逍遥たる誓いの剣、その3~情報屋①~
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同時期――アルネリアにはアルフィリース達が帰還していた。クライアとヴィーゼルの戦いは後に『報復戦争』と呼ばれ、二国間に確執を残すかと思われたが、クライアが奪った領土を10年後に返還すると宣言することで確執は和らいだ。この調停を結んだのはアルネリアの巡礼であると公表され、アルネリアの知名度はますます高まる事となる。その陰で、どのような取引ややり取り、個人や国の感情の渦巻きがあったかは定かではないが、それらが正史に刻まれることはない。
ともあれそのような事情とは無縁であったアルフィリースたちは、クライアから莫大な報奨金を引き出すことに成功し、かつ電光石火の作戦でヴィーゼルの前線基地カンダートを落としたことでその名を広く知らしめつつあった。アルフィリースが帰還してより後に、ギルドよりアルフィリースの傭兵団がBランクへと一挙に格上げになったことと、アルフィリース自身もBランクへと格上げになったことを知らされた。同時に、傭兵団へはさらなる志願者と人材が集まる事となり、先の戦いで失われた人材は補われていくことになる。
アルフィリースはさらに舞い込む魔物討伐に依頼をある程度制限し、団員の休息と、さらなる訓練を課した。また並行して、彼女は新たに得た軍師コーウェンと共に、連日連夜何かしらについての案を共に練っているのであった。
またさらに団内に動きがあった。今まで通りすがりの商人であり、便利屋として活用されていたジェシアがその身分を告白。彼女は『フェニクス商会』という、ドライアンお膝元の武器商人組織の一員であることを告白した。ドライアンとつながりがあることを告白するのは実はジェシアに与えられた権限を越えているのだが、ジェシアはアルフィリースには嘘をついても無駄であり、また告白した方が彼女の信頼を偉られるであろうと、処罰を覚悟しての告白であった。これはコーウェンの勧めもあったのだが、それ以上にジェシアの商人としての直感によるところが大きい。ジェシアは賭けた。アルフィリースならば、何かを変えられるのではないかと。
アルフィリースはしばしジェシアの言葉を黙って聞いていたが、ジェシアの提供できる資金が非常に魅力的であり、また黒の魔術士やアルマスといった大陸の背後で動く組織の排除が目的であるという点から、快くジェシアの協力を受けることとした。実はこの時もっとも内心で喜んでいたのはコーウェンであり、彼女はかねてからの計画をアルフィリースに話すこととなる。それはアルフィリースも似たような事を考えていたので、彼女たちは夜を徹して話し合いに行っていた。そこに時折楓が訪れていたのは、まだアルフィリースとコーウェン以外知らない事である。
そんなアルフィリースの状況を見ても、団員たちにはそれほど気に掛ける暇もなかった。新しい入団希望者は次々と来ていたし、また山のようにギルドが依頼を持ってきて、それらの選別、振り分けをするのに手間をとられていたからだ。こんな時にラインがいれば彼がさっさと仕事を片付けてくれるのだが、そのラインはしばし休暇をもらうとか言ってふらりとどこかに出かけてしまったため、残された者たち、特にエクラなどが悲鳴を上げながら必死で残務を処理しているのだった。
そして肝心のラインが何をしていたかというと――彼はミーシアの酒場にいた。
「よう、ウルド」
「お、ラインさんじゃないっすか。今日は何にしやす?」
「ミルク、ぬるめでな」
ウルドがぴくりと眉毛を動かし、そっとラインに耳打ちする。
「ラインさん・・・俺っちの店は裏ギルドじゃないんですよ? そういうやり取り止めにしません?」
「それは前の店長からしっかりと仕事の内容を聞いていないお前が悪い。ここは東の諸国として、獣人が構える店としては最大であり交通の要衝だ。放っておいても情報交換はなされる場所になるのさ。お前が獣人なら、獣人がらみの話で余計にな。アムールなんて性悪と知りあっちまったのが運のつきだ」
「あんたも相当な性悪ですけどね・・・それよりアムールさんからの伝言と、後は例の国の動きでしたね。関係ありそうなものを個人的に集めておいたので、裏手に回って聞いてくださいや」
「助かるぜ」
なんのかんのと言いながら仕頼んだ以上に仕事をきっちり行うウルドを、ラインは信用していた。なるほど、前店長――ブラックホーク4番隊の隊長に返り咲いたゼルドスが後を任せているのもよくわかる。
ラインは素直にウルドの言に従うと、裏手にいて一人で盤上の遊戯に興じる男の対面に座った。ダンススレイブはいるだけで目立つから、今回はアルネリアにおいてきている。
ラインは盤上の遊戯に付き合いながら、男の話を聞いた。
「じいさん、景気はどうだい」
「よくない。黒い獣は捕まったよ」
「! そりゃまたどうして」
「黒い獣は反逆者じゃったようだの。今では檻の中よ」
「反逆者・・・そりゃ天地がひっくり返るくらいにありえねぇことだが。何かの間違いじゃねぇのか?」
「ワシもこれでオマンマのタネにしとるんだ。適当な事は言わん」
初老に差し掛かっているであろう男は、その鋭い眼光をじろりとラインに向ける。どうやら適当な事を言っているのではなく、男もまた驚いていたことにラインは気付いた。
「なるほど、信用しよう。なら黒い旦那の情報網はこれから使えねぇってことだな。で、他に情報は」
「・・・各地で情報網が潰されとる。どうやら既に戦いは始まっておるようじゃな。ワシもここいらで潮時かもしれん。これが最後の仕事じゃと思って情報を集めたから、心して聞け。
現在世界の裏では壮絶な情報戦がやり取りされておる。行っておるのは武器商人ども、これは昔からじゃな。そして魔術協会のフーミルネじゃが、これは前会長テトラスティンが引退してから劣勢じゃ。西方教会は昔からそこそこに人間を派遣しておるが、そこにアレクサンドリアのナイツ・オブ・ナイツが加わっておる」
「連中が?」
因縁浅からぬラインは思わずその単語に身を乗り出しかけ、そして再び腰掛けた。その様子を男はじろりと見る。
「意外か?」
「・・・まぁな。あの国は強国だが、地理の条件からあまり中央での発言権は強くない。外交に優れた人材が不足しているってこともあるが、他国の支配に興味がないからだろう。その分内政は安定しているが、他の国に興味なぞ示さなかったはずだが」
「方針が変わったか、あるいは他の理由があるか。騎士の番犬共の主はかの精霊騎士じゃから、あるいは彼の者が知らぬところで何かが行われておるのかもしれん。ともあれ不穏な動きがあるのは間違いないな。そしてそのやり方も強引じゃ。遠からず彼らはどこかの組織と本格的に事を構えることになるだろう。そして――」
「まだあるのか?」
「東の間者も活性化しておる。どうやら東の大陸でも何らかの動きがあった模様じゃな。今までは散発的にどこぞの間者が動き回っておっただけじゃが、どうやら統一された動きがみられる。東の討魔協会では大きな動きがあったようじゃのう」
「具体的には?」
「未確認情報じゃが――」
男は一つ煙草を吹かす。
続く
次回投稿は、1/11(土)17:00です。