アルネリア教会襲撃、その9~ミリアザール出撃~
「ハッハー、どんな死体になったかなぁ? 潰れたトマトかひき肉か・・・」
「どっちでもないわい」
ドゥームとアルベルトが声をする方を見ると、ジェイクを小脇に抱えたミリアザールがふわりと地面に着地するところだった。そのままアルベルトの方に歩いてくると、ジェイクをぽいっと投げ捨てた。受け身を取れず、腰を打ちつけるジェイク。
「いってぇ! なにすんだ、ぺったんこの分際で!」
「それはこっちのセリフじゃあ、ドアホウが!!!」
ミリアザールがくわっと怒りの表情に変わる。
「出てくるなと言うたろうが! 死にたいんか!?」
「嫌な予感がしたんだよ!」
「貴様なんぞに心配されるほどワシらは落ちぶれとらんわ!」
「なにおう!」
「やるかー!?」
うー、と唸り声を上げながら額をすり合わせて睨みあう二人。まさに一触即発の状態である。もっとも勝敗は明らかだろうが、見た目は子どものケンカだった。
「おい・・・こっちは無視か!?」
だがその隙をついて、ドゥームが槍状に変形させた悪霊を突き出してくる。
「ミリィ、よけろ!」
「フン!」
叫ぶジェイクだが、あっさりと片手で受け止めるミリアザール。
「なんだと?」
「ショボイ攻撃じゃのう・・・お主、殺る気あるのか?」
そのまま片手で悪霊をぐしゃりと握りつぶすミリアザール。驚愕するジェイクとドゥームだが、アルベルトには慣れたものだ。
「んな・・・」
「この感触・・・うわっ、気色悪っ!」
ミリアザールは握りつぶした悪霊が手にまとわりつくのを見て、汚物でも触ったかのように振り払う。いつの間にかアルベルトが背後に控えていた。
「ミリアザール様、ここは私が戦います」
「いや、お主は下がっておれ。ワシがやろう。お主がこれ以上暴れると宮殿が崩壊するわ」
「む・・・」
ミリアザールがちらりと周りを見渡すと柱や壁があちこち壊れている。改修にはかなり手間と金銭がかかりそうだ。
「お主はジェイクの面倒を見ておけ。ワシの教会に上等くれた者がどういう目に合うのか、このクソチビに思い知らせてやる」
「はん、お前みたいなドチビにでき・・・」
「黙れ」
ミリアザールの姿がふと消えたかと思うとドゥームの側面に現れ、肩をポンと叩く。そして拳にはー、と息を吹きかけている。
「は・・・?」
「吹っ飛べ」
グシャッ! っという炸裂音と共にドゥームが錐揉み状に吹き飛んでいく。そのまま壁を貫通しながらはるか向こうまで吹き飛んで行った。ドゥームが靄になる暇も悪霊が防御する暇もないほどの速く、重い一撃。
「うむ、絶好調!」
「すっげ・・・」
「ミリアザール様・・・余計に宮殿が壊れていますが・・・」
「む、いかん。つい」
ぺん、と頭を叩き「しまった」という仕草をミリアザールがするが、もちろん全く反省してないだろう。だがアルベルトもこんなミリアザールには慣れたものだ。同時にミリアザールがこういうおどけた仕草をやる時には、かなり頭にきていることは彼も承知しているので、強くは諫めない。
「まあ壊しついでだ、東側の宮殿は全部壊すつもりで暴れる。誰も配置はしておらんな?」
「御意」
「ジェイクよ」
「な、なんだよ・・・」
ジェイクはミリアザールが只者ではないのはなんとなく気付いてはいたが、まさかこんな人間離れしているとは思わなかった。アルベルトでも相当凄まじいと思ったのに、それよりはるかに上の強さだということぐらいは彼にもわかる。
「お主は強くなりたいんじゃったな?」
「ああ」
「では今からやるワシの戦いをよく見ておけ。まあ何かしらの参考にはなるじゃろう。ワシも全盛期は過ぎておるとはいえ、この大陸で10傑にはまだ入るじゃろうからな!」
「このや・・・」
戻ってきかけたドゥームの顔面に飛び蹴りを喰らわせ、そのまま彼が吹き飛ぶよりも速く追いつき、頭を鷲掴みにして地面に叩きつける。凄まじい轟音と共に床が変形し、宮殿自体が揺れていた。さらに地面にめり込んだドゥームの頭をまるで蹴鞠のごとく蹴り抜き、先ほど開いた穴とは別の穴を開けながら吹き飛ばした。その様子をジェイクが見ていたが、信じられない光景に開いた口がふさがらない。
「ウッソォ・・・」
「・・・ミリアザール様、参考になりません・・・」
アルベルトが冷静な感想を述べたが、もはやミリアザールにその言葉は届かない。そんな2人に背を向け、ドゥームが開けた穴を通り後を追うミリアザール。その表情は2人からは確認できなかったが、彼女は鬼の様な形相をしていた。ここまで教会を荒らされ、一番怒り心頭なのは他ならぬ彼女だったのである。そしてドゥームが横たわっている部屋まで来ると、ドゥームは受けた衝撃にまだ立てないでいた。
「く、クソ。とんだバケモノだな」
「当然じゃ、三下が。だがそれにしても不思議な手ごたえを感じる。其方、人間ではないな?」
「さあ、どうだろうね」
「ワシの推測じゃが人間と悪霊が半々ずつ・・・いや、1:3というところか? それなら貴様の不死身っぷりや、悪霊を自由に操れることも納得がいく」
「・・・」
「じゃが、問題はどうやれば其方を消滅させられるかということだが」
