表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第一章~平穏が終わる時~
82/2685

アルネリア教会襲撃、その10~討魔の巫女~


***


 その頃ミルチェは、詩乃の髪を引っ張って遊ぶのにも飽きていた。詩乃以外の人間は上手く甘えさせてくれるわけでもなし、やることがなくなって退屈なミルチェ。ルースやネリィはトーマスのいたずらを止めることに必死になっている。


「(こういうときリサねえはあたしのところにくるのよね・・・リサねえといるとぜったいにひとりにならないのにな)」


 それは目が見えないリサだからこその芸当。誰が誰と話していて、誰が満足し、誰が退屈しており、誰が疲れたり体調が悪いかを瞬時に判断できる。だからミルチェが退屈していると必ずリサが傍に来たし、ミルチェが風邪を引きそうなときや、体調が悪くなりそうだと必ず「今日は大人しくしていなさい」と言われる。一回その言いつけを守らなかったらひどい熱を出した。以後ミルチェはリサの言うことに無条件服従である。


「(あ~あ、つまんない)」


 ミルチェがふと外を見ると、誰かが笑顔で手招きをしている。良く見ると、それはリサだった。冷静に考えればこんなところにリサがいるはずはないのだが、まだ6歳のミルチェにはそのような判断はできない。お仕事でちょっと長くいない、くらいの認識なのだ。だからまた帰ってきたんだのだと思っていた。


「(リサねえだ! わぁい、あそんでもらおうっと!)」


 ミルチェは出るなと言われているにも関わらず、思わず外にかけ出してしまった。だがミルチェが近づくに従い、リサは遠ざかる。だが手招きは止めすに、ミルチェにこっちにおいでと呼び寄せている。


「リサねえ~どこにいくの~? まってよ~」


 そういいながらミルチェが部屋の外に出て行ったことに、なぜか誰も気付かなかった。


***


ガッ!


 場面は戻り、ミリアザール達の部屋に何かが当たる音が響き渡る。ミリアザールは直撃を覚悟していたが、衝撃は無い。音だけははっきりとその耳に届いていたのだが。


ポタリ、ポタリ・・・


 続けて、血が滴る音がする。誰の血が流れる音かと全員が思ったが、


「あ・・・?」


 血を流していたのはドゥームだった。打ちこんだのは--ジェイク。オシリアもジェイクの動きには全く気を払っていなかった。いや、この場の全員がそうだった。

 ジェイクの年齢では真剣を振り回すには筋力不足だったので、まだ練習用の木剣しか持たされていない。そもそも真剣を振り回すのは危なすぎると判断された。

 だがジェイクは木剣しか持っていないにも関わらず、反射的に木剣を握りしめてドゥームの頭めがけて全力で叩き下ろしたのだ。アルベルトなどの一撃に比べれば稚拙極まりない一撃だからこそ、ドゥームは全く気を払っていなかった。いや、正確には視界にはかすめたのだが、子どもの攻撃だと気にも留めなかったのだ。アルベルトが一刀両断しても大したダメージを負わないのだから、当然と言えば当然だった。

 だからこの結果は全員にとって意外だった。だが事情が全て呑み込めていないジェイクだけは当然の結果だと認識していた。木剣であろうと全力で頭を叩いたり、喉に付きを入れれば充分に人を死に至らしめることが可能である。だから頭を叩けば血が流れるのは当然。ジェイクの認識はその程度だった。

 だがこの場にいる他の全員が事情を呑み込めない。もっとも一番飲み込めないのはドゥームだろう。


「おいガキ・・・僕に、何をした?」

「殴った!」

「・・・そういうことを言ってるんじゃねぇ!」


 ドゥームから殺気が噴き出す。思わずアルベルトも目を背けたくなるほどの邪気が部屋を覆う。だがジェイクは木剣を構え、ドゥームを見据えた。同時にドゥームの顔つきが明らかに変化する。もはや薄笑いを浮かべたような表情や、無駄に明るい雰囲気はない。目が血走り、完全に本気になった。もはやアルネリアを襲撃するという目的すら忘れるほどに。


「もういいや・・・小僧、死ねよ!」

「目を見るな、ジェイク!」


 ミリアザールが叫ぶが既に遅い。ドゥームの深紅に輝く発狂の魔眼を正面から見据えてしまうジェイク。だがミリアザールに最悪の想像が浮かぶより早く、ジェイクが動き出す。


「なんだお前、気持ち悪い真っ赤な目なんかしやがって。寝不足か?」

「・・・は!?」

「くらえ!」


 再びジェイクの木剣がドゥームの横っ面に命中する。決してかわせない剣速ではないのだが、ドゥームは魔眼の効果が無いことが意外すぎて、「よける」という行動概念が全く抜け落ちていた。そしてドゥームの鼻が折れたのか、鼻血を大量に出しうずくまるドゥーム。


