逍遥たる誓いの剣、その12~準備期間③~
以前ミリアザールに仕掛けてきた上忍も、ひょっとすると討魔協会の手の者だった可能性もある。ただ、強く追及する様な証拠は何もなかったので、ミリアザールもそれ以降捨て置かざるをえなかった。
もちろん、ミリアザールが彼らの横行を手をこまねいて見ているわけがない。
「さて、東の情勢はとりあえず二の次となる。エスピス、リネラの両名に引き合わせておきたい人物がおる」
「はっ、それは一体どなたさまで」
「どなたさま、というほどのことはない。エレオノール、ニックス」
「ここに」
突如としてミリアザールの背後に現れた二人の人物は、魔術士の証明である茶色のローブを目深にかぶっており、うっそりとしたその姿は明らかに魔術教会の手の者であることは明白であった。
深緑宮内の突如として露われた魔術士にエスピス、リネラは反射的に構えてしまうが、その様子をミリアザールが窘める。
「落ち着け、両名とも。こやつらはワシの配下のようなものじゃ」
「ミリアザール様は魔術士にも部下を?」
「配下、というのはちと語弊があるか。これはテトラスティンがワシに預けて行った人材じゃ」
ミリアザールはちらりと背後の二人を見るが、二人は魔術士らしく感情を悟らせぬようにそのまま黙って立っている。
「テトラスティンの数少ない信用できる配下じゃそうな。彼らをワシの元においていったとこいうことは、まだテトラスティンはワシと連絡を取る気があるということ。今、黒の魔術士の元におるテトラスティンと、この二人を通じて連絡を取る事ができよう」
「なるほど、それでは――」
「まずはお前たちの得た情報に相違ないかを調べさせる。またテトラスティンがどれほど敵の中枢に食い込んでおるかは知らんが、より多くの情報を得るまたとない機会となろう。黒の魔術士の情報をどのくらい得られるかは、お前たちにかかっておる。心せよ」
「承知しました!」
エスピスとリネラが新たな任務に燃える。これでミナール様の犠牲も無駄にはならない――そう二人は考えることができるのだった。そして身分や報酬を望まなかった自分達も、多少なりとも報われることになろうかと、安堵感があったことも否めない。
そしてミリアザールはさらなる発案を打ち出す。
「それらの任務はアルネリアの400周年祭までに完遂せよ。記念祭は雪解けが終わった後、夏までには行う」
「それはなんとかして見せますが、アルネリアの記念祭では同時に統一武術会、それに大陸平和会議も同時に行われると聞きました。それはまことにございますか?」
「うむ。ワシはそこで聖女として顔見せを行い、大々的に黒の魔術士に対抗するための呼びかけをするつもりじゃ。少なくとも、黒の魔術士のことは伏せ、各地で出現次続ける魔王に対抗するための方策を呼びかける。
同時に、諸国で暗躍するサイレンスとやらの人形を見分け、始末する方法も教えるつもりじゃ。そのために、今回の会議だけは我々が主導権を握っておらねばならぬ。話し合いをしていては、人間全体が出遅れる――ワシの言っておる意味がわかるな?」
ミリアザールの瞳が一瞬冷えた。エスピス、リネラはアルネリア教会の裏の仕事が多かったため、ミリアザールの冷酷な部分もいくらかは知っている。つまり、次のアルネリア400周年祭ではアルネリアが主導権を握るための材料をそろえると同時に、平和会議では必ずしも『平和的な』手段はとらないと言っているのだ。
エスピスとリネラは覚悟を新たに決めた。もし自分達が十分に有効な交渉材料をそろえられない場合、ミリアザールは強硬手段を取ってでもアルネリアに有効になるよう話を進めるだろう。
そんな二人の心の内を見透かしたかのように、ミリアザールはくすりと笑った。
「それほど心配せずとも、血なまぐさい手段は最後よ。ワシがなんのためにグローリアを運営していると思っておる? 偶然とはいえ、一度400周年祭が延期されたことで各国の代表がだれかは推測がしやすくなった。既に各国代表になりそうな連中の取り巻きには、ワシの息がかかった者が配置されておる。もっともそうでない国もあるが、ワシの味方につきそうな国が大半であることは明白よ。余程の事がない限り、会議は形だけ――ワシの思う通りに進むであろう。
なにせ、黒の魔術士は間違いなく会議期間中に仕掛けてくるじゃろうからな。奴らの脅威を見て、動かぬ国はなかろうて」
ミリアザールが、酷薄な笑みを浮かべていたのでその場にいた者はぞっといた。確かに統一武術大会の賞品としてレーヴァンティンが用意されており、今までの敵の動きを考えれば奪取にくることは目に見えているが。
「・・・本当に来るでしょうか?」
「来る。奴らはワシらを侮っておる。だからこそ来る。奪えぬはずがないじゃろうと考えてな。そこにつけいる隙が生まれる。それに万一に備えて、魔晶石の生産を間に合わせておるのじゃ。それにワシにはまだ切り札がある」
「切り札・・・?」
「それは見てのお楽しみよ」
ミリアザールが企み深い笑みをしたが、エスピスとリネラは何のことかわからず顔を見合わせた。そんな二人にミリアザールは言葉を投げかけた。
「全てをお前たちが知る必要はない。全てを知るのはワシだけでよいのじゃ、その方が情報も統制しやすかろう。不服があるか?」
「いえ、滅相もない」
「ならば行くがよい。情報はローマンズランドの工場を優先して得るようにせよ。特にどのくらい魔王を生産しておるのか、または備蓄があるのか。詳しければ詳しい程よい」
「仰せのままに」
二人は再度恭しく頭を垂れると、その場を後にした。そしてミリアザールが顎で指し示すと、エレオノールとニックスもその場から音もなく消えた。
ミリアザールは一人になり、しばし考える。
「確かに、色々と危ない橋を渡っておる状況ではあるがな、それもやむをえまいて。さて、シュテルヴェーゼ様の機嫌でも伺ってくるかとしようかな」
ミリアザールは背伸びをしながら、大量の書類を憎々しげに見ながら執務室を後にした。
続く
次回投稿は、1/29(水)16:00です。