逍遥たる誓いの剣、その13~ロクサーヌ①~
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ジェイクは深緑宮内に帰ってきていた。既にアルベルトの姿はなく、どうやらまたいつもの訓練を行っているようである。クルーダスも既に帰ってきているとの報告があったので、どうやら二人して訓練を行っているのだろう。
そうなるとジェイクには訓練をする相手がほとんどいなくなる。深緑宮にいる中で、訓練になりそうなのはロクサーヌ、べリアーチェ、アリストくらいのものか。もちろん他にも腕のたつ騎士はいるが、あまり会話をしたことはない。ミリアザールも相手はしてくれるが、最近の仕事ぶりを見ているとさすがにジェイクからは声がかけづらく、また梔子はそもそも声がかけにくい。梔子はジェイクにすら隙を見せず、彼にとっても何を考えているのかわかりにくかった。最近では楓という選択肢もあると考えたが、楓がジェイクと手合わせをしていると、なぜか女官たちからの視線が痛かった。ミリアザールの女官たちは、基本的に男性と公に会話をしてはいけないからか、あるいは単純に嫉妬か。
ジェイクの体の疲労は抜けてから、いち早く勘を取り戻したかった。そろそろ体を動かしてみたいと思っているところに、ロクサーヌが通りかかった。
「ロクサーヌ、丁度いいところに」
「・・・ジェイク少年ですか。まさかまた稽古の申し込みでも?」
「それ以外に何かあるか?」
ジェイクの悪びれもせずそう告げた物言いに、ロクサーヌがため息をつく。自分も女だと言うのに、声をかけてくる男と言えば、このような少年だけ。しかも剣の稽古限定ときた。多少華のある話題が自分の周りにあってもいいのではないかと、普段色恋沙汰に興味のないロクサーヌですらそう思う時がる。それはベリアーチェの影響か、はたまた人の世に慣れ過ぎたエルフの堕落か。
「いいですよ、付き合いましょう」
「そうか、恩に着る。少し準備をしてくるから、練習場で待っていてくれ」
「それは構いませんが、今日は賭けをしませんか」
「賭け? ロクサーヌは賭けに弱いだろ?」
ジェイクの言葉にぐっと詰まるロクサーヌ。確かにこの前、無理矢理ベリアーチェとロゼッタ、ラキアにつき合わされ賭場に行かされたが(ちなみに、エアリアルは勝ちすぎたので出入り禁止になった)、危うく身ぐるみ引っぺがされる手前にまで熱くなってしまった。全く、エルフの里の外には危険が一杯だと幼い頃に教えられたが、人間の世界はとかく欲望が渦巻いていて恐ろしいものだと、ロクサーヌも実感した。
その話がいつの間に伝わったのか、ジェイクですら知るところとなっている。実は堅物ロクサーヌの好感度を上げる話題となったのだが、本人が恥としか思っていないので、周囲がロクサーヌのことを少しとっつきやすいと考えたことも、知らぬは本人ばかりであった。この本人の鈍感さは相当なもので、色恋沙汰がないのではなく、本人が気付いていないだけの時が大半だった。
そんな調子だから、ロクサーヌは眉をひくつかせながらジェイクの質問に応じるのだった。
「た、確かに私は賭けに弱いですが、それは金銭をかけた賽子の場合。剣ではそうはいきません」
「とか言って、賭けの話を持ち出すあたり賭けにはまりつつあるんだろうから、適当なとこでやめておいた方がいいぞ? 普通、あれは胴元が勝つように仕向けられているものなんだから。勝てるエアリアルが異常なんだ」
「生意気なことばかり言って! やるのか、やらないのか!」
ジェイクの言葉にロクサーヌの剣幕が一挙に険しくなったので、思わずジェイクはその勢いに負けて頷いてしまった。
「わ、わかった。やるよ。で、何を賭けるんだ?」
