獣人の国で、その43~裏切り者⑧~
「目が覚めたか、アムール」
「・・・なんでアンタがここにいるんだよ。暇なのか?」
「たまたま様子を見に来たらお前が目を覚ましただけだ。それに、お前の様子は最優先事項だろ。情報もそうだが、容態を気にかけるのは友としていけないことか?」
「・・・ちっ、俺はお前とお友達になったつもりはねぇ」
「ならそれでいいさ、俺の好きにするだけだ」
獣人の世界広しと言えど、ドライアンにこのような口のききかたをできるのはアムールだけだろう。だがドライアンも少し年上であるにも関わらず、アムールにそのような物言いを許した。このように気軽な会話をするのは、2人にとって実に久しぶりだった。
「いつぶりだ、こうして二人で話すのは」
「テメェが偉くなっちまったから、おちおち会話もできやしねぇだけだ。あれだ、獣将にブンナルズの馬鹿野郎がいた頃じゃねぇか」
「以前お前の上官だった男か。たしか獣将になってまもなく戦死したな」
「あんな戦い方してりゃ当然だ。よりにもよってくだらねぇ戦いの、初っ端で死にやがった。おかげさまでこちとら戦線が大混乱だ。ロッハの野郎が機転を利かしてなけりゃ、もっと死んでただろうな」
「故人の評を下すわけではないが、以前は個人の戦闘能力のみが突出し、指揮能力は低い獣将が多かったのは事実だ。だが俺が王になってからは、そのような間抜けはいないはずだが?」
「テメェはそう俺に約束して王になったんだものな。そしてテメェは約束を守った。大したもんだよ、偉い偉い」
アムールの言い方に、ドライアンは眉を曲げて困った顔をする。
「お前の要求は守ったつもりだが、何が不満だ?」
「ああ、この上ないくらいに完璧だったよ。だけどな、その度俺はなんだかやるせねぇのさ。なんで自分じゃねぇんだってな。
俺も分はわきまえているつもりだ。お前が何をやっても俺より上手くやる事もわかっているのさ。でもどっかにあるんだよな。俺が指揮して、俺が上手いことやりたかったって。なんのことはねぇ、嫉妬ってやつだ。今なら冷静に言えるが、当時はそんな気分にゃなれなかった」
「・・・俺たちの国の仕組みなら、お前が王だった可能性もある。俺が若かりし頃、唯一恐れたのはお前だった。高速で動き回るお前はまさに黒い霧。黒霧と呼ばれたお前は、当時誰よりも獣王に近いと言われていた」
ドライアンが真顔で言ったので、アムールは一瞬きょとんとした後、手を振ってごまかした。
「よせやい、今さらそんなこと言われてもよ。現に俺は昔、お前に一撃でやられたじゃねぇか」
「今だから正直に言うが、当時の俺はお前の動きが全く見えていなかった。適当に出した拳にお前の急所がたまたまめり込んだ。ただそれだけのことだ。結果に驚いていたのは俺のほうだった」
「・・・マジで言ってんのか?」
「ああ、大マジだ」
ドライアンがやはり真面目な顔で言ったので、アムールはしばしのあと、可笑しくなって大笑いしてしまった。まさか自分の運命を決めることになった一戦――もはやきっかけも思い出せず、ドライアンとひょんなことから決闘することになったあの戦いが、適当に出された拳で決まっていたとは。あれで決着がついてしまったと思い込んだ自分は、なんだったのかと考える。そうか、足りなかったのは執念とあきらめの悪さなのだと。アムールは今さらながらに思い知った。
「ハッハハハハ! そうか、だがやはり俺は足りてなかった。だが逆にすっきりしたぜ、ドライアンよ」
「よくわからんが、そうか。そのすっきりしたところで本題だが、お前はいつウィスパーの本体を見た?」
「そうか――やはり奴に操られていたのか、俺は。残念だが、奴の本体は思い出せん。そのように暗示をかけられていると思う。お前はウィスパーの本体を見たことがあるのか?」
「おそらく、な。だがもう随分と昔の話だ。姿形も変わっているだろう。そして操られていることに気が付いていたのか?」
ドライアンがアムールを問い詰めるように見つめたが、アムールは首を振った。
「可能性の一つとして考えただけだ、まさか本当に操られていたなんて衝撃だよ。俺本人が裏切り者だったとはな。どれだけの情報が流出したのか調べなきゃな」
「それもそうだが、お前の洗脳を解くことが出来るかどうかが心配だ。まだゴーラもしっかり調べつくしたわけではないから、暗示を解く方法が見つかるまで時間がかかると言っていた。ウィスパーの洗脳の仕方は、魔術と言うよりは暗示に近いと考えているがな」
「そうなのか。だが本人の行動を縛りつつ、発動条件まで満たすような有効な暗示があるものなのかな」
「あるとすれば余程特異な能力だろうな。それだけでも怪物だが、ウィスパーの恐ろしさはその背景にある組織の力だ。アルマス――お前も知っているあの武器商人どもさ。奴らに対抗するためにフェニクス商会の組織を支援したが、あちこちでやらているようだ。やはり何百年も活動する組織というものは底が深い。中々その底を見せてはくれん」
「だが戦争屋の排除は必須事項だろう。どうも黒の魔術士たちも奴らを運用している節がある。もしそうなら、近々起こるのは間違いなく大規模な戦争だ。それこそ大戦期のように。
そう考えて黒の魔術士に拠点を提供している国を片端から調べていたんだが、明らかな証拠は見つからないものだ。怪しい国はいくつか出てくるがな」
「ローマンズランドだろう?」
ドライアンの言葉に、アムールの目が怪しく光った。
続く
次回投稿は、1/3(金)18:00です。