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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
829/2685

逍遥たる誓いの剣、その18~工作員①~

***


「・・・クッソ暇だわ」

「言葉使いが乱れているな。マスカレイド」

「うるさいわよ、ユーウェイン」


 アミルに変装したマスカレイドは、退屈を持て余していた。彼女は工作員として、やることは既に終えている。いざという時の脱出経路もいくつか用意してあるし、既に何人か自分の思い通りに動く人物を作ることに成功した。全く、男というものは即物的だ。多少の金と肉欲。それで数人は簡単に操れる。まったく、低俗な生き物だとマスカレイドはいつも呆れている。人生で何度も経験した唾棄すべき感情ではあるが、あまりの退屈さに改めてそのくすんだ感情をかみしめていたのだ。

 あとは命令さえあれば、ある程度の花火はあげられる。たとえば、どこかの軍隊がアルネリアに攻め入ったとして、外周部の門くらいは開け放ち、深緑宮の前まで誘導することができるだろう。また、何人か有力貴族の子弟達を誘拐することもできる。アルネリアの物流を、何日かなら麻痺させることも可能だ。また時間をかければ、アルネリアの中に内紛の火種を作る事もできるるだろう。

 そういった点で、このマスカレイドは工作員としては非常に優秀であった。それだけに猶予がありすぎて、やることがなくなってきたのだった。


「あー、誰か代わってくんないかな~。退屈すぎて死にそーだわ」

「退屈なのはいいことだ。お前が有能な証でもある」

「褒めてくれてんの?」

「事実を述べたまでだ」


 樽の中の水から、顔だけが浮き上がってマスカレイドと話している。水の体を持つユーウェインは、普段はこうしてマスカレイドの家の中に潜伏している。だが彼も生物には違いないそうで、また彼自身も諜報活動を行うことから、四六時中ここにいるわけではない。むしろアルネリアの水に拡散しながら、そこかしこで情報を集めているのはユーウェインの能力である。そのせいで、マスカレイドはますますやることがない。何と言っても、マスカレイドがどこどこの情報が欲しいというと、ユーウェインが潜入して情報を仕入れてくるのだ。楽なのは良いのだが、面白みも何もあったものではない。

 マスカレイドは、テーブルの上にだらけて突っ伏したまま、ユーウェインに語り掛ける。


「アンタって便利ねぇ」

「恐れ入る」

「でも、深緑宮内には潜入できないんでしょ?」

「あそこには聖水がまいてあるからな」

「聖水が苦手なんだ?」

「いや。聖別された水そのものはなんともないが、聖水はそのまま人魚のセンサーの範囲だと思ってもらっていい。時に深緑宮からも聖水を排水して、この都市一帯の状況を把握している。あの人魚はドゥームとの戦いで敗れたそうだが、確かにあの宮殿の守り神だ。侵入者避けという点では、完璧に等しい」

「ふーん、そんなことしてんだぁ。うかつに水辺には近寄れないね。深緑宮内にミリアザールへの反対勢力があるって噂を聞いたんだけど、知る事は難しいか」

「そういうことだ」


 マスカレイドは考えた。アルネリアの中にミリアザールに敵対する勢力があることはなんとなく知っている。ミリアザールは何度も暗殺未遂に合っている模様だし、深緑宮内の警備も黒の魔術士向けのものだけではない。そうなると、黒の魔術士が関与しない第三の勢力があると思って間違いないだろう。

 だがその正体は何者なのか。ミリアザールを権力の地位から追い落として、誰に何の得があるというのか。少なくとも、今黒の魔術士が活発に動いているこの状況では得策にはならないだろう。マスカレイドの最大の興味はその点にあるが、中々正体を掴むには至らない。

 アミルとしてフェンナの近くで仕えてはいるが、早々深緑宮の中に入る手段があるわけではない。また、深緑宮内は鋭い者が多すぎて危険が大きすぎる。うかつに足を踏み込めば自分の正体がばれる。なんとか反対勢力が一人でも判明すれば、そこから切り崩していけると思えるのだが。

 マスカレイドは行き詰まった考えを捨て、ユーウェインに再び話しかける。


「そーいやさ、あんたって飯はどうしてんの? まさか水を飲んでりゃ元気ってわけでもないでしょう?」

「もちろんだ。そこそこに栄養は補給している」

「どうやって?」

「気になるのか?」

「まあね」


 マスカレイドは海生生物に見えるユーウェインが魚しか食べないのかどうか、気になったのである。普段ならそんなことはどうでもよかったろうが、要はそんなことが気にかかるくらい暇を持て余していたのだ。

 ところが、ユーウェインはとんでもないことを語り始めたのだ。


「そこかしこの露店から、少しずつ食べ物を拝借している。それだけだ」

「・・・お前、それは本当か?」

「そうだが」


 その瞬間、マスカレイドは裾から見事な速度でナイフを取り出し、ユーウェインの顔面めがけて投げつけた。見事にナイフはユーウェインの顔面を貫くが、水であるユーウェインが傷つくことはない。

 一瞬穴が開き、その穴が閉じるとユーウェインは不機嫌そうに問いかけた。



続く

次回投稿は、2/10(月)15:00です。

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