逍遥たる誓いの剣、その14~クルーダス③~
アルベルトとクルーダスでは元より随分と差があったのだが、それでも将来性という点を考えれば、2人の技術差は縮まってもよかった。実戦経験豊富なアルベルトに対し、クルーダスはまだ実戦経験に乏しく、極限の戦いに身を置くことで才能が開花する例はままある。ラザールの一族ならなおさらであr。純粋な剣技や勘なら、クルーダスの方がアルベルトよりも才能があるかもしれないとは、父モルダードの言である。
だが結果は違った。アルベルトは上限かと思われたその先にすでに踏み込んでいるが、クルーダスは思ったよりも上達していない。ミリアザールの経験からいくともう少し伸びてもよさそうなものなのだが、予想よりも伸びしろは少ないように思えた。
「(この鍛錬の中で生きておる事自体が既に立派なことではあるのじゃが、ラザールの者に限ってはそうも言っておれん。特にこやつらはイライザとは違い、直系の血を引く二人。その能力はまさに一騎当千どころか、一騎当万でなくては困る。そうでなくては、来るべき戦いに備えて黒の魔術士の前に立つことすら許されんじゃろう。
こうなることがある程度予想できたとはいえ、やはり覚悟の差か。アルベルトには明確に戦う理由があるが、クルーダスには・・・)」
そこまで考えて、ミリアザールは3人のラザール家の跡取りの人生を考え直す。アルベルトは幼い頃からミランダを敬愛し、ふさわしい騎士となるべく努力している。ラファティはアルベルトに対する対抗意識で最初は鍛錬していたが、今ではベリアーチェを守り、また自分が指揮官としての適性がありそうだと自覚している。ラファティは最終的には打って出る種類の人間ではなく、指導者としての資質を備えていると、本人も周囲も自覚している。だからこそ、今回の訓練には最初から参加させていない。この訓練にて血を濃くする適性がなかったのだ。
だがクルーダスは。幼い頃より資質に恵まれ、誰もがその才能を喜んだ。だが、クルーダス本人には、戦う目的がない。アルベルトは尊敬の対象であって、好敵手ではない。ラファティは良き相談相手であって、知恵を競う対象ではない。『守るべき』級友はいるが、『守りたい』親友ではないのだろう。ミリアザールはそんなことを考えていた。
「(クルーダスには早かったのかもしれん。アルベルトが決意したのは偶然とはいえ、相当に早かった。また、ラファティとベリアーチェの出会いも早かったから、ワシも勘違いしておったかもしれんな。そもそもクルーダスは成人の儀式すらまだなのだ。成人しても、自分が戦うべき本当の理由を見いだせぬ連中は多い。これが普通の若者かもな。
そうだ、ここは大戦期の魔物に荒らされた土地ではない。戦うべき対象、鍛錬すべき理由が山ひとつ向こうにいるような土地ではないのだ。ここは平和で豊かな土地。ゆえに戦う理由が乏しく、だがこれがワシ達騒乱の時代に求めた理想でもある――難儀なことよ)」
クルーダスが吹き飛ばされ、ミリアザールのすぐ横の壁に激突した段階で、ミリアザールは我に返った。見れば、クルーダスは気を失っている。対して、アルベルトはまだ爛々と目を輝かせており、すでに先ほどミリアザールが与えたダメージも回復しているようだった。
「回復能力も高まっておるようだの。仕上がりは順調か」
「はい。戦えば戦うほど自分の力が高まってゆくのを感じます。これが我々本来の力だと?」
「まだまだよ。この程度なら戦いの中で何人もが覚醒していった。貴様にはその上に到達してもらう。そうよな、目指すべきはティタニアと互角に戦えることか」
「伝説に挑めとおっしゃるか」
「臆したか?」
「いえ。そうでなければミランダ様が守れないというのなら、私はどこまでも強くなります・・・!」
アルベルトが再び大剣を構え、ミリアザールは薄く笑って地を蹴った。どうやらアルベルトは自分が想像するよりも強くなるかもしれないと思うと、鍛え甲斐もあろうというものだ。
だがその背後で、クルーダスは置き去りにされていた。彼が気絶していたのは一瞬であり、まだ起き上がれないクルーダスが戦う二人をどんな目で見ていたのか、ミリアザールもアルベルトも知らない。そのことに気が付いていたのは、シュテルヴェーゼただ一人。
「(本当に、難儀なことよな。弱き者が打ち捨てられるのが世の常とはいえ、ミリアザール、おぬしはそうではいかぬだろうよ。また、間違えるぞ?)」
シュテルヴェーゼは語らない。真竜である彼女が語るのは、戒律違反。だからこそ、彼女はすべてを見通す『千里眼』と、予知にも近い炯眼を持ちながら人の世を捨てた。ゆえに、今は地上を必死に這いずる若い命を見るのが、時につらい。
続く
次回投稿は、2/2(日)15:00です。