逍遥たる誓いの剣、その19~工作員②~
「何をする?」
「そりゃあこっちのセリフだ、大馬鹿野郎が!」
マスカレイドの言葉は、既に怒りを隠していなかった。マスカレイドは元の口汚い口調で、ユーウェインを罵った。
「こっちがばれないために細心の注意を払ってりゃ、テメェは暢気に間抜けな盗みなんぞやりやがって! なぜ私に一言相談しない!?」
「そうするまでもないことだと思ったからだ。何がまずいのか」
ユーウェインとしても、彼なりに細心の注意を払ってきた。別に彼は人間を食べなければ生きていけないというほどではないが、本来であれば摂食に遠慮などしない。食べたいものを好きなだけ、好きな時に食べるのが彼の本来の習慣である。だからこの1年以上、彼なりに我慢をしてきた。
だがマスカレイドにしてみれば、うかつ極まりない行動であった。人間の社会をよく知る彼女にしてみれば、ユーウェインの行動は軽率に過ぎた。
「まずいもなにもない。人間の几帳面さは、お前たち魔物では想像もつかんだろうな。人間の商家ってのは、何がどれだけ、どのような値段で売れたのかを毎日確認している。細かいところじゃ、どの季節、どの時間帯に売れたのかも記録しているんだ。果物一つ、野菜一つくらいじゃ気にしないだろうさ。だがそれが毎日、あるいはしょっちゅうになってくるとさすがに問題になる。話は個人の商家から地域の商会に、そして窃盗が疑われれば市の調査隊や自警団に。程度がひどければ、アルネリアであれば神殿騎士団に報告が上がるだろう。
そこまで聞いて、貴様は何も考えないのか?」
「・・・なるほど、まずいかもしれんな」
ユーウェインは直に自分の失策を認めたが、そもそも知らないことであればどうしようもない。これは双方の見識と意識の相違だったのだが、もはや起こってしまったものをどうしようもない。
マスカレイドは頭を抱えながら、ユーウェインに命令口調で指示を飛ばした。
「・・・本来私たちは協力体制にあるが、相互不干渉だ。互いのやり方に口を出すべきではないだろうが、今回だけは別だろう。今現在、アルネリアがどの程度知っているのかをこっそり探れ。それ次第で話が変わる」
「了解した、お前の指示に従おう」
「それと!」
早々に去ろうとするユーウェインを、マスカレイドが呼び止める。
「飯は私に相談しろ。なんとかしてやらないでもない」
「それも了解した、期待している」
それだけ告げると、ユーウェインは水に紛れて姿を消した。彼が去った後で、マスカレイドはどっかとソファーにもたれかかり、憎々しげに毒を吐いた。
「くそっ、面倒かけてくれるじゃないの! これで潜入がおじゃんになったらどうするつもりなのかしら。アルネリアの防御網は既に完璧だわ。私が準備した脱出経路も、あと一つが一回使えるかどうかなんだぞ? これからの潜入はもう不可能だ・・・ここで私たちが撤退する羽目になったら、アルネリアで何が起こっているかは全てわからなくなるっていうのに。この最近の魔晶石の大量生産、それにどこへともない神殿騎士団の遠征、団長アルベルトの不在、アルフィリースの傭兵団の動向、そして深緑宮に居座る巨大な気配の正体。あのミリアザールが何をしでかすか油断ならないと評したのは、他ならないあんたらじゃあなかったのかしら? あんな間抜けを相方に寄越しやがって!」
マスカレイドは姿の見えない黒の魔術士たちに悪態をついたが、そもそもミリアザールに対する認識そのものが、彼らの間でも分かれていることに彼女は気付いていない。マスカレイドはこの任務をしくじることはできない。辺境の薄暗い土地へと追いやられた、仲間たちのためにも。であるからこそ、彼女は単身ヒドゥンの手先となり、身をすり減らし汚名をかぶりながらも戦っているのだ。
他の土地へと散った同僚たちが何をどうしているのかは知らないが、マスカレイドは一族の復権と未来をかけた一員として、この任務をなんとしても足がかりにしたかった。
***
「ミランダ、お元気ですか?」
「あらリサ、久しぶりね。クライア以来かしら」
ミランダは執務室でくつろいでいる最中だった。机に向かっているのは、リサも知らない顔ぶれ。深緑宮内に拡張されたミランダの執務室は、何人もの助手をつけ、以前よりも明らかに稼働していた。忙しく動き回る人間たちの中で、ミランダは一人悠然と茶をすすっていた。
リサはコマネズミのように動き回る人間たちをするりとよけると、滑り込むようにミランダの正面に座る。
「随分と忙しそうですが、ミランダは働かなくて平気なのですか?」
「仕事の回し方を覚えてしまえば、忙しい時とそうでないときの区別はつけられるわ。今日午前は死ぬほど忙しかったけど、あとは夕方まで時間があるわ」
「なら丁度よかった。一つご相談が」
「何かしら」
リサは一つの提案をもちかける。センサーとして盗難事件を扱うことになったが、どこでどのような盗難があったのかの情報が欲しい。市庁舎に行って調べるから、情報開示と、手伝いを数名つけるだけの権限を一時的に欲しいとのことだった。確かに、一介の傭兵であるリサが単独で役所に乗り込んでも、門前払い、あるいは捨て置かれるのが関の山ではある。
リサが申し出ると、ミランダは快く引き受けてくれた。
「それなら私の部下を一人貸しましょう。窃盗団が背後にいるとしたら、念のため護衛兼、有能な助手をつけるわ」
「そこまでしていただかなくとも」
「いえ。ワタシとしても、一つ頼まれてほしくてね」
「?」
ミランダの言葉に、リサは首をかしげるのであった。
続く
次回投稿は、2/12(水)15:00です。