逍遥たる誓いの剣、その2~級友②~
「悪い、機密で言えない」
「なんだよ、付き合い悪いな。親友の俺様にも言えないってか?」
「ブルンズ、いつジェイクと親友になったんだ?」
ラスカルが茶化すが、ブルンズはドンと胸を叩いて自慢げに言った。
「ばっか野郎! 俺とジェイクは戦場で背中を預け合った仲だぜ? これが親友と言わずに、なんて言うんだ?」
「あなたが助けられていた、の間違いではなくて?」
「そうだなぁ、それが妥当な表現だろうな」
「な、なにを!」
「・・・」
ジェイクは彼らのやり取りを見て思った。確かに戦力として今の彼らに助けられることはないだろう。だが、このような何事もない温かな日常が存在することがどれほど助けになるのかと、正規の神殿騎士として戦場に立つジェイクは実感していた。
アルネリアの前線は正直疲弊している。カラミティの拠点である八重の森の攻略は一筋縄ではいかなかった。魔物や魔獣は辺境に行くほど強力になる。ましてそれが人跡未踏の南の大陸ともなれば、その苦労は想像を絶するものがあった。飲料水の確保すらままならぬ土地で、アルネリアの正規兵たちは戦い、疲労し、精神に変調をきたす者も少なくなかった。アルネリアの回復魔術をもってしても、死者は既に数百人を超えている。諸国に内密に行われているこの戦いでは、どのような見返りも援助も期待できない。この遠征そのものを疑問視する声も、現場ではちらほらと上がりつつあった。
ジェイクはこの遠征の目的を予め聞かされているが、それでも疑問は湧いてきた。カラミティなる敵の、真の姿を突き止める。たったそれだけのことで、これだけの人的資源を投下する理由になるのかとさすがに疑問を抱かざるを得なかった。今回ミリアザールに会ったら聞いてみねばなるまいと、ジェイクは固く心に誓っていたのだった。
そんな事を考えていると、仲間の会話もほとんど耳には入らない。ただデュートヒルデの甲高い声だけはどうしても耳に残るものだとジェイクは苦笑しながら廊下を歩いていた。そこに、ドーラが向かいからやってくる。すっかり学園の人気者――ただし女子限定だが――となったドーラは、常に周囲に女子が何人かたむろしている。ドーラ自身はあまり好んではいないようだが、邪険にするわけでもないため、女子は気分よくドーラの隣で彼が奏でる音楽と、妖しい程に美しい彼の姿を存分に堪能していた。
事実ドーラの音楽性は大したもので、そこいらの吟遊詩人は竪琴を放り出して逃げ出すであろうほどの腕前を誇る。噂を聞きつけたアルネリア関係者や、あるいはグローリア在住の貴族たちがアルネリアを訪問した際に召し出そうとしても、ドーラはかたくなに断り続けていた。その理由をジェイクは問うたが、「好きな時に、好きなように演奏するのが僕の音楽だから」ということだった。その気質を、ジェイクは好いている。
ドーラはそよ風のように気ままな気質の持ち主でありながら、内には誰にも曲げられない強い芯を持っている。ジェイクはそのようなドーラのことが気にいっていた。なんのかんの、最も気が合うのはこのドーラかもしれないと、ふっと思うことがある。ドーラもそれは同じなのか、女子達が気を逸らした隙にジェイクの元にふらりとやってくるのだった。今のように、女子が周囲にいる状況でジェイクとドーラが話すことは滅多にない。それでも久しぶりであったゆえかドーラはその足を止め、ジェイクに声をかけた。
「やあ、ジェイク。無事帰還したんだね」
「ああ、見ての通り五体満足さ」
「挨拶に駆け付けるのが遅れて済まない。気が付くと単位がぎりぎりでね、どうやら授業をサボりすぎたツケがきたようだ」
ドーラが軽やかに笑って見せる。どうやら彼のサボり癖はジェイクがいるいないにかかわらないようだ。見た目は優等生そのものなのだが、自由な彼はあまり授業の単位など気にしていないのかと思っていた。
周囲の女子達が何事かドーラを元気づける言葉を発しているが、ドーラもジェイクも意に介してはいない。
「ドーラは確か芸術系の授業を優先しているんだったっけ」
「あと経済や社会学もね。世界でどんなことが起きているのか学ぶのはとても面白い」
「剣術や魔術は? どちらも得意そうだったけど」
「やろうと思えばできるけど、好きかと聞かれればそうでもないんだ。最低限の単位は必須だから頑張るけど、今はそれよりも学びたいことがあるのさ」
「吟遊詩人にでもなるつもりか?」
「それもいいね。ただし、周囲の状況がそれを許してくれれば、だけど」
ドーラは元奴隷だと聞いている。今でこそ貴族の養子にもらわれているが、詳しいことはジェイクも知らない。厳しい家庭らしく、ジェイクですらドーラは家に招待しようとはしてくれなかった。アルネリアには一つ別邸を設けて住んでいるらしいから、それなりに力をもった貴族の養子ではあるのだろうが、それだけに期待されるものも大きいのだろうと、ジェイクは見当をつけていた。その割に授業のサボり様は大したものだが。
「そっか、苦労するな」
「お互いにね。またすぐに遠征に行くのかい?」
「さあ、どうだろうな。明日にでも召集がかかるかもしれない」
「大変だね、神殿騎士というのもさ。僕は一生剣なんかとは無縁でいたいよ」
「平和な世の中ならそれもいいな」
「平和は作るものさ。でも、そのためにはやはり剣が必要なのかな。剣がなくても平和が作れれば、言う事はないんだけど」
ドーラの言葉には真実味があった。滅多に本音を見せないドーラだが、この言葉には彼自身の切なる願いが込められているようでもある。ジェイクはだが、この言葉に今は賛同することができない。なぜなら、黒の魔術士という連中が話し合いでは止まらない事を知っているからだ。
「話し合いがそもそもできない相手もいるさ」
「本当にそうかな?」
「言葉そのものが通じない相手もいる。人間の事を、捕食対象としか見ないような化け物も」
「確かにねぇ・・・魔獣とも心通わせることができれば可能かもしれないけど。そういう人間が平和を作るのかもね。僕には無理だな」
「俺にも無理だ」
「結局の所、剣か」
「少なくとも、今は」
ジェイクのその言葉に、ドーラはふっと寂しそうに笑った。
「ジェイク、君の戦いと行く末に幸多からんことを。今度君に捧げる歌でも作ろうか」
「手間を取らせるようならその必要はないけど、聞いてみたくはあるな。何かのついでにでも頼む」
「よし、頼まれた」
ドーラははっきりと返事をすると、再び歩いて去って行った。周囲では女子達が自分達にも歌を作ってくれとせがんでいるが、ドーラにその気はないらしい。ジェイクはその後ろ姿を振り返りながら、どこか変わった奴だと再度思う。それに最初にドーラに感じた違和感が、こころなしか強くなっているような気がしていた。その原因まではわからなかったが。
続く
次回投稿は1/9(木)17:00です。