逍遥たる誓いの剣、その22~デート①~
「それで? まさか商人になりました、なんて報告をするために私を呼びつけたわけじゃないんでしょう?」
「むろんだ。ここに呼んだのは、シュテルヴェーゼの目をごまかすためだ。多少いないだけなら、彼女も気が付くまいよ」
「シュテルヴェーゼ?」
「知らぬところを見ると、巧妙に気配を隠しているようだが、注意深く深緑宮を探ればわかるだろう。そもそも一つ所で隠すには無理のある威圧感なのだ。
彼女は『千里眼』を持つ真竜の一体だ。グウェンドルフよりも年上で、旧世代の古竜たちと今の真竜たちの丁度合間の世代になる。物好きな竜で、かつてはご意見番としていろいろな助言を行っていたが、ある日よりピレボスの頂上にこもって、世界の行く末をずっと観察している。だからピレボスの頂上にいても地上のことは何かと知っているし、オーランゼブルが計画が露見せぬよう恐れた人物の一人でもある。また、ミリアザールの師匠でもあるな」
「ミリアザールの!?」
アルフィリースは突然明らかになった事実に、驚きの声を上げた。だがユグドラシルは当然のように話し続ける。
「そうだ。そうでもなければ、ただ美しいだけの絶滅種族であったミリアザールが、あれほどの力を持たぬだろう。彼女は真竜の血を分けてもらい、その上で鍛錬を重ねてあそこまでの実力者になったのだ。もちろん、たゆまぬ研鑽と執念あってこそ成し得たことではある。
そのシュテルヴェーゼが深緑宮に来ているのさ。彼女としても、弟子の頼みは断れない――というよりは、さすがに傍観を決め込むわけにはいかなくなった、というところだろう。大陸が滅ぶかどうかの分岐点に来てはな」
「・・・話がわからなくなってきたわ。その人がなんで突如としてアルネリアに来て、どうしてユグドラシルはその人を避けてて、そして私には何の関係があるの?」
アルフィリースの問いかけも尤もである。ユグドラシルは一つずつその疑問を解決することにした。
「まず二つ目の疑問から解決しようか。その女は千里眼でアルネリアを見張っている。もちろん黒の魔術士の動向と、そしてお前たちの動向もだ。彼女は黒の魔術士が何か約束を決定的に反故にすることがあった場合、それを止める気でいるのだよ。それがオーランゼブルに数々の知恵を授けた真竜より古き者として、彼女の責任というものだろう。
そして今一つは、魔人と直接戦ったことがある者として、ブラディマリアの存在が見過ごせない。そういうことだ」
「魔人――具体的にはどんな戦いだったの?」
「グウェンドルフのブレスは、アルネリア程度の規模の都市なら三度も吹けば跡形もなく消し飛ばすだろうが、魔人も同じだ。彼らが争えば、大袈裟でではなく大陸東部は壊滅する。先のアルネリア襲撃で、もしブラディマリアその気だったらアルネリアは跡形もなかった」
「--それほどだったの」
アルフィリースは信じられないといった顔をしたが、ドラグレオが山を吹き飛ばした事実をはっと思い出した。確かに、ありえない話ではないかもしれない。
ユグドラシルは続けた。
「竜族は伝える。それは天に日がいくつも昇るような戦いだったと。何度日が巡っても空を照らす魔法の数々のせいで夜は来ず、地を揺らす轟音と、天まで上る無数の竜巻が目に入り、地上の生物が死に絶えるような戦いだったようだな。南の大陸はその時の主戦場だが、その時の影響でいまだにあの大陸は荒廃したままだ。それに大地も随分と形を変えた。元はこの大陸は一つだったのだから」
「一つ?」
「魔人と真竜の戦いで地が割れ、三つの大陸になったのだ。東と今の大陸の間にあった土地は沈み海となり、南の大陸は割れた後に移動して少し離れたが、元の半分もない大きさだ。いかほど戦いが凄まじかったかわかるか?」
