アルネリア教会襲撃、その11~不本意な戦闘終結~
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再び深緑宮内――アルベルトはオシリアとにらみ合ったままだった。ドゥームの始末を優先的に行うため、あえてアルベルトは膠着状態と作り出し、斬りかかる気配はなかった。オシリアも両手が無い状態で突破はできないと踏んだのか、両手の再生を試みながら睨み合いに応じている。
ミリアザールはその様子を油断なく眺めていた。詩乃に手を貸そうにも術式の違う魔術では他方を阻害する恐れがあるし、オシリアを倒そうと下手に暴れたらそれだけで詩乃の邪魔をしかねない。ここにきてミリアザールにはやることがなくなった。
「清条の、すまん。客人の手を煩わすつもりはなかったんじゃが」
「水臭いですよ、ミリアザール。私と貴方の仲じゃないですか」
「そう言うてくれると救われる」
詩乃の優しい物言いにミリアザールが安堵したのもつかの間、ズズン、という地震のような重低音と共に、遠くで何かが揺れるような衝撃があった。一瞬何事かわからなかったミリアザール。
「なんじゃ、地震か・・・?」
ズズズン・・・!
先ほどよりも大きな音と揺れ。今度は近い。その時ミリアザールは何事が起きているのか、はっきりと理解した。
「まさか、聖都の結界が破られておるのか!?」
バキバキバキ!
ミリアザールの叫びと、深緑宮の結界が破れる破裂音は同時だった。そして何者かが頭上から深緑宮内に入ってくるのを、ミリアザールは見た。
「詩乃様、危ない!」
「え!?」
東雲が詩乃を抱きかかえるように飛ぶ。その直後、詩乃のいた場所が黒い魔術で抉れた。同時にドゥームを拘束していた方術も消え、ふらふらで動けないドゥームを抱えるように現れる少年と少女、2人の影。言うまでもなく、ライフレスとブラディマリアだ。
突然の2人の登場に、ドゥームまで含めたその場にいる全員が唖然とする。
「いったぁ~、さすがに両手が火傷状態よ。乙女の玉の肌に傷がついちゃったじゃない・・・責任取ってよね、ドゥームちゃん!」
「責任ね・・・とりあえず、感謝したらいいのかな。にしても持つべきものは友達ってね」
「・・・君と友達になった覚えはない・・・今、君に死なれては困るだけだ・・・」
「冷たい奴!」
「(我が教会の防御結界を、この短時間でこじ開けたじゃと!?)」
驚愕のミリアザール。大魔王の軍団が攻めてきても1枚で数日は大丈夫なように想定したはずの防御結界を、手の火傷程度で3つとも突破された。結界が完全に消滅したわけではないが、これはミリアザールにとっては想定外以外の何物でもなかった。ミリアザールがドゥームとの戦闘中よりも真剣な顔つきを一瞬するが、すぐに自分を戒め、冷静な装いを取り戻す。だがドゥームはさておき、ライフレスとブラディマリアはその一瞬の動揺を見逃さなかった。
「ワシの教会に土足で上がりこむとは、覚悟はできとるか? お主ら」
「・・・強がるのはよせ、ミリアザール・・・」
「そうよお~ん、今アタシ達に暴れられたら困るはそちらでしょおん? ねえ、バ・バ・ア☆」
ピキッ
一言多いブラディマリアが地雷を踏んだのが明らかにわかるが、ミリアザールは陽体位青筋を浮かべる程度で踏みとどまる。
「ほ、ほぉ・・・? どうワシが困るというのかの」
「いやーん、歳のくせにバカって始末に負えないわぁん! 見た目ロリなのにババアでバカって、キャラとして中途は・ん・ぱ♪ キャハハハ!」
ピキピキィ!