「い、痛い・・・僕が、痛い?」

「殴られりゃ痛いのは当然だ!」


 ジェイクが高らかに宣言し、形勢が逆転したのを見てミリアザールの目がぎらりと光る。


「・・・おい、いつまでワシを掴んでおるか?」

「!?」


 我に返ったミリアザールがオシリアの念動力を引きちぎる。そしてオシリアの両手を瞬間的に吹き飛ばし、ドゥームのこめかみを殴り飛ばしてジェイクの傍に駆け寄った。


「ジェイク! 怪我はないか?」

「それよりも!」


 ジェイクが一段強い声を放つ。今までにない鋭さだ。思わずジェイクの顔を見るミリアザール。


「そこを殴ってもあまり効いてないぞ、ミリィ」

「・・・どういうことじゃ?」

「そこは本体じゃないと思う。なんて言うか、その、上手く言えないけどさ・・・」

「ふむ・・・」


 ミリアザールにもよくわからないが、ジェイクの言う事についていくつか思い当たることがあった。だが今それを検証する暇はない。確かにドゥームがすぐに起き上がってくるところをみると、ミリアザールの拳よりジェイクの木剣の方が効果がありそうだった。


「ぐあああああ! こんのクソガキィィィィィ!!」

「完全にキレよったか。ジェイクよ、ワシが隙を作るからその木剣でしこたまアイツを殴ってやれ。できるか?」

「・・・やるしかないんだろ?」

「やるしかないこともないがな。とりあえずこのままではきりが無いからの。心配せんでもお前に攻撃が届くようなうかつな真似はせん。お前はその木剣をあのクソッタレに叩きこむことだけを考えとけ」

「了解。だけど、口が汚いぜミリィ」


 ジェイクが木剣を構えながらにゃりとした。その顔つきに、ミリアザールは思わずジェイクの髪をわしわしと掴んだ。


「こいつ、生意気言いよる・・・それにその名前でワシを呼んでいいのは世の中に2人だけじゃ」

「へーへー」

「ぐっ、生意気な小僧め。アルベルト! お前はそっちの娘をやれ」

「御意」


 アルベルトがオシリアに剣を構える。オシリアは両手をミリアザールにもがれ、再生が上手く出来ていない。いくら悪霊でもしこたま聖の力を込めたミリアザールの一撃を受ければ再生がままならないのは道理。むしろミリアザールの拳を喰らってあそこまで動くドゥームが異常なのだ。オシリアは不利を悟ったのか、じりじりと後退する。地面に潜ろうにも、アルベルトの剣は地面ごとオシリアを両断しにかかるだろう。

 そしてミリアザールがドゥームに殴りかかろうとしたその時――


「・・・この手はさすがにダサいから使いたくなかったんだけどね・・・アレを見な」


 ドゥームが指さした方に現れたのは・・・。


「あれー? リサねえは??」

「ミルチェ?」

「バカな!? 侍女どもは何をしておるか!」

「護衛の責任じゃないさ、悪霊の誘惑ってのは強いんだぜ。人の意識の間を突くのが上手い奴が俺の悪霊の中にいるんだよ。さて・・・僕の言いたいことはわかるな?」

「ぐ、く・・・」


 ミルチェの周囲に悪霊がうごめいている。ミルチェにもどうやら見えているらしく、悪霊の一体と目が合うと気を失ってしまった。


「ワシにどうしろと?」

「そうだな~本来ならストリップでもお願いするのが一番屈辱的だろうけど、その貧相な体じゃねぇ・・・」

「やかましいわ!」

「まあ冗談はおいといて、まず腕の一本でも貰おうか」

「ほう・・・殺さんでいいのか?」

「キミを殺すとお嬢に僕が殺されかねないからね。僕はこのうっぷんを晴らすため、リサちゃんで遊ぶとするさ」


 その言葉に、ジェイクが顔を真っ赤にして反応する。


「何ぃ!?」

「はっは、怒るなよジェイク君、ちゃんと君も連れて行ってあげるから。その目で彼女がどういうことをされるか、見届けるがいいさ!」

「このやろ・・・!」

「いいえ、貴方は何もできません」


 凛とした声が深緑宮に響き渡る。お付きを伴い緊迫した場面に姿を現したのは詩乃である。ネリィは表現方法を持たなかったが、彼女が来ているのは巫女服という呼び名だった。後ろの2人は女侍のいでたちと、薙刀なぎなたを持った巫女だった。