ミリアザールが小首をかしげて悩んでいる様子を取る。
「・・・とりあえず手当たり次第殴ってみるか?」
「ふん、芸がないね。この暴力女!」
「まあ否定はせん。そうじゃな、我々の犠牲者が348人と聞いておるから、とりあえず1121発程いっとくか?」
「どういう計算・・・だあっ!?」
ドゥームが何か言う暇もなく、ミリアザールの拳が頬にめり込む。そのまま渾身の連打を右に左に続けるミリアザール。まるでドゥームの体がルーレットに入れた玉のように部屋の中を跳ねまわる。それにともない部屋が、宮殿が、崩壊していく。
「おおおおお!」
「ぐぶあぁああああ」
ドゥームが壁にめり込み、東の一角が崩れ落ちた所で一度攻撃が止む。舞い上がる埃の中、ふらふらと起き上がるドゥーム。
「お、おま・・・げふっ。なんで、守備が・・・間に合わ・・・ない」
「単純にお前の悪霊が反応するより、ワシの攻撃の方が速い。それにその程度の悪霊の密度ではワシの攻撃を防ぐことはできんの。さてはお主、戦闘経験が乏しいな?」
「げ、げほっ・・・なんでそう、思う、の・・・さ」
「ワシがお主じゃったらその程度のレベルでここに突っ込んで来んからじゃよ。捨て駒か、あるいは馬鹿か。それにワシがお主なら、もっと能力を上手く使うからな」
「な、なるほど・・・ね・・・」
「で、そろそろ休憩は終わりでよいかの。ところで何発殴られたか覚えておるか?」
「知るわけ・・・ないだろ」
「564発までは数えておったが、実はワシも忘れた・・・ということで悪いが、もう一回最初からやり直しじゃ」
「く、くそっ・・・なんて理不尽、な・・・」
「世の中そんなもんじゃ・・・行くぞ!」
「く、くそおおお!」
ドゥームの絶叫が深緑宮に響き渡る。何とかドゥームは事態を打開しようと試みたが、時すでに遅し。ミリアザールは一向にその手を緩めない。
だがミリアザールは怒りにまかせてドゥームを殴りつける一方で、非常に冷静な部分を保っていた。
「(おかしい・・・確かに手加減はしておる、こやつには聞きたいことがしこたまあるからな。だが多少弱らせてから聞きだすつもりであったが、あまり弱っておるように見えん。それに上空の2人も気になる。こいつではワシに勝てんことがわかっておるのに、なぜ助けに来ない? あるいはなぜ一緒に突撃してこんかった?
やはりこやつは捨て駒か・・・にしても捨て駒ならワシのところまで一直線に来た理由がわからん。アルネリア教会を標的にするならば施設の破壊を徹底的にするなり、一般兵に被害をもっと与えるなり、結界を潰すなり、いくらでもやりようがあるだろうに。ワシらの防御の程度を知りたいのか? だがこの経験を踏まえてさらに防御は強化される。むしろやりにくくなるから逆効果じゃろうが。
あるいは単純にワシが標的じゃとして、ここからどうするつもりじゃ? こやつ程度ではワシの力量なぞわかるまいよ。目的がわからんのは気味が悪いの)」
思考を続けながらも、ドゥームへの攻撃は休まらない。鳩尾に強烈な一撃をお見舞いし、何度目かもわからないほどドゥームが回りながら吹き飛ぶ。派手に吹き飛んだせいで、またアルベルトとジェイクがいる部屋まで戻ってしまった。なんとか立ちあがるドゥームだが大分足に来ているのか、足がガクガクしている。ゆっくりと歩いてドゥームとの距離を縮めるミリアザール。
「耐久力だけは一級品じゃ、褒めてやろう」
「そりゃどうも・・・アンタ、強すぎるよ」
「当然じゃ。ワシがどれだけ生きておると思う?」
「確か1000年くらいだっけ? そりゃ僕程度じゃ、せいぜい一撃入れるのが精一杯かな?」
「・・・その情報、誰に聞いた?」
「さあ・・・誰でしょう?」
「・・・まあよい。嫌でもしゃべりたくなるようにしてくれるわ。つい殺しても恨むなよ?」
ミリアザールが構えを取る。そしてドゥームに飛びかかろうとすると、何かに躓いた。いや、足が動かないのか。バランスを崩して転びながらも不審に思ったミリアザールが足元を見ると、
「何!?」
地面からオシリアが顔をのぞかせていた。念動力を使ってミリアザールの体を固定したのだ。本当は握りつぶす勢いでやったのだが、ミリアザールの体を握りつぶすにはオシリアの念動力では力不足だった。だがそれでも瞬間的な足止めには十分だった。
「言ったろぉ? 一撃入れるのが精一杯だってな!」
「!」
「ミリアザール様!」
すかさずドゥームがミリアザールの顔面目がけて槍状、いや、もっと圧縮した針状の悪霊を飛ばしてくる。さしものミリアザールも防御ができない状態でこれをくらえば無事では済まない。
ドゥームはアルネリアに入る前から、この作戦を練っていた。もしミリアザールがはるか上の実力者だった場合、一瞬、一撃だけでも確実に攻撃が届く方法があれば形勢を覆せるかもしれないと考えて。ドゥームはその性とは裏腹に、思慮深い一面も持ち合わせていたのだ。
ミリアザールの危機を察したアルベルトが助けに入ろうとするが、オシリアが素早く念動力で足止めを行う。
「(間に合わん!)」
「くはは、死ね!」
ミリアザールは直撃を覚悟した。
続く
次回投稿は12/10(金)12:00です。