逍遥たる誓いの剣、その7~残された者②~
「パンドラだな。お前はテトラスティンと共に旅だったと聞いたが」
「おうよ、確かにそうだったんだがな。テトラスティンの野郎、黒の魔術士に味方しやがった。このままじゃ俺も利用されちまうってんでどうしようかと思っていたんだが、テトラスティンの野郎が使い魔をつけて俺をこっちに帰してくれたのさ。相変わらず何を考えているのかわからん野郎だぜ。
だが俺としては奴よりも、レーヴァンティンの事がどうしても気になってなぁ。どうしようかと思っていたんだが、思うことあってお前さんの目に前に現れたってことさ」
「私より会長であるフーミルネ様の方がよかったのではないのか?」
イングヴィルは意地の悪い質問をしたが、パンドラは手を振って否定した。
「それも考えたがな。フーミルネは今、魔術協会をまとめ上げることに必死で他の事は頭の外にいっちまってる。それはそれで必要なことだが、俺の有効活用までは頭が回らんだろうよ。その点、お前さんの方が俺の頼みを聞いてくれそうだ。それに取引もできそうだしな」
「気に入らんな、箱のくせに人を見るとは」
イングヴィルは素直な感想を漏らしたが、パンドラは箱の側面に浮いた口の端をニヤリとゆがめた。
「箱も人を見るんだよ。利用されるだけが道具だと思ったら、大間違いだ」
「なるほど。で、私と取引をするつもりか」
「その通り。その前に一服いいかい?」
パンドラが箱の中から煙草を取り出して火をつけようとしたので、イングヴィルはそれを取り上げて握り潰した。
「あっ、なにしやがる! 200年前の年代物だぞ!?」
「ここは禁煙だ。匂いの付くものを残すな、キサマがいたという証拠になる」
「ちっ、お堅い奴だ。じゃあ用件だけ伝えるぜ。俺をレーヴァンティンが来るっていう、統一武術大会の開催都市に運ぶんだ。その代わり、黒の魔術士たちの情報を流してやる。それでどうだ」
「ほう」
イングヴィルは興味深そうに少し身を乗り出した。
「どうやって知ることができる?」
「テトラスティンに俺が連絡してやるぜ。俺にはまだその手段がある」
「方法は?」
「そいつは秘密だ。方法を教えたら、その手段だけ横取りされかねん」
パンドラも長らく生きているだけあって、さすがに騙せるような相手ではない。イングヴィルは無駄なやり取りはやめて、素直に取引に応じることにした。
「いいだろう、その取引に応じよう。だが、最初の取引はお前が有益な情報を得られた時だけだ」
「有益な情報の定義は?」
「奴らのそれぞれの個性と目的だ。奴らはほぼ全員が操られていると思われるが、それぞれに黒の魔術として引き込むだけの存在意義があるはずだ。それを探ってもらいたい」
「なるほど、いいだろう。だがこっちにも情報をある程度もらいたいものだな。お前が本当に約束を守るとは限らんからな」
パンドラもまた疑り深い。イングヴィルはやむを得ず情報を話すことにした。
「レーヴァンティンが統一武術大会の賞品であることは間違いない。だが、開催場所に関しての情報はまだない。度重なる予想外の出来事で開催が延びてはいるが、次の春が来ればどこかの季節では行うと通達があった」
「なんだ、随分と曖昧な情報だな?」
「仕方あるまい。おそらくレーヴァンティンは、確実に黒の魔術士をおびき寄せるための餌だ。それまでアルネリア教会は何らかの準備をするつもりなのだろう。開催場所もまだ明かされない。最初はアルネリアで行う予定だったが、黒の魔術士を引き入れるわけにもいくまいよ。おそらく、別の都市か近郊の開けた土地を使って開催されるのだろう」
「ふーん、まあ筋は通っているか。信じるとしよう」
パンドラはそのまま机からぴょんと飛び降りると、とことこと歩いて部屋を出て行こうとする。その姿をイングヴィルは呼び止めた。
「どこに行く?」
「どこ行こうと俺の勝手さ。まあ魔術協会からは出ないから安心しな。定期的にお前の前に現れてやるから、その都度新しい情報を仕入れておくこった。じゃあな」
そう言うと、すっとパンドラの姿が消えていった。どうやら気配遮断の魔術を使ったらしい。今度もまたエーリュアレが目を丸くする。
「なんと! 道具が話し、なおかつ魔術を使うとは?」
「・・・道理で教会内で誰もその存在を知らないわけだ。あれなら存在を知らない限り見つかりようがない。よくテトラスティンはあれの存在に気付いたものだ」
イングヴィルは不思議な邂逅を楽しみながら、同時にパンドラが侮れない事も喜んでいた。この後、しばらくしてイングヴィルは気付くことになる。自分は対等な話し相手を欲しているのだと。
続く
次回投稿は、1/19(日)16:00です。