逍遥たる誓いの剣、その20~級友③~
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「さて、デートに赴くとしようか」
「ちょ、ちょ・・・ええ?」
アルフィリースは突拍子もないユグドラシルの提案に焦っていた。まさかこれほど唐突に、男性からの誘いを受けるとは思っていなかった。
一方ユグドラシルは真面目なのかどうなのか、判断しかねる調子でアルフィリースを誘っていた。その表情は含み笑いと取れなくもない。
「何を動揺している?」
「いや、だって・・・私デートとかしたことないし! だからどういった服とか着ていけばいいのかとか、あるいはどこに行ったらいいのかとか・・・はわわ」
「さすが安定のヘタレ」
リサが正直な感想を吐いたが、ユグドラシルは面白くてしょうがないと言うように、笑みを浮かべていた。
「なに、エスコートは私がする。それが人間社会での男性の礼儀というものだろう。それに、多少2人で話す時間が欲しいだけだ。さして時間はとらせん」
「アルフィ~、晩御飯までには帰るんだぞ?」
「朝帰りはしないようにね~」
黒の魔術士相手に暢気だとはいわざるを得ないかもしれないが、アルフィリースのくだけた態度を見て一同も安心したのだろう。ロゼッタとユーティがそれぞれ茶々を入れ、ラーナが嫉妬の炎を燃え上がらせる時、ユグドラシルはその手をすっとアルフィリースに差し出していた。
「さて、行くか」
「行くって、どこに?」
「2人きりになれるところだ」
「だからちょっと、そういうことはまだ早いってぇ!」
「何をわけのわからんことを。半刻程度で戻るぞ」
ユグドラシルは律儀に言い残すと、アルフィリースの手を強引に取り、その場で転移を起動させた。その予備動作のない転移の魔術に、魔術の心得のあるラーナ、ミュスカデ、それにマイアやラキアまでもが目を丸くしていた。
「今、魔力の収束がありましたか、ミュスカデ?」
「いや、少なくとも感じ取れる範囲にはわからなかった。一体奴は何者だ?」
「私が知りませんよ。でも敵意は少なくともなかったと感じましたが」
魔女の二人の感想が言い交わされる中、また少し離れた所でラキアとマイアが話をしていた。
「マイアおば――おねえちゃん。今のは」
「ラキア、今のは『魔法使い』だわ。ほぼ間違いない。敵にはとんでもないのが混じっているのね」
ラキアが言い直した禁句にも気に留めず、マイアがほぼ呆然と呟くように言葉を紡いでいた。その言葉の意味をとらえきれず、ラキアが聞き返す。
「魔法使いって、魔術士とどう違うの?」
「使う魔術全てが、現在の魔術理論で説明のつかない魔術を使う者よ。昔は多数そういった者たちがいたわ。もちろんオーランゼブルや、私たち真竜や古竜、あるいはそれ以上に古い種族もそうだった。今ではそういった魔術のほとんどが普及し、また理論的に体系づけられることで、魔法は魔術へとその表現方法を変えてきたわ。
でもあれは違う。彼の使って見せたものは間違いなく魔法の領域。彼の使用した魔術は、ただの転移だけど、使うまでの過程が我々とはまるで異なる。今の魔術理論では説明がつかないわ。どうやっても人間にしか見えなかったのに、人間ではないというの?」
「それって――どういう意味なの?」
ラキアがマイアに言葉を投げかけたが、既にその言葉は彼女には届いていなかった。なぜなら、マイアが生まれてこの方魔法は研究し尽くされ、魔法使いはもうすでに言葉の上での定義として死に絶えたと思われていたからだ。汎用性が解明されていないという点で魔法を使う者はいるが、基本魔術の行使において理解不能な系統を用いる者がいるとは、マイアの想定外だった。
目の当たりにした突然の来訪者に、マイアが呆然とするのも無理からぬことだった。
***
「あー、やっとじゅぎょうがおわったよ~」
「今日は簡単だったわね」
「そういえるのは、ねりぃがゆうしゅうだからだよ」
机の上でへばっているのはルース。そしてその横で荷物をまとめて移動準備をするネリィ。彼らは魔道体系学の授業を終えたばかりである。年齢だけを考慮すれば、ルースはグローリアの予備1年生、ネリィは1年生に相当するが、彼らが受けているのは既に3年生の授業である。
ルースは筆記試験の成績がよいため、飛び級でここまでの授業を受けている。彼は魔術士としての素養があまりなく、学問としての魔術を修めようとこの授業に出席していた。彼の得意分野は経済、政治学。たまたま受けたい授業がないため、この授業に顔を出しているのだが、早くもルースは後悔していた。授業がただの分類学であり、考察などがなされる段階にきていないため、面白くもなんともないのだ。また、彼の将来に役立ちそうな気配もあまり見られない。
一方、ネリィはもちろん優秀だからこの授業を受けているのだが、実は神聖系の魔術授業に限っては、既に5年生の授業過程を終了している。これ以上の飛び級に必要な単位がこの魔術体系総論のため、この授業に出席してきたと、そういうわけだ。ネリィにとって、この授業は非常に易しい。そもそもこの知識は、魔術士として頭に入っていないと実務面で相当に困るため、既にネリィは自主的に学習を終了している。ジェイクが自分の時間を鍛錬に当てているように、ネリィは机上の勉強に自分の時間のほとんどを当てている。ゆえに、彼女は凄まじい速度でグローリアの過程を修了しているのだった。
既に才媛としての片鱗を見せつつあるネリィが荷物をまとめ終える頃、ルースがのろのろと荷物を片付け始めた。
「この後、昼休みだけどどうする? 私は何もなければ、デュートヒルデとのお食事に行くけど」
「うーん、りんだがくるならかんがえてもいい」
「あんたねぇ・・・まさかリンダに変な気を起こしていないでしょうね」
ネリィがうさんくさそうに、ルースを見やる。リンダはなんといっても、伯爵令嬢だ。いかにルースが高望みしようと、手に入るはずのない女性である。
だがルースは首を横に振った。
続く
次回投稿は、2/14(金)15:00です。