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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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逍遥たる誓いの剣、その21~級友④~

「まさか。ぼくもみぶんのちがいはわきまえているさ。たんなるかんしょうようびしょうじょだよ、かのじょは」

「観賞用美少女ねぇ、どこでそんな言葉を覚えて来るのかしら? まあいいわ。くれぐれも邪なことは考えないこと!」

「そうだね。もしほんきでかのじょがほしくなったら、かのじょのいえをぼつらくさせればいいんだから」

「あんたねぇ」


 またルースが不穏な事を言い始めたので、ネリィが年長者として窘めようとしたところ、そこにドーラが通りかかった。


「ああ、ネリィ。ちょうどよかった」

「ドーラ君!」

「ちっ、よけいなのがきた」


 ドーラは笑顔で彼らに語りかけ、ネリィは顔を輝かせながらそれに応え、ルースはわざと大きめに舌打ちをした。ネリィがドーラの事を好きなのは傍目にもわかりやすいが、ルースもまたドーラを嫌っていることを隠そうともしなかった。ネリィは他の女子と同様にドーラの事を好いているのだが、彼女の目の輝かせ方は尋常ではなかった。ネリィはただの騒ぐ女子とは違い、真剣に彼に恋しているようだった。だからこそ、ドーラもまたネリィに気があるとは思えなかったが、他の女子のようにそれなりの対応をしたりはせず、真摯に彼女に対応していた。

 その一方で、ルースは非常にドーラの事を嫌っていた。その理由を誰も聞いたことはないし、ルース自身も誰にも話すことはなかったが、ドーラが話しかけようとしても無視するほど、ルースはドーラの事が嫌いだったのである。

 そしていつものように、穏やかに交わされる会話。ネリィは顔をいつになく、いつものように輝かせてドーラに答える。ドーラの方は平静で、だがしかしネリィの期待を裏切らないほどの温かみをもって応じていた。


「ジェイクがどこにいるのか知っているかい?」

「ジェイクは多分、ハミッテ女史の所です。午前の授業で、随分とクルーダス先輩にやられたと言っていましたから」

「そうか、クルーダスさんも容赦ないね。最近何があったのか、あの人の剣は本当に怖い」

「怖い?」


 ネリィの質問に、ドーラは頷いた。


「ああ、怖いよ。剣というものは、目的があって振るうものだと僕は思っているんだ。だけど、あの人の剣には目的が見えない。なのに、剣へののめり込み方は異常だ。まるで生き急いでいるようにも、命をその剣で量っているようにも見える」

「へぇ、まるでけんしみたいなくちぶりだね」


 ルースが嫌味を言ったのでネリィはルースの方をきっと睨んだが、ドーラは風のようにさらりと流した。


「僕は剣士じゃないよ、詩人としてそう思っただけさ」

「そういう、すかしたところが、きにいらないんだよ」


 それだけ言うと、ルースはさっさと荷物をまとめて行ってしまった。それはネリィに対する気遣いという意味も少なからずあったのだが、それ以上にルースはドーラが嫌いだった。別に人として憎いというわけではない。ただ、自分にないものをいくつも備えているドーラが妬ましかったのだ。そして、そのいつも爽やかな笑顔も気に食わなかった。まるで、こちらなど相手にしていないかのような、その穏やかに目つきが気に食わないのである。

 そうしてルースが去ると、ネリィは気まずい顔をしていたが、ドーラが笑顔でネリィに返したので、ネリィは多少なりとも救われたのだった。


「どうやら嫌われたみたいだ」

「あのばかルースには、私からきつく言っておきますね。別にあんな口の利き方をしなくてもいいのに」

「まあ、しょうがないかもね。彼は本能で、ジェイクや家族に近づく敵を排除しようとしてるのさ。僕もそうみなされちゃったかも」

「そんな、まさか。私はドーラさんのことを敵だなんて」

「どうかな。人生なんて、いつどうなるかわからないから。それにしても家族か――僕はジェイクがうらやましい」

「え?」


 ドーラの言葉の意味はネリィにはわからなかったが、ドーラはくすりと笑うと、ネリィに別れを告げてその場を去った。本心ではドーラの後を追いかけて一緒にご飯を食べようとも考えたのだが、ドーラが一人になりたい時もあるのをネリィは知っているし、自分の都合で彼の邪魔をしたくないという気持ちが働いた。だから、ネリィはドーラの背中をただ見送るだけだった。その背中が一瞬寂しそうに見えた気がしたのは自分の我欲のせいだろうかと、ふとネリィは気になった。

 今度ドーラに会ったらルースのことをきちんと詫びて、おいしい手料理を作ってみようと、ネリィはそんなことを考えていた。


***


 アルフィリースとユグドラシルが転移した場所。そこはピレボスの尾根の一つであった。眼下は絶壁。雲海を下に見るほど高く、確かにこの上なく絶景だが、同時に生きた心地もしなかった。


「高っ!」

「眺めは中々よいだろう?」

「よすぎて怖いわ! それに寒い!」


 時期は秋も深まるこの季節。そして山の上とくれば、その気温は想像を絶する極寒の世界だった。がたがたと震えるアルフィリースに、ユグドラシルはしょうがないといった表情をする。


「しょうのないやつだ」

「ユグド、あなた寒くないの?」

「多少はな。まぁ仕方あるまい」


 アルフィリースの方はそうでもないことに気付き、ユグドラシルは周囲を結界で覆った。同時に火を起こし、また岩棚のような場所に案内した。そこには岩を削って作ったのか、二人分の椅子とテーブルが準備されていた。そして、飲み物の各種も。


「飲むか?」

「結構だわ」

「私が自分の稼ぎで集めた逸品どもだが」

「それならいただきましょう」


 アルフィリースは素直にユグドラシルの差し出す酒をいただいた。寒すぎて、酒でもあおってないとやっていられなかったというものある。だが、一口飲んでその酒の香しさに驚くアルフィリース。


「・・・おいしい、これ」

「そうだろう。私も最初に飲んだ時は驚いた。これだけの逸品が、まだ地上にあるのかとな。作っているのは、なんと普通の農家の老夫婦だ。私はこれを貴族や大商人に卸すことで大きな収益を得たが、これをいずれは普通の家庭や食堂に普及させてみたい。それが今の私の願いの一つでもある。

 良いものを広げる楽しみを覚えてから、商人の仕事は本格的になったな」

「ふーん、確かに商人って選択も悪くないかも」


 そういえば、ジェシアも良い物を見つけた時は興奮して語っているなぁと、アルフィリースは思いだす。自分も時間ができたら、そういった物事に携わってみるのも面白いかと想像する。



続く

次回投稿は、2/16(日)14:00です。

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