ミリアザールの額の青筋が明らかに増えるが、まだなんとか耐えている。ミリアザールの隣にいるジェイクの心情は、噴火前の火山の傍に無理矢理立たされた、というところだったが。
「あらあら、青筋浮かべちゃって。年なんだから血管が・・・」
「・・・よせ、ブラディマリア・・・」
「ごめんなさ~い、ライフレス。キスするから許してぇん」
「・・・いらない・・・ところでミリアザール、交渉だ・・・」
「ほう」
ミリアザールの顔が冷静そのものに戻る。
「で、条件は?」
「・・・僕達はこのまま大人しく引き下がる・・・だから黙って見逃せ・・・」
「なんだと!?」
気色ばんだのはアルベルトだったが、それを手を上げて制するミリアザール。
「・・・よかろう、10秒以内に立ち去れ。それでだめなら始末する」
「・・・充分だ・・・行くよ2人とも・・・」
「やれやれ、しょうがないね。オシリア、おいで。ぺったんこ教主、また遊ぼうね」
「2度と来るな!」
ドゥームがオシリアの肩を抱きながら冗談まぎれに投げキスをミリアザールにするが、ミリアザールはわざわざ結界を張って防御する姿勢を取った。だがドゥームがジェイクを見る目には、冗談など入っていなかった。
「おいガキ。貴様の顔、覚えたぞ!?」
「はん! おとといきやがれ!!」
ジェイクがドゥームに向かって中指を突きだす。それを見て暗く笑うドゥーム。
「ククク・・・楽しみが増えたよ。貴様がどんな顔をして僕に這いつくばって許しを請うのか、非常に楽しみだ・・・」
「誰が!」
「いや、貴様は僕に這いつくばるのさ、這いつくばらざるを得なくなるんだよ。必ずな・・・ククク」
そうこうするうちにライフレスが転送魔術の準備をする。こんな短時間で転送円を開くこと自体脅威だが、抜け目ないライフレスは上空で見物している間に、きっちり空中に転送円の起点を仕掛けておいたのである。距離にして数100m程度なら、大した魔力も必要ない。といっても、並の魔道士10人分の魔力程度は消費するのだが。先にライフレスとドゥームが入るが、ブラディマリアは入りかけてピタリと足を止め、ミリアザールの方に振り返った。
「なんじゃ、何か用か」
「・・・アタシのこと、貴女は知っているかしら?」
「いや、知らんな。貴様みたいな特徴のある恰好した奴、一度見たら忘れんわい」
「そうね、お互い顔を合わせるのは初めてだわ~・・・でもね、アタシはよーく貴女の事を知っているのよ?」
「まあワシは有名人じゃからの。サインでも欲しいか?」
ミリアザールがニヤリと笑う。軽く挑発したつもりだったが、ミリアザールは瞬く間に後悔した。ブラディマリアがその殺気をミリアザールにしかわからないように開放する。
「調子に乗るなよ・・・この」
「・・・調子に乗っているのは君の方だ、ブラディマリア・・・ここは引け・・・」
「・・・わかってるわよ~ライフレス~」
ライフレスが手をブラディマリアの肩に置くと、くるりと彼女は笑顔で振り向き元の口調に戻る。
「じゃあまた会いましょうね~ミリアザール。貂の最後の生き残りの女の子♪」
「!」
そう言って消えた3人の子どもたち。だがミリアザールの胸に去来するのは、なんとも得体のしれないもやもや感だった。
「(あやつ、なぜワシの種族名を知っておる? 1000年前の当時ですら、ワシらのその呼び名を呼べる者は少なかった。一体何者なのか・・・。それに気のせいでなければ、奴はワシより強い。さっき奴らに暴れられたら一体どうなっていたのか。くそ、課題は山積みか! ワシの見積もりが甘かったというのか・・・)」
ミリアザールの体が、襲撃者と自分に対する怒りで熱を帯びると同時に、背中を冷たい汗が流れる。冷静になるため空を見上げるが、空模様はあいにくと彼女の心情を表すかのように曇天になろうとしていた。
***
こちらはライフレスの転送魔術を連続使用し、とりあえずの拠点まで引き返す3人組。開口一番はやはり口数の多いドゥームだった。
「うは~、さすがに危なかった。キミ達の助けがなかったら、かなり危ないことになっていたかも。素直に感謝するよ」
「・・・さすがに討魔教会の筆頭代行がいるとまでは考えてなかったからね・・・完全にこちらの計算外だ・・・あの場でやりあったらかなり派手な戦闘になったろう・・・」
