逍遥たる誓いの剣、その4~情報屋②~
「東の大陸では大量の粛清が行われたらしい。何でも諸国の盟主達が一所に集められ、全員首を落とされたとか」
「いや待て、ありえねぇだろ。だってこの前確か、鬼族との念願の戦いが東の大陸では集結して平和になったって――」
「行ったのは表向きこそ討魔協会の補佐を得た諸国ということになっておるが、それはない。それだけの戦力を諸国が保有しておるなら、とうに鬼族との決着はついておった。やったのは全く別の連中じゃし、そいつらこそ黒の魔術士との噂もある。それに討魔協会が主導になって行ったと言われておる。つまり、討魔協会はまるごと黒の魔術士とつるんでおる可能性もあるということじゃ。
そして奴らは本格的に東の大陸の実験を握るべく動き出したと。何の不思議もない流れじゃな」
「いや、だがしかし――諸国の盟主を一堂に集めて殺すなんてことができるのか? それなりに全員が腕利きの護衛をつけているはずだし、それにだいたいそんな暴挙がまかり通るはずがない」
「文句を言う者が一人もいなければまかり通る。だからこそ皆殺しにしたとも考えられるな」
男はラインをじろりと睨んだ。確かに理屈の上ではそうかもしれないが。ラインは不審な目つきで男を睨み返した。
「・・・まああんたと何が正しいかをここで論じても仕方がないか。それで、続きは?」
「まだそこまでじゃ。東の連中が何を企んでいるかもよくわからんし、これからどうするかもよくわからん。確実に言えるのは、今の討魔協会の会長である浄儀白楽という男は、今までの討魔協会の連中とは全く違うという事だけじゃろう。そしていまだかつてなく、東の大陸は意思統一されておる。今しばらくは浄儀白楽の命令一つで全てが動くだろうな」
「長続きはしないにしろ、か。問題は東がどう出るかってことだが、その浄儀白楽ってのは何を考えているかさっぱりわからん。
そうなると、東に対して矢面に立つのはアレクサンドリアとアルネリア教会って可能性が高いか。うーむ、西の状況はどうだ?」
ラインは男の言葉を記憶に植え付けながら質問をする。
「西の状況は変わらず。何をしているのか見当もつかん。じゃが新しい巫女の統率力は相当のようじゃな。次々と強引な方法で西の諸国の反乱や魔物の討伐が進められておる。大陸の西側もまた状況が安定してきておる。状況が安定すれば、遠からずこちらに対して何か動くじゃろうな。元々西の土地は貧しい。彼らが東の土地を欲しておるのは昔と変わらんじゃろうよ」
「そうか、知らない所で色んな事が起きてるんだな。他にめぼしい情報は?」
「黒の魔術士と呼ばれている連中そのものについては、情報がない。というか、危険すぎて近寄れもせんわ。ただ一つだけ。黒の獣が集めていた情報では、北の大国に拠点があるかもしれんと言っておった。それ以上は何もわかりはせんわい」
「そうか。終わりか?」
「終わりじゃな。そして詰みじゃ」
男は盤上の遊戯で自分が負けたのを確認すると、席を立った。ラインは気を入れて遊戯に興じていたわけではないので、男がわざと負けたとしか思えない。
「あんたの代わりになるような人材はいないのかい?」
「さてな、報酬次第ではなんでもやる連中はいるだろうが。じゃがこれから先は本当に命がけとなる。進んでこのような仕事をやる者がいるとしたら、金だけでは割に合わんだろうよ」
「そうか。今回の仕事の報酬はいつものやり方で払っておく。多少上乗せしとくよ。老後の足しにしな」
「ありがたい」
男はそれだけ言うと、ラインの元に一つの紙を残して去って行った。男がいなくなった後、ラインはその紙を懐にしまいこみ、離れた場所でそっと開ける。その中にはこう書いてあった。
「全ては囁く者の掌の上――誰も信用するな」
と。ラインは複雑な表情で紙を破くと、川に向けてばらまきその場を後にした。
***
ラインと別れた男は一人帰路についた。彼は何かに導かれるように、ミーシアの暗がりへと足を進める。ミーシアほど巨大な街になれば、夕暮れ時の賑やかなでも誰も来ないような裏通りはいくつもある。また急激に開発が進んだ土地には、誰も住んでいない屋敷や集合住宅がいくらでもある。
もちろんこれらの建物は浮浪者やならず者たちの巣窟となるのだが、彼らも本能で、あるいは力関係で棲み分けを行っていた。その中の一つ、不思議な事に誰も入り込みすらしない建物に、男は入って行った。本来なら、彼も決して近寄る事はない建物。誰が言いだしたか、ここには誰も近寄らないことになっているのだ。またこの建物に入って出てきた者はいないと言われている。
だが男は今その禁忌を破っていた。元より既に帰るつもりはないし、帰れない事も知っていた。男は不気味な階段を処刑台に登る時のような気分で登り、そして適当な所で闇に向かって問いかけた。
「・・・言われたとおりの依頼は果たした。報酬をもらおうか」
「報酬なら既に払っているよ~。病気の甥っ子さんだっけ? 彼の元には彼の体を治すことができる奴が行っているはずさ」
「確認は? どうやってする?」
「もうすぐ元気になった甥っ子さんを連れてくるよ。それまで話でもしようか」
「結構だ、キサマの声は耳に障る」
「ひっどいな~」
闇がくすくすと笑う。だが男の言葉は本心からだった。この声は心底不快だ。男は今まで情報屋として生きてきて、異常者や変態、外道の相手を数多くしてきたが、これ以上に不快を感じる相手はいなかった。根本からしてこの『人間』は何かがおかしい。せめて人間でなければまた違ったのだろうが、相手が人間だとわかるがゆえに余計に不快感を禁じ得なかった。
だが相手は男の言葉を聞いていなかったのか、姿を闇からするりと表すと、おもむろに話しかけた。
「僕が男に話しかけるなんて珍しいんだよ? ちょっとは相手してほしいな」
「・・・俺にその気はない。話すなら勝手にしゃべっていろ」
「うわ~、無愛想過ぎ!」
その相手――どう見ても少年にしか見えないその相手は、気配もなく突如として現れていた。男は気配が全くしなかった相手に内心では全力で警戒する。相手は人間のはずだ、自分の直感がそう告げている。だが――いざ目の前にしてみると、どうやらその感覚が揺らいでいる。
男の言う通り少年はぺらぺらと話し続ける。男はその様子をそれとなく見ていたが、少年は男のことなど意に介していないようだった。ただ一つ確実なのは、自分の命を奪うのはこの少年なのだろうということだった。
続く
次回投稿は、1/13(月)17:00です。