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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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逍遥たる誓いの剣、その11~準備期間②~

「(アルフィリースめ、面白いことを考え付きよるわ。確かにワシの工場を使えば作る事は可能じゃろうて。じゃがこれはいかなる結果を及ぼすか、やつめが考え付かぬわけではあるまいに。ワシの目指した方向とは――武器をこの世から極力少なくしようとした動きとは正反対になるが、果たしてこれはやむをえぬからといって許してよいものか。余計な波紋を広げぬためにジャバウォックやシュテルヴェーゼ様まで動かしたというのに、このままでは・・・)」


 ミリアザールは先を見通しながらも、その先がそもそもなければ論理は成り立たぬと、かぶりを振った。その様子を梔子は不思議そうに見ていた。


「ミリアザール様、いかがされましたか」

「なんでもない。この件は魔晶石ロードストーンの生産状況によって決めようと思うが、現状はどうか?」

「魔晶石の生産状況は非常に順調です。神殿騎士団のみのことを考えるのなら、あとひと月もたたぬうちに全員分の武器防具が作り終えられます。

 ただ八重の森における遠征で、かなりの人員が失われています。周辺部の騎士団から強者を募り、補充する必要があるかと」

「任せる。まとめ役はアリストがよかろう」

「ではすぐに手配を。それから、巡礼の半数がミランダ様の新部署のため使えなくなったので、我々の仕事を補助できる表向きの人材がほしいです。最近、我々も数を減らしていますから」

「各地に散った、サイレンスの人形を始末しておるせいか」

「はい」


 口無したちもただ手をこまねいてじっとしているわけではない。各地ではすでに水面下での戦いが進行していた。各地に潜む口無したちの連絡員と、サイレンスが操っていたであろう人形たちの戦い。サイレンスが死んだ後も、人形たちは動き続けていた。

 アルネリア教会はその事実に気がついてから、積極的に人形を狩るようになった。どちらが死亡しても一般には行方不明や失踪としてしか届けられぬが、裏ではすでに戦いは行われ、どちらにも甚大な被害を出しつつあった。

 以前、ルナティカがアルネリアに潜伏していた人形たちをほとんど始末したことで、サイレンスが操っていた人形たちの見分け方が徐々に確立していた。各地に潜んだ口無したちは、怪しいと思われる人間をひそかに調べ上げ、確証が得られれば人知れず始末していった。その過程で、口無したちにもそれなり以上の被害が出ている。

 各地に潜伏した口無したちの損害の全容は、長である梔子しか把握していない。彼女もまたミリアザールと同様に、戦いを取り仕切る立場にいる。ただし、梔子の場合は裏での戦い限定であるが。

 ゆえに梔子はミリアザールの仕事を手伝うゆとりもないのだった。同時にミリアザール自身も、梔子がいない方が仕事をやりやすい時もある。

 ミリアザールは梔子と少し情報交換を行い、楓たちと一緒に彼女を下がらせると、また入れ替わりに別の人物が入ってくる。


「失礼します」

「うむ、久しぶりじゃの」


 一礼した二人の神官は、恭しく頭を垂れた。神官然とした機敏な態度に、魔術士のようなうっそりとした恰好。どちらも頬をこけさせた男女は、ぎらつく眼をミリアザールに向けていた。

 ミリアザールはその男女を見ながら、以前とはまるで違う様子に少し眉を顰めながら言葉を投げかけた。


「息災か、エスピス、リネラ・・・と、聞くまでもなく体調は悪そうじゃの」

「いえ、これでもマシになった方で。お心遣い痛み入ります」

「体調は優れませんが、頭の方は冴えていますよ」


 やや皮肉を込めた返事に、二人の様子を察しとったミリアザール。どうやら見た目ほど二人は変わっていないらしい。


「ならばよい。して、首尾はいかに?」

「上首尾といえるかどうかはこれからの作戦次第ですが、これを」


 エスピスが差し出した書簡をミリアザールは開き、じっと目を通していた。その目が目まぐるしく動く。


「・・・これはまことか?」

「本日突然、城でも降って湧かない限り、本当かと」

「これが敵の拠点、全てにございます」


 リネラが青白い顔を清々しく変えてミリアザールを見た。かつてミナールの副官だった二人は、ミナールの死後、彼の任務を誰に命令されるでもなく継続した。それはミナールの遺志でもあったろうが、それ以上に二人の神官は黒の魔術士、ひいては魔王の横行を許すわけにはいかなかったという正義感によるところが大きい。もはやこの任務は、彼らの戦いとも化していたのである。

 そして彼らはやり遂げた。次々と作られるアノーマリーの工房を、仔細もらさず暴きだしたのである。方法論はすでにミナールが確立していたとはいえ、これは容易ならざる任務だった。一つ間違えば死ぬだけならまだよいのだが、敵に取り込まれ、尖兵として利用される可能性もあった。そうなれば失われれるのは仲間の命、奪われるのは自らの誇り。死に方としては最低だと、二人は固く心に誓い、任務を遂行していたのである。

 完成した敵の拠点の情報を二人が持ち寄ったのは実は昨日のこと。その時、彼らはとても重大な事実に気が付いたのだが、それはミリアザールも同じであった。


「ようぞ調べあげたと褒めてやりたいが、大陸の西には非常に拠点が多く、東の大陸にはまるでないのが気にかかるのう」

「ほかにも、ローマンズランド周辺には敵の拠点が多く、大陸の東には少ないです」

「当然といえば当然ですが、人間の勢力図が大きいほど敵の拠点は少なく、逆に荒れた土地が多いほど敵の拠点は多い。ですが、東の大陸に一つもないとは非常に気になります。まさか討魔協会は・・・」

「うん? 黒の魔術士たちの手先になっておるよ。それがどうした」 


 ミリアザールがあっさりと言い放ったので、エスピスとリネラは顔を互いに見合わせて目を丸くした。


「あの、それはどういう・・・」

「一大事ではないのですか?」

「捨て置け、どうせ我々とは元々相容れぬ連中だ。ここでなくとも、いずれ敵に回ったさ。浄儀白楽は何を考えているのかわからん男だが、こっちの大陸を虎視眈々と狙っていたことくらいはわかっているさ。奴が頭首となってから、明らかに間諜が増えたからな。

 ただ一つ気になるとすれば、奴がどの程度密接に黒の魔術士と関わっているかだ。たんなる捨て駒か、あるいは浄儀を失いたくないと黒の魔術士が考えるかで、今後の展開は変わる。前者なら、うまく誘導して黒の魔術士と戦わせることもできるだろうが、後者であった場合――全面戦争だろうな」


 その言葉の重さに、エスピスとリネラはごくりと唾を飲んだ。討魔協会の戦力は、アルネリアに勝るとも劣らない。アルネリアのように多機能には分かれていないが、純粋に戦闘特化した彼ら討魔協会は、戦闘だけならアルネリアをも上回るかもしれないのだ。



続く

次回投稿は、1/27(月)16:00です。

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