逍遥たる誓いの剣、その8~クルーダス①~
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時を多少前後して、グローリア学園内。遠征の疲労も取れたジェイクは、単位を取るために剣技の授業に出席していた。彼は既に正規の神殿騎士であり、前線での戦いも経験しているため授業自体は物足りないのだが、それはそれとして授業に出席させるのはグローリアの方針である。彼がいかに強かろうと、特別扱いはされない。それが開校からのグローリアの掟だ。
ジェイクもそのことがよくわかっているからこそ、授業を淡々とこなしていた。だが、彼は剣術、体術の授業を5年生、6年生共に授業を行っていてすら、実戦の緊張感に比べれば物足りないのは否めなかった。既にジェイクと剣をまともに交えられそうなのはミルトレ、マリオン、他数名程度となっている。
実戦の感覚を磨くだけなら、神殿騎士団での訓練の方がよっぽどマシなのでミリアザールにも申し出たのだが、学校の授業を優先するようにと言われただけだった。どうやらミリアザールが行う訓練はアルベルトとクルーダスに向けられているようであり、事実クルーダスの最近の上達ぶりは異常とまで言えるほどの速度であった。
そのクルーダスもまた剣技の授業に出席しているが、一人では相手にならぬからと数人同時に相手取る事でなんとか準備運動になるというところだった。そんなクルーダスが、ジェイクにはどこかしら歪に見えてきていた。最近様子がおかしくなってきているのだ。クルーダスが練習をしていて、大声で吠える。
「次! だれか俺の相手をしろ!」
「よせ、クルーダス。やりすぎだ!」
ミルトレがクルーダスを諌める。だがクルーダスの顔は上気して赤くなり、ミルトレの助言も頭に入らない。
「俺は平気だ!」
「そうじゃない、周りを見ろ!」
「クルーダス」
マリオンに肩を叩かれて、初めてクルーダスは周囲に気が付いたようにあたりを見回した。その目に入ったのは、自分の剣の相手を務めて傷ついた同級生たち。彼らはあちこちを打撲で痛め、中には氷嚢を頭にあて寝転ぶ者、あるいは手に添え木をされている者、さらには回復魔術を施される者までいた。
クルーダスは彼らを見て初めて青ざめた。指摘されるまで、戦いに夢中で気付いていなかった。ミルトレがその胸倉をつかむ。
「クルーダス、最近のお前はおかしいぞ!? いくら訓練とはいえ、これはやりすぎだ。シスターたちの手がいくらあっても追いつかんし、このままでは重傷、いや死者がでてもおかしくない」
「クルーダス、気が立っているのはわかるけどね。今は違うけど、僕たちの中には何年かしたら神殿騎士として君を戦場で助けることになる者もいるだろう。もう少し僕たちにも敬意を払ってほしいものだ。僕たちは君が強くなるための踏み台じゃあないんだよ?」
マリオンの声は静かだったが、力強さに満ちていた。マリオンは今剣術の授業に出ている者全ての声を代弁して、クルーダスに伝えているのだ。
だがクルーダスはマリオンの手を振り払いながら、ぼそりと呟いたのだ。
「・・・何年だと。それでは間に合わんのだ」
「何?」
「少し休む。確かに俺は疲れているようだ、済まなかった」
クルーダスは言葉の上だけの謝罪をすると、彼らの方を見ることなくその場を去った。後にはすっきりしない級友たちが残される。
「クルーダスの奴、何があった?」
「さあね。それを知っているのは、あるいは一人だけかもしれない」
マリオンがジェイクの方をちらりと見る。ジェイクはマリオンが何を言いたいのかわかっていた。
「・・・行って来いってこと?」
「命令じゃない、お願いだよ。同じ時間、同じ戦場を共有した人間たちにしかわからない事もあるだろう。今は僕たちの出番ではない気がする。不本意ながら、彼と同じ戦場を駆けていない僕らではね」
その声がやや苦しみの色を帯びているのに気が付き、ジェイクは無言で頷いてクルーダスの後を追った。ジェイクとてクルーダスの悩みは知らない。知っているのは、最近アルベルト、ミリアザールと何やら別の訓練をしていることだけだ。場所も完全に隔離されているので、何が行われているかすら見当がつかない。ただ一つわかるのは、クルーダス、アルベルト共に訓練の度、目に見えて衰弱しているということだけだった。
クルーダスは元々無口だったが、今では神殿騎士団の仲間とも最低限の言葉以外まるで話していない。彼の態度がおかしいのは、何もグローリア内に限ったことではなかった。アルベルトに至っては、神殿騎士団長としての仕事をラファティに任せっきりにしている始末。どちらも尋常ではない訓練をしていることだけを知っていた。
またクルーダスは、戦場でも最も激戦が予想される場所に配置され続けていた。クルーダスも既に神殿騎士団として正式に叙任されているが、それでもまだ成人の儀を来月に控える若さ。とても正気の配置とは思えなかったが、それでもクルーダスは生き残ってきた。それだけでも奇跡に等しい出来事だが、クルーダスはそれでも満足がいかないらしい。
その悩みがどこから来るのかジェイクには皆目見当がつかないが、それでも足取りはクルーダスを追いかけていた。自分もまたまごついている時に、クルーダスとアルベルトに置いて行かれるような気がしていなかったと言えば嘘だろう。
ジェイクはクルーダスが庭園の噴水で顔を洗っている所に出くわすと、柱の影からそっとその様子を窺った。まだ授業中の時間なので、辺りに人の気配はなく、近くで授業が行われているようでもない。生徒の憩いの場である庭園の噴水で頭を冷やすなど通常では考えられない行為だったが、それだけクルーダスは精神的に追い詰められているのだろう。ジェイクは声をかけることもままならず、その場でしばしクルーダスの様子を窺っていた。
クルーダスは頭から噴水に突っ込んで頭を冷やした後、やがて噴水を背にしてその場にずるずると座り込んだ。体がずぶぬれになるのもお構いなし。全身から力が抜け、まるで糸の切れた人形のようにも見えた。
ただごとには見えない様子にジェイクが近寄ろうとすると、そこにはジェイクの担任であるルドルが訪れていた。
続く
次回投稿は、1/21(火)16:00です。