獣人の国で、その44~裏切り者⑨~
「・・・知っていたのか?」
「いや、これも可能性の一つとして考えただけだ。俺達と単一で戦争をできる国家は、ローマンズランドか、あるいはアレクサンドリアくらいだろう。距離的な事を考えると、ローマンズランドと俺らが戦争をする方が現実味がある。
アムールよ、今のお前の言葉を鵜呑みにするわけにはいかんが、敵は北にいるのか?」
「いるなんてもんじゃないさ、一大拠点だ。俺とやり取りのあったアルネリアのお偉いさんが言ってたよ、ローマンズランドに敵の『工場』があるってな。いいか、『工房』じゃなく、『工場』だ。そこでは魔王が自動生産されるような大規模の生産施設があるのさ。そしてヘカトンケイルとかいう傭兵団も、武具一式まで含めてそこで生産されている。そんな大規模な工場、国に内緒で作れると思うのか? しかも場所が場所だ、間違いなく国の中枢が絡んでいる」
「場所・・・どこだ?」
「聞いて驚くな」
アムールがドライアンに伝えた工場の場所は、さしものドライアンも驚きを隠せない。
「・・・なるほど、ローマンズランドは敵か」
「とも限らんがね。少なくとも、油断のならん国ではある。次の大陸平和会議、ドライアンもレイファン王女の手引きで出席するんだろう? ローマンズランドもさすがに代表を出さざるをえないはずだ。あまりぼろを出すなよ、何せ俺たちよりは人間の方がその手の駆け引きは上手い」
「心得ている。カザスを俺の配下として連れて行きたかったんのだが、当てが外れた。まあロンでも無難にこなすだろうが、やはりグルーザルドが人間との融和を進めているとのいうのを他国に主張したかったな。レイファンだけでなく、もうひとひねり何か印象をつけたいが」
「そういうところが人間臭いんだよ、お前は。すっかり人間に毒されやがって。だから人間の女に告白して振られるんだ」
アムールがくっくっくと笑う。その言葉を聞いてドライアンが困ったように眉をひそめた。
「お前・・・それは言わん約束だろうが」
「こんな面白いネタを忘れられるものかよ、お前の唯一の弱みだものな。だが相手が悪い、アルネリアのシスターだぞ? 一生と貞潔を信仰と救済に捧げたような女だ。そりゃあ無理ってもんだ。
もしお前がアルネリアとの融和政策を、そのシスターに一目会いたいがために進め、そして人間の世界の勉強を始めたなんて皆が知ったらどう思うか」
「お前の治療を検討するのが馬鹿馬鹿しくなってきたな、帰るか」
「あーん、ドラちゃんのいけず~」
アムールがいつもの調子で体をくねらせたので、ドライアンはあきれるやら安心するやらでその場を後にした。
だがアムールの見識はやはり自分にとっても必要だとドライアンは思う。なんとかアムールを復帰させ、そしてウィスパーなる危険な人物の排除を考えるドライアンであった。
***
「中隊の編成は済んだのか?」
「ええ、あとは詳細を隊で決めるだけです」
ヤオがロッハに名簿を手渡し、ロッハはヤオの表情を見た。彼女の表情は今までになく清々しく、憑き物が落ちたかのようにすっきりとしていた。
負けて成長することもある。ロッハはそのような事を考えながら、先の決闘の結末はあれでよかったのだと再確認する。
ヤオの提出した名簿には、彼女が引き連れていく獣人たちの名前が連ねてある。彼らはヤオとニア、それにカザスが選出した面々だ。選考基準は彼らに一任しており、獣将ですら口を出していない。選びきれなければあるいは口をだそうかとも考えたが、希望者が先を競ってニアとヤオの下を訪れるくらいだったので、結局獣将たちはやることがなかった。
そして選出も10日とかからず終わり、明日にでも彼らはグランバレーを離れてアルネリアに向かうことになる。道程にもよるが、アルネリアまで飛竜を使うとすれば10日程度で到着できる。それでは道中面白くないだろうから、おそらく中央街道を歩くことになるのだろう。
ロッハはふと、自分が外の世界に武者修行に出た時の事を思い出す。中央街道は既に平和だったが、獣人である自分に向けられた奇異の目線は必ずしも落ち着くものではなかった。妙ないいがかりをつけられたこともある。今は昔と状況が違うだろうが、ロッハにも老婆心のようなものが湧いてきた。
その時ヤオが少し心配そうな顔でロッハに質問する。
「将軍、先ほどのアムール殿の件は・・・」
「む、気になるか。心配するな、悪いようにはせんさ。ゴーラ殿が今対策を考えておられる最中だ。それにアムール殿の立場はしばらくの間チェリオが引き継ぐ。なんのかんので奴も有能な人材だ、代わりは務めるだろう。
それよりもお前のことだ。既に大隊の指揮経験もあるお前だからそれほど心配もしていないが、人間の生活圏で獣人が群れだって行動することは今までほとんどなかった。余計な軋轢を生まぬよう、細心の注意を払え」
「心得ております。その辺りは姉の意見を参考にすることにしましょう」
「ならばよし。達者でやれ」
「では1年間の猶予を頂きます。それでは」
ヤオは敬礼をすると、ロッハに背を向けて去って行った。帰ってくれば獣将補佐、あるいは状況次第ではそれ以上の地位がヤオには与えられるだろう。
ロッハは不思議な気持ちでヤオから渡された名簿を見ていたが、その中にある名前を見てぎょっとした。丁度そこにカプルが訪れる。
「ロッハよ、少し今度の調練の事で相談があるのじゃが・・・どうした、難しい顔をして」
「老カプル、これを見てください」
ロッハが手元の名簿を渡すと、カプルの閉じたような瞼がかっと見開かれる。カプルがここまで驚くことは年に一度あるかないかだ。
「これは・・・偶然か?」
「そうでしょうね。私は誰にも言っておりませんから」
「ふむぅ、血は争えんか。王の息子も外に出ることになるとは」
「迂闊でした、この可能性もあったというのに。アムール殿の後始末に気を取られて、誰も監視を潜り込ませていません。今からでもヤオに言い含めるべきでしょうか」
「いや、ニアでもヤオでも逆に気を使わせるだけだろう。さすがにカザスに伝えるわけにもいかないじゃろうしな」
「何事もなければよいのですが」
ロッハとカプルは名簿にあるドライアンの息子の名前を見て、頭を抱えるのだった。
続く
次回投稿は、1/5(日)17:00です。次回より新シリーズです。感想・評価などお待ちしております。