逍遥たる誓いの剣、その15~ユグドラシルの誘い①~
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「アルフィリース~、アルネリア教会からの返事は~?」
「ここにあるわ」
数日後、アルフィリースとコーウェンは、ミリアザールからの書簡を受け取っていた。待ちに待った返事に、普段は冷静極まりなく、感情があるのかどうか怪しいコーウェンですら興奮気味だ。
それはそうだろう。彼女の構想が、現実になるかどうかの瀬戸際なのだ。これで感情が昂ぶらなければ、もはや木石とさして変わりはないといえる。
アルフィリースはミリアザールからの手紙を開け、その内容に目を通す。あまりに真剣なため、2人してその内容を無言のまま目で追っていた。
「・・・これって!」
「工場の場所を明確に知らせるわけではないですが~、許可は出たようですね~」
コーウェンとアルフィリースは顔を見合わせ、一挙に表情が明るくなる。アルフィリースはコーウェンを抱き寄せ、喜びを全身であらわした。
「やったー! これで何とか目途が立つかも!」
「落ち着きましょう~、まだ始まったばかりです~。完成品ができたら~、万一のことも考えて市井の工場に生産受注をせねば~・・・く、くるし~・・・」
そしてコーウェンもまた、アルフィリースの抱擁の破壊力を知る羽目になった。その時、エクラがノックをして部屋に入ってきた。
「団長、お客様です」
「え? 誰かしら」
「それが、名前は名乗らないのです。若い――というより、ほとんど少年なのですが、自分は商人だと言って。アルフィリースを食事に誘いたいから、呼んでこいとだけ」
「妙ですね~。エクラが名乗りもしない人間のことを~、団長に取次に来たのですか~?」
コーウェンがたたずまいを整えて、エクラに質問を返した。すると、エクラは確かにあれ? と頭を抱えたのだ。
「・・・確かに。私、どうかしていますね。疲れているのでしょうか」
「エクラもここのところ働きづめだもんね。ちょっと休憩をとって、気分転換してきたら?」
「はあ、きちんと睡眠はとっているつもりなのですが」
エクラはキツネにつままれたような顔をして、それでもアルフィリースを階下に案内する。そしてその後にコーウェンも不信感を抱いたまま続いた。
そして階下に降りたアルフィリースは、予想外の人物を目の前にする。
「・・・誰だっけ?」
「久しぶりに会ったらこれか。相変わらず予想の斜め上を行く女だ」
少年は妙に大人びた口調で、アルフィリースに堂々たる口をきいた。その周囲にはアルフィリースの主要たる仲間が全員いたが、彼らもまた何事かと注目している。アルフィリースの元を訪れる客は実のところかなり多いが、このような少年が来ることは珍しいからだ。誰もが、少年の正体に注目していた。
「ようアルフィ、そのガキはなんだ? まさか、コレか?」
ロゼッタが親指を突き出したが、アルフィリースは冷たい目で返した。
「そんなわけないでしょう。私も記憶を辿っているところよ。でも、本当に誰だったかしら」
「そうか。前回はいつもの癖で、魔術で認識の一部を阻害していたからな。これなら思い出せるか?」
少年がどこからともなく取り出した黒のローブを纏う。その姿を見て、何人かの仲間が色めき立った。
「貴様――!」
「オーランゼブルの仲間か!」
「ユグドラシル!」
「思い出したか」
何人かの仲間が剣を構える中、アルフィリースはその顔を思い出していた。整った表情だが無機質。そして底知れぬ存在感と、魔法としか言いようのない魔術を使った少年。以前ベグラードで出会った少年が、アルフィリースの元を再度訪れたのだった。
ユグドラシルとアルフィリースが名付けたその少年は、剣を構えた傭兵たちなど初めからいないかのようにふるまう。
「確かに、以前は私という存在を、この黒のローブと共に定義づけていたからな。無意識にかけていた認識阻害の魔術を使用したままだった。許せよ。
ああ、ついでにそこのお前の秘書らしき人間も、先ほど簡単な暗示をかけて取次願った。それも合わせて許してくれ」
「また魔術ばかり使って。相変わらずね」
アルフィリースが呆れたそぶりを見せたので、ユグドラシルが慌てて弁解する。
「勘違いしないでくれ。お前に言われてから、魔術は必要最低限以外使っていない。ここアルネリアにも、きちんと許可証を入手して、正面から入っている。商談も兼ねているから、荷物を搬入する必要があったしな。ここには一度来るつもりではあったが、今日来たのは要件のついでなのだ」
「荷物? 商談?」
「ああ、今は商人の真似事をしているのだが、これが中々どうして面白くてな。それなりに荷駄隊を率いるようになった。商売というものは中々面白いものだ」
「ふーん」
アルフィリースは多少うさんくさそうにユグドラシルを見たが、彼は平然としていた。アルフィリースはため息と共に、話を切り替える。
「・・・まあいいわ。でも、そういう認識阻害の使い方もあるんだ。ただ人の目をそらすだけじゃないのね」
「ただ意識と目線を逸らしても、どうしても勘の良い人間には気づかれる。まして、野生の動物の目を逸らすのは困難だ。だから、こうして無機物などの鍵となる物体と共に認識を強くさせることで、逆に認識を外す方法もある。たとえば、黒いローブと私、という組み合わせでしか私を認識させなくする、といった寸法だ。覚えておくといい」
「面白いけど、そんなことをわざわざ言いに来たの?」
アルフィリースのにべもない言葉に、ユグドラシルはふっと笑った。
「まさか。それほど私も暇じゃない」
「じゃあ、何の目的に? 先ぶれもないものだから、私の仲間が殺気立ってるわ」
「今度来る時は、自分の足で正面から堂々と来ることにしていたものでな。前回お前に言われたことが、もっともだと思ったのさ。自分の足で歩いて得られる経験は非常に多い。
そしてアルフィリース。突然だが、私と少々逢引に洒落込む気はないか?」
「逢引ねぇ・・・はぃい!?」
素っ頓狂な声をアルフィリースが上げたが、ユグドラシルの言葉は確かにアルフィリースの想像の斜め上をいっていた。それを見てユグドラシルはくっくと笑い、どうやらアルフィリースにやられた意趣返しをするつもりでそのような言葉を吐いたことは明白だった。
続く
次回投稿は、2/4(火)15:00です。