「これはこれは・・・わざわざボクにやられにでてきたのかな? ところでどちら様で?」

「その前にその子を放していただけるとありがたいのですが」

「それは出来ない相談だね」

「穏便に済ませるためにお願いしているのですが・・・仕方がありません、強制的に放していただきましょう。オン


 詩乃が片手で印を結ぶと、ミルチェの周りの悪霊が吹き飛ぶ。同時にミルチェが目を覚ました。

 驚くのはドゥーム。


「なんだと?」

「ミルチェ、こちらにおいでなさい」

「ん~・・・あ、うたのへたなおねえちゃんだ!」

「そ、そうですよ~・・・しくしく」

「詩乃様、お気を確かに」


 お付きの2人に慰められる詩乃。ミルチェが詩乃の方に駆け寄ると、薙刀を持った女性にミルチェを預け下がらせる。それを見てドゥームが飛びかかりかけるが、


「・・・なんだ、動かない?」

「方術で固定させていただきました。殿方を縛りあげて遊ぶ趣味はこちらの東雲しののめの趣味であり、私ではないのですが、貴方は危険な方なのでご了承くださいませ」

「いや、詩乃様。私にそんな趣味はないですから!」

「そうですよ詩乃様~それは私の趣味ですぅ!」


 女侍は必死で否定し、薙刀を持った巫女は嬉しそうに肯定する。


「あら、また間違えてしまいました・・・時々貴方達がどちらがどっちなのか、よくわからなくなる時があるもので」

「ひどい・・・」

「詩乃様、まだボケるような年齢じゃないですよ~」

「なんだ、お前達は。漫談をやるために出てきたのか!?」


 ついにドゥームが苛々した口調で質問する。それを聞いて詩乃がぽん、と手を叩きニコニコしながら答える。


「すみません、すっかり失念しておりました。私2つ以上同時に物事を考えるのが苦手なもので」

「ふざけるな!」

「いえいえ、大真面目に苦手なんですよ。ちなみに自己紹介をしておくと、私は東の大陸にある討魔協会筆頭代理、清条詩乃きょじょうしのと申します。こちらはまあお伴AとBくらいに思っていただければよいかと」

「詩乃様、重ね重ねひどい・・・」


 お供は相変わらず冗談めいた合いの手をうつが、ドゥームにとってこれは容易ならない相手である事はもはや確実だった。詩乃が名乗った役職にも、なんだか聞き覚えがあるような気がする。


「討魔協会筆頭代理だと・・・?」

「はい、ですから悪霊の貴方はく消滅していただけると助かります。あ、でも完全に悪霊と言うわけでもなさそうなので、とりあえず悪霊成分をしっかり抜いてしまいますね。ちょっと苦しいかと思いますけど我慢してください。

 ちなみに本当に苦しかったら右手を上げて意思表示してくださいね、別にやめたりはしませんが。ではいきます!」

「ふざけ・・・あぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!!?」


 詩乃がぱん! と手を合わせると、ドゥームが捻じれて変形するほど強力な方術が彼を拘束し、絞り上げる。あまりに強い拘束力に、ドゥームが右手を上げる事すらできないことを悟った。


「(ふざけろ、右手なんか上げれるかぁ!)」

「苦しいですか~?」

「(当然だぁ、この女!)」


 見動きすらとれず、もはや声を上げる余力すらないドゥームは目線でなんとか訴えようとするが、詩乃はあくまでにこやかに、穏やかに。間の抜けた声にすら聞こえるように話す。


「大丈夫です! もうすぐ消滅しますから、そうしたら痛みも全部なくなりますからね~」

「(じ、冗談じゃない! この威力、本当に消滅してしまう!!)」


 ドゥームが何か手を打とうにも、指一本、口先一つ動かせないのではどうしようもない。彼は先ほどまでと違い、本当の危機に直面していた。


***


 その様子を上空から見守っていたライフレスとブラディマリア。


「討魔協会の筆頭代理だと・・・?」

「それは凄いのか?」

「ああ。討魔協会とは戦乱づくし、魔物だらけの東の大陸において、魔物の討伐のためのみに活動する組織だ。アルネリア教会のように慈善事業はほとんどしないが、とかく魔物討伐に熱心でね。魔物討伐を主義にした戦闘集団さ。戦うだけならアルネリア教会や魔術協会なんかより、よっぽどやっかいだ。筆頭代理ともなれば、その中でもかなりの実力者である事は明白だろう。

 そんなのがたまたまここにいるなんて、ドゥームは余程日ごろの行いが悪いんだね」


 ライフレスはドゥームの不運をくすりと笑う。ブラディマリアもため息をこぼしながら下の様子を見ていたが、


「ふぅむ。で、どうする? このままだとドゥームは本当に消滅すると思うが」

「・・・まだあいつを失うわけにはいかない。助けるとしよう。ブラディマリア、あの結界を破れるか?」

「愚問じゃの」

「じゃあ行きますか。全く世話の焼ける・・・あ、口調は直すとしよう。お互いにな」

「もちろんよお~キャハハハ!」

「・・・なんとも早い切り替えだね・・・」


 気を取り直すと、深緑宮に向けて一気に降下を始める2人であった。



続く


次回投稿は12/11(土)12:00です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