「そうですね・・・私が勝ったら、私の言うことを一つ聞いてもらいましょう。そちらが勝ったら、私がジェイク少年の言うことを一つ聞く。それでどうですか?」
「言うことを一つね。本当にそれでいいのか?」
「もちろんです。誇り高きエルフと、剣士の言葉に二言はありません」
「よし、乗った。もう取り消し無効だ。だけどロクサーヌ――」
「はい?」
ジェイクが突然意地の悪い顔というか、やや呆れた顔になったので、ロクサーヌは不審そうにジェイクを見る。
「女が『言うことを聞く』ってのはまずいかもなぁ。その中には、『何でも言うことを聞く』って意味も入ってるんだ。意味、わかる?」
「何でも・・・?」
「そう、何でも」
ロクサーヌが意味が分からないといった顔をしたので、ジェイクはわざとロクサーヌの全身をじろじろと見て、その後ふっと笑った。その瞬間、ロクサーヌはやっと意味を理解したのだ。
「ジェイク少年、君はまさか」
「ロクサーヌ、エルフと剣士に二言は無いんだったな? いやー、今日は楽しみだなー。じゃあさっさとやりますかぁ? アー、タノシミダナー」
「いや、ジェイク。ちょっと待って、それとこれとは話が――」
棒読みで言葉をつなげるジェイクと、冷や汗をだらだらとかきながら、しどろもどろに言い訳をしながらジェイクの後を追いかけるロクサーヌ。これはジェイクが仕掛けた心理戦なのだが、生真面目なロクサーヌは完全に術中にはまってしまった。
この後の勝負の結果は火を見るまでもないことなのだが、ジェイクもまた一つ誤算をしていた。ロクサーヌが生真面目すぎて、何を曲解したのか「ジェイク少年に全てを捧げなければ」などと言い出したものだから、リサとの余計な火種を作ることになったとは、まだこの時のジェイクは知る由もない。
***
ジェイクがそんなのんびりとしたやり取りをロクサーヌとしている頃、同じ深緑宮内の一室では、極限を超えた訓練が行われていた。
「ぐぁああああ!」
「そんなものか、クルーダス!」
完全に防音措置が施され、壁も普通の何倍にも強化されたこの部屋で、アルベルトとクルーダスが全力で打ち合っていた。これは訓練、いや、拷問と呼ぶことすら生ぬるい。先ほどまではミリアザールとそれぞれが打ち合っていたのだが、ミリアザールも今は小休止を入れているところである。だが、ミリアザールもまた髪を結いあげ、袖丈の短い服を着ていることから、かなり本気で手合せしていることがうかがえる。
「ようやるわ。鬼か、アルベルトめ」
「そなたの方がよほど鬼じゃと思うがのう」
水を飲みながら汗を拭くミリアザールのそばで、シュテルヴェーゼが軽やかに呟く。確かに、先ほどまでのミリアザールは完全に常軌を逸した攻撃を二人に加えていた。死なない程度に追い込み、そして回復し、さらに攻撃し続ける。頑強な二人だからミリアザールもそれなり以上に本気になれるので、その怪我の仕方は尋常ではなかった。肋骨など既に1000本は折れている。内、何度かは折れた肋骨が肺に刺さって死にかけた。内臓も何度も破裂し、意識が混濁したこともある。手足は数度千切れている。今元通り動いているのが不思議なくらいだったが、それでも2人は訓練をやめようとしない。それがラザールの一族に課せられた宿命だと、彼らは考えているからだ。
また、ミリアザールは訓練前に2人に告げている。
「状況次第ではワシはお前たちを殺すかもしれん。その覚悟があるか? なくともやってもらうがな」
アルベルトは当然のごとく頷いたが、クルーダスには逡巡があったのをミリアザールは見逃さなかった。それでも訓練をしているうちにクルーダスの心境にも変化があるかと思ったが、差は如実に表れ始めていた。
続く
次回投稿は、1/31(金)16:00です。