逍遥たる誓いの剣、その16~盗難事件①~
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深緑宮内で、アリストは一人で悩んでいた。まさか、これほど深緑宮内での仕事が多いとは、今まで想像もしていなかったのだ。神殿騎士団長であるアルベルトは特殊訓練中とかで業務を放棄しているし、補佐であるラファティは遠征軍の総指揮を執っている。主たる騎士達は遠征軍で戦っているので、まさか深緑宮で留守を任された自分が最も最上位の騎士になるとは思っていなかった。どうりで、留守の責任者が発表されたときに、ほかの騎士たちがほっとした表情だったのに合点がいった。全員、今の自分のように仕事が山のように降りかかってくるのを予想していたのだ。気が付かなかった自分が間抜けということか。
今なら、教主であるミリアザールが度々書類仕事を抜け出して、下町に駄菓子を買いに行っていた気持ちがわからぬではない。駄菓子とは言わないが、アリストも酒を死ぬほど浴びたい気持ちだった。目の前に降り積もっていく書類の山は、まるで雑魚の魔物が増殖していく時の増え方にも似ている。夜遅くまで仕事を全て片づけ、翌朝戻ると再び山のように積み重なっている時の絶望感たるや、前線で剣をふるっていた方が何倍もマシだということを、アリストはこの年になって初めて気づいた。今度遠征がある際には、いの一番に出陣を志願してやとうと、アリストは心に固く決めていた。
そしてアリストが悩んでいるのは、大司教の一人であるドライドから持ち掛けられた相談である。ここ最近、小さな窃盗事件が頻発しているとのことだった。露店の果物の数が一つ合わないといったような、小さな損害の訴え。それなら最初は大したことではないと思われていたが、同じ日に4、5軒の商店から同じような訴えがあり、それがひと月近くにわたって続いたとき、小さな窃盗事件はにわかに関連性を帯びてきた。また、それが市内の全域にわたっているというのも、問題だった。
最初は市の警備が担当していたのだ。だが、あまりに広範囲なので市長が懇意にしているドライドにも相談があり、ドライドが念のため深緑宮の警備責任者であるアリストに一方を入れてきたという次第であった。くしくも、市の警備からも同様の報告があったため、これではアリストも何らかの対応策を打ち出さざるをえない。だが、実質上の対応を今まで上位の騎士に任せてきたアリストにとって、これは難題である。どこまで介入すべきか、また実際の手段や手続きはどうすればいいのか、さっぱり見当もつかない。
「こんな小さな窃盗で普段なら深緑宮が動くべきではないだろうが、どうしたものか・・・そうだ」
アリストは以前共に仕事をした少女を思い出す。失せ物の捜索なら任せておけと、親指を立てながら自身満々に主張していなかったか。
アリストは早速センサーである彼女に一筆依頼をしたためるのだったが、その経費が自分の給料から落ちるとは夢にも思わない、経験不足のアリストである。
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「ふ、ようやく本来の見せ場が来たようですね・・・!」
リサが人知れず気合を入れる。ここはアルネリア中央広場。リサはアリストの召喚に応じ、深緑宮からの依頼で窃盗犯の探索をすることになった。アリストが仕事に慣れていないことを心音から察したリサは、冗談交じりにいつもの5倍の値段でアリストにふっかけたのだが、アリストがあっさりと応じたので引くに引けなくなった。アリストは、アルネリアの会計部門を通さないで直接傭兵に依頼した場合、自分払いになることを知らないのだろうかとリサは訝しむ。
「まあ、どうでもいいですが。アリストさんが破産しても、リサには関係ないですし」
ジェイクから聞いた神殿騎士の給与が真実なら、今回の依頼で年給が吹き飛ぶのではないかと思われる。リサの今のセンサーの階級はAである。前回の戦争の後の査定と、こっそり受けた昇格試験で合格したため、今では名実ともに大陸の100指に入るセンサーとなった。そのため、傭兵としての依頼料が今までと違い、桁が一つ変わるほどに跳ね上がる。頭の中で計算する限り、アリストが後に唸りながら気絶することは確定だ。
また本来なら、この程度の失せ物は階級がAとなったリサが受けるような仕事内容ではない。それがなぜ仕事を受けたかというと、リサには一つの計画があった。
続く
次回投稿は、2/6(木)15:00です。