獣人の国で、その39~裏切り者④~
「すみません、2人とも。本来なら一言声をかけておくべきでしたが、作戦上気取られるわけにもいかず。お許しください、獣将たちにも先ほど説明したばかりなのです」
「いいさ、私は嘘をつき通せるほど器用じゃない。私は何も知らない方が作戦の成功率は上がっただろうからな」
「私たちも捕り物に加わった方がよいのでしょうか」
ヤオが軍人として冷静な疑問を投げかける。だがカザスは2人を促して後方に下がらせた。
「余計な気遣いは無用でしょう。彼らは『王の左腕』。彼らにしかできない戦い方があります。それ以外の者は連携を乱すだけとなるでしょう」
「だが、アムール殿は軽くその連携を捌いていたようだが?」
「・・・これも最近知ったのですが、アムール殿は『王の右腕』のようですね。その昔、ドライアンが最も頼りにした友であり部下。まだドライアンが一兵卒であった頃、ドライアンを負かしたこともあるとか」
「・・・そのような話、初耳だな」
ニアが驚いた。ドライアンは並ぶものなど存在しない最強の王だとばかり思っていたのだが。彼にもそのような時代があったということか。
「どうやら、兵長くらいまでは互角だったと。しかしその後アムールは徐々に一対一の戦いをしなくなり、そしてついにドライアンと立ち会うことはなかったと。ドライアンは不服としていたそうですが、アムールは『もう戦う気はない、俺の興味は別の所に移った』の一点張りだったそうで。何があったのかはドライアンも知らないそうですよ」
「・・・そうか」
アムールの心境は計り知れない。だが、その才能はやはり侮れないものがある。音に聞こえた精鋭のみで構成される王の左腕といえど、無事に取り押さえられるものだろうかとニアはふと思った。なぜなら、ニアはまