逍遥たる誓いの剣、その1~級友①~
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――少年は夢を見ていた。きっと先の遠征の記憶が鮮やかなのだろう。眼前には見たこともない程強い魔物が多数出現し、少年は幾度となく打ち払われた。だが、その度彼は立ち上がる。次こそは、次こそは強くなると決意を新たにしながら。そして少年は確かに強くなっていた。
やがて一つ開けた視界に出ると、そこには巨大な甲虫がいた。多数の犠牲を出しながら、最後は自分を鍛えてくれていた男が倒した魔物だ。この第四層の守護者だと誰かが言っていた。魔物は強い。あらゆる剣を、槍を、魔術を弾きながら森ごと自分たちをなぎ倒しに来る。その猛威を、少年はただ死なないように逃げ回るだけで凌いでいた。
やがて自分以外にほとんど動く者がいなくなると、甲虫は自分に狙いを定めた。ここからが少年の激闘の記憶だった。少年は甲虫の攻撃をただ凌ぎ続けただけでなく、徐々に斬り込んでその外皮を斬っていく。もう少し、後三撃、二撃、一撃で――頭部の分厚い装甲のような外皮が割れる。少年は既に知っている結末に向かって剣を振るった。
だが剣は最後の一撃のところで折れてしまった。剣が折れた事実に動きが止まる少年に、甲虫は容赦なくその角を振るった。少年は枝を折りながら吹き飛ばされ、大木に叩きつけられ止まった。あまりの衝撃に呼吸が止まり、目の前の光景が暗転しかける。意識が飛べば死と同義と思い必死に意識をつなぎと止めるも、体はいう事をきかなかった。目の前に甲虫が迫る。助けに来るはずに騎士の姿は、なかった。
その時、一陣の温かい風が吹いた。風は剣を振るい、甲虫をあっという間に倒してしまった。数々の攻撃を跳ね返した表皮は、まるで菓子をナイフで切り裂くようにあっさりと剣を通した。力強いはずなのに温かさと柔らかさを兼ね備えた剣技は、少年を魅了する。そして剣を振るう者がだれかを見定める前に、少年の意識は暗転した。ああ、目が覚めるのだと自覚する少年。だがその前に一目――剣の主の顔が見たいと少年は考えた。なぜなら、その剣には見覚えがある。だがどこで見たのか、誰のものなのかどうしても思い出せない。ならばそのきっかけをくれと少年は願い、必死にその剣士に向かって手を差し伸べたのだ。
「待てっ!」
「待てと言うのなら待ちますが、私はいつ配布物を配ったらよいのでしょうねぇ、ジェイク神殿騎士殿」
ジェイクははっと目を覚ました。今はグローリアの授業中。担任でもあるルドルが、基礎魔術構成学の授業を行っている最中だった。だが終業の鐘が鳴っているところを見ると、どうやら授業はいつの間にか終了したらしい。最初にどこの頁を開くかルドルが指示したところまでしか覚えていないので、ジェイクはまるまる一つの授業を寝て過ごしたことになる。これはまずいとジェイクが現実を認識すると、ルドルがひきつった笑いをしているところだった。
「ジェイク君、君が遠征から帰還したばかりなのは私も承知しています。ゆえに私は君が寝ていても注意しませんでしたが、そこまで堂々と寝ぼけられると、さすがに注意しないのは他の生徒の手前上できなくてね。いかに正規の神殿騎士といえど、学期末の試験で落第点を取るようでは単位はあげられませんよ。よいですか?」
「・・・はい」
周囲に笑われながら、ルドルの言葉に項垂れるジェイク。実戦で魔術を扱うジェイクも、基礎をすっ飛ばして実戦だけ学んでいるので、机の上の勉強となるとさっぱりなのである。特にこの二ヶ月は遠征で全ての授業を放置していたので、帰還してみると授業の内容はまるで別物になっていた。後れを取り戻そうと奮闘しようにも、遠征の疲労はまだ抜けていない。
それに誰にも言えない事だが、次の遠征の召集がいつかかるかわからないのだ。現在八重の森は第四層まで攻略済み。今は拠点を築いて次の第五層への攻略準備にかかっているから、一時帰還するように命じられたジェイクだった。ジェイクはもはや、神殿騎士として前線に立たされることに躊躇を感じておらず、立派な戦力として考えられているのだ。
ジェイクはすごすごと荷物をまとめて次の教室に移動しようとする。昼飯はネリィが調達しているはずなので、彼女と合流しないと昼ごはんにありつけない。移動を始めるジェイクに、デュートヒルデとリンダ、それにラスカル、ブルンズが同行する。
「さっきの、傑作だったな。ルドル教官の困った顔と言ったら」
「まあ狙ってやったことじゃないだけに余計な。なんの夢を見てたんだ、ジェイク?」
「・・・遠征先の夢だったと思う。なんだか色んな出来事が混じっていた気がするけど」
ジェイクは浮かない顔で答えた。するとブルンズとラスカルも顔を見合わせて茶化す場面ではないと悟ったのか、多少きまり悪そうな顔になった。
リンダが心配そうにジェイクの顔を覗き込む。
「それよりもジェイクの体調が心配です。うなされるということは、まだ遠征先の疲労が抜けていないのでは? 早退して体調を整えることをお勧めします」
「ふん、これしきで疲れるなんて情けないですわ。正規の神殿騎士になったのだから、これまで以上に精進して頑張っていかねばならないというのに」
「おい、ヒルデ。さすがにそれは厳しいんじゃないのか?」
ラスカルが止めるが、ジェイクが首を振った。
「いや、くるくるの言う通りだ。こんなところで疲れているわけにはいかない。まだ各所で戦いは続いているんだから、早く体調を戻して訓練に参加しないとな」
「う・・・でも、訓練もほどほどにしてたまにはワタクシたちとお茶でも・・・」
「で、どこの前線で戦ってるんだ?」
デュートヒルデの精一杯の誘いは、ブルンズの興味本位によって打ち砕かれた。敵意のこもった目でブルンズを見るデュートヒルデだが、どうやらそれすらブルンズは気が付いていない。デュートヒルデはふくれっ面をしながらそっぽを向いていたが、ジェイクもまた彼女の仕草に気が付いていなかった。
続く
次回投稿は、1/7(火)17:00です。