獣人の国で、その40~裏切り者⑤~
「ハハハ、ドライアン王も冗談が上手くなられた。私はあなたの暗殺に3度失敗している。これ以上恥の上塗りはしませんよ。それに最高の暗殺者は、私の他に2人いるはずですから」
「それは面白い話を聞いた。よくある伝説の類かと思っていたが、『太陽姫』と『剣の風』の話は本当なのか」
「さすが王は御伽話にもお詳しい。ええ、事実ですよ。もっとも彼らは暗殺者と言っても、姿と正体を見た者がいないというだけで、別段暗殺を行っているわけではなく、ただただ最高の戦士である可能性もありますが。私も太陽姫に連なる者の姿は知っていますが、剣の風については何も知りません。どうやら先の戦争――クライアとヴィーゼルの戦いの時に出現していたようですけどね。ヴィーゼルの兵士が一方的に虐殺されていたところを見ると、どうやらその正体は怪奇現象ではなく、人間である可能性が高いでしょう」
「世界は深いな、まだそれだけの強者がいるのか。ところでウィスパーよ、正体もばれたことだし、その男をこちらに返すつもりはないか?」
「そうですね、確かに正体がばれたことでアムールの価値は半減しましたが・・・」
ウィスパーはちらりと周囲を見た。先ほど倒した獣人たちの、さらに十倍に近い数でこの場は包囲されている。加えてその中に紛れる強者の気配。おそらくは獣将が何人かいるのであろう。そして目の前には大陸最高の闘士といわれるドライアン。逃げることができるとは万一にも思えないが――ウィスパーは不敵に笑った。
「それでも使い勝手の良い駒であることに変わりはありません。知恵もまわり、個体としての戦闘力も非常に高いこの獣人を、私は非常に気に入っているのですよ。私の持っている駒の中では相当高い位置の実力者ですからね。貴方たちの実力を推し量るのに丁度よさそうだ」
「そうか、仕方ないな。アムール、殺しても恨むなよ」
ドライアンが覚悟と共に指を鳴らすと、今度は爪や牙を露わにした精鋭たちが襲いかかる。どうやら捕える動きはやめたらしい。行動不能、もしくは死亡を持ってアムールの動きを止める。ドライアンはそう判断したのだ。精鋭たちの動きも先ほどより一層鋭くなっていた。
だがアムールの体を使うウィスパーは、彼らをなんなくいなしていた。攻撃を受け止めるのではなく、いなすことで猛攻をしのいでいる。その動きにニアは見覚えがあった。
「(あの動き、ゴーラ様に似ている・・・)」
「ち、厄介だな。やはり技術を持つ敵との戦いは経験が不足しているか。ロッハ! チェリオ!」
「ハッ!」
「あいよ」
その言葉と共に、二人の獣将が姿を現す。ドライアンは目線を二人からウィスパーに移し、攻撃を行えと目線で示した。
「承知しました」
「手段は選ばないけど、いいですよね?」
「ああ、構わん。存分にやれ。だがそれでもやれるかどうかは怪しいかもしれんがな」
「確かに」
チェリオが認めた通り、王の左腕たちをこれほどまで容易にあしらうのは獣将でも無理だろう。既に敵は獣将以上であることは明白である。
おそらく、技術はウィスパー譲り。そこにアムールの身体能力が加わるのだ。強いに決まっている。だがロッハなら。獣人最速とも言われるその速度ならアムールの身体能力をもってしても対応できないと思っていたのだが。
「!?」
「どうやら、潜在能力はこのアムールの方がかなり上だったようですね」
いかに狭い部屋での出来事とはいえ、全力で動くロッハの背後をいともたやすくとったウィスパー。ロッハの瞳が驚きによって開かれ、ウィスパーが拳を振り下ろそうとしたその時に、二人に向けてチェリオが捕獲用の大型の網を投げつけた。
ロッハは予想外の行動にもがき、虚をつかれたウィスパーが驚き、一つ瞬きをする。
「いよっと」
「これは・・・まさに一網打尽というところですか」
「チェリオ、てめぇ!」
「すみませんね、二人とも。俺は真面目にやりあう気なんて毛頭ないんで。さっさと眠ってもらいますよ」
そしてチェリオの部下がウィスパー目がけて吹き矢を射掛ける。何発もが確かにアムールの皮膚に刺さり、アムールはぐったりとした。
「眠り薬ですよ、ご心配なく。そうでもしないと無事に捕えられないですからね。おい、お前ら。ご丁寧にアムール殿をふん縛れ」
「「「あいよ」」」
チェリオの命令の元、ロッハが救出されながらアムールの体を拘束するべく投網の中に入って行く。一騎打ちを邪魔されたロッハは不機嫌な顔でチェリオに敵意とも取れる目を向けたが、チェリオはただ淡々と命令を下していた。
だが、アムールの体を縛り上げようとしたチェリオの部下が突如として大声を上げた。
続く
次回投稿は、12/31(火)18:00です。連日投稿とします。