると思ったら、そうなのか。深緑宮にいる口無したちよりも、強そうに見えるけどな」

「ふふ、ありがとう」


 ハミッテはジェイクに額をこつんとぶつけると、教室に戻るように促した。予鈴がいつの間にか鳴っていたのだ。その後で一人、お茶を飲みながら呟くのだ。


「あの年でそれがわかるか。まだほんの少年のあの子をそこまでに仕立て上げるなんて、ミリアザール様も罪深いわね」


 ハミッテ女史の目が、鋭くも悲しい光を帯びていた。



続く

次回投稿は、2/24(月)14:00です。

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