「・・・想像もつかないわ」
アルフィリースはなんとかその時の状況を創造しようとしたが、規模が大きすぎて不可能だった。地上が壊れ、海に没するとはどのような魔法を用いれば可能なのだろうか。
ユグドラシルはため息を一つついた。
「・・・まあそんな戦いが実際に行われたことがあるのだ。シュテルヴェーゼはその時の生き証人。あの戦いを目撃した者は、もうほとんど生きて活動してはおらんからな」
「ユグドは?」
「さて、私はどうかな」
さりげなく聞いたアルフィリースだったが、ユグドラシルはするりとその質問をかわした。そしてアルフィリースが畳みかける前に、次の話題に移ったのだ。
「次に一つ目の質問だな。シュテルヴェーゼがブラディマリアを止めるため、というのもあるのだが、それだけでは正直彼女が今動く必要はないわけだ。ブラディマリアが本格的にこの大陸を滅ぼすために動いた時こそ、本当のシュテルヴェーゼの出番だろうからな。
だが彼女は動いた。動かしたのは、アルドリュースだ」
「えっ?」
意外な名前に、アルフィリースが驚いた。彼女が何事かを言う前に、そのままユグドラシルは自分の言葉を紡いでいた。
「その意味では三番目の質問の答えにもなる。アルドリュースはかつて人跡未踏のピレボスの頂上に到達し、あろうことかシュテルヴェーゼを口説いたのだよ」
「・・・はあっ?」
「そう間抜けな声を出すな。私も信じられなかったが、事実は事実だ。あの二人はほんの短い間だったが、確かにそのような関係だった。人間が真竜と知ったうえで口説きにかかるとは、そしてシュテルヴェーゼがそれを受け入れるとは何とも考え難い可能性だったが。そういう意味では、この大陸の運命はアルドリュースの誕生から少しずつ狂い出していたかもしれん。普通ならその波紋は水面を一瞬波立たせただけで終わる。だが、その波紋はまだ消えていないどころか、重なり合わせて大きなうねりになろうとしている。そこには様々な思惑が絡んでいるわけだが、それこそが大陸に生きる者たちの意志かもしれない。
だからこそ、私も動いたといえる。そして貴様にこのアルネリアで予言を残した、ミーシャトレスもな」
「ミーシャ・・・誰?」
アルフィリースは心当たりのない名前に首をかしげた。ユグドラシルはその反応を見て、ふと物悲しそうな表情をしたのである。
「そうか・・・あやつはお前に名乗ることなく、逝ったか」
「知り合い?」
「ああ、あやつがまだ幼子であったころからな。人が持つにしては過ぎた力を持ち、それゆえに人が抱える以上の悩みを抱え、だがしかし最後まで人間を信じ続けた。その高貴な魂にも関わらず、あやつは常に孤独だった。ついぞあれに理解者は現れなかったが、それでも満足な人生であればよかったがな」
「・・・あの人かな」
「心当たりがあるのか?」
ユグドラシルの言葉に、アルフィリースはうなづいた。
「たぶん。確か、アルネリアの町で私になんだか助言をくれたおばあさんがいたの。私を見ると、とても幸せそうだった。私は何も思い当らなかったけど、私がいるだけで満足そうだったの。どうしてかな?」
「・・・なるほど、希望は残ったのか」
「何?」
「いや、こちらの話だ」
ユグドラシルはかぶりを振った。以前のことを少しだけ思い出したのだ。もう百年以上も前のことになるだろう。その時少女が抱いていた絶望は、どうやら希望に変わったようだ。
「(そうか、お前の見ていた未来は少し輝かしいものに変わったのか。ご苦労だったな、ミーシャトレス)」
「ねぇ、私にも教えてよ。何があったの?」
一人話に置いて行かれ、不満そうに口をとがらせるアルフィリースに、ユグドラシルは優しげに語り掛けた。
続く
次回投稿は、2/18(火)14:00です。