「そうそう、まだドゥームちゃんを死なせるわけにはいかないのよ~」
二人はあくまで軽くドゥームの言葉を流したが、ドゥームはまた別の関心を持ったようだった。
「ところでキミ達の名前ってライフレスとブラディマリアなんだって? 初めて聞いたよ」
「そうだっけ~?」
「・・・それよりかなりの痛手だろう・・・その子以外の手駒を失ったんじゃないか?・・・」
「ホントにそう思ってる?」
ドゥームがニヤリとすると、パチンと指を鳴らす。そうするとドゥームの影から死んだはずのマンイーター、インソムニア、リビードゥが現れる。
「あらあら、どうして~?」
「本物使ってあの程度のはずないじゃないか。今回使ったのはオシリアを除いて彼女達の分身さ。まあ彼女達の本体分割して使ってることに違いはないから、失った分を元の実力まで再生させるには時間がかかるね・・・また沢山ごちそうをあげないと」
ドゥームがぺろりと舌舐めずりをする。
「・・・これは・・・君に対する評価を改めないといけないね・・・」
「そりゃどーも。僕も捨て駒にされるのだけはまっぴらごめんだったから、一応対策はしておいたわけさ。君達に対して僕の実力が足りてないのは勘づいていたからね。僕も今回は学んだことは多いよ」
「いやに殊勝ね~。何を企んでるの??」
ブラディマリアが不審げな目でドゥームをジロジロ見る。ドゥームは大人しく下をうつむいていたが、何かを堪え切れなくなったようにプルプルと震え始め、ついには大笑いを始めた。
「ク、クックク・・・アハハハハ! だめだ、こんな殊勝な態度はやっぱ合わないな~!」
「・・・やっぱりね・・・」
「だけど学んだことが多いのは本当さぁ! 確かに今の僕は弱い。だけど強くなれるってことでしょ? 僕が強くなって君達を足元に這いつくばらせたら、どんなにか楽しいだろうってね~。アハハハハハ!」
「うわ~、趣味悪~い」
「それにさ、あのジェイクとかいうガキ! いじめがいがありそうじゃないか!! リサちゃんを嬲る時に楽しみが増えたってもんさ。あのガキの目の前であらん限りの拷問をリサちゃんにしたら・・・愛しい人がこの世ならざる悲鳴を上げる様を聞いたらどんな顔をするかな、あのクソガキ?
もう今から楽しみで楽しみで楽しみで楽しみで、楽しみで楽しみでしょうがないんだけど! フーハハハハハハハハ!!!」
ドゥームが大笑いを始めた。しばらくは止まりそうにないので、ドゥームをほったらかしてその場を離れる2人。ドゥームに聞こえないようにひそひそ話を始める。
「で、実際どうなの~? あの子悪霊でしょ。悪霊って成長とかしないんじゃないの~?」
「・・・1/4は人間だからね・・・成長はすると思うけど・・・どうかな・・・」
「ふ~ん、まあいいけど。でもアタシが思うのは、あの子はいつかアタシ達の手に負えなくなるわよ~」
「・・・そんなに強くなると?・・・」
「アタシより強く~? 冗談じゃないわよぅ、そんなことはありえないしー。そうじゃなくて、アタシ達の手に余る行動をするようになるってことよ」
「・・・そうなれば僕が消すさ・・・それよりも君・・・さっきミリアザールの方が手を出せばいいと思ったろ?・・・下手な挑発までして・・・彼女が乗らなかったから良かったけど、彼女が乗って来ていたらどうするつもりだった?・・・」
「さあ~なるようになるんじゃないの~? だって、アタシはミリアザールに復讐するためにここに参加しているんだから~」
全く悪びれる様子の無いブラディマリアを、ライフレスが睨みつける。
「・・・君こそ覚えておくんだ・・・僕達の目的は人間の全滅じゃない・・・まだミリアザールの力は必要なんだ・・・彼女が不要になれば師匠が判断を下す・・・君の出番はその時さ・・・」
「あ~はいはい。『世界の真実の解放のために』って奴ね・・・アタシもわかってるわよ~」
「・・・ならいい・・・とりあえずあそこで馬鹿笑いしている彼を連れて引き揚げるとするか・・・次の指示を仰がないと・・・」
「はいは~い☆」
そうして3人は、また転移の魔法陣の中にふと姿を消していった。
続く
次回投稿は12/12(日)12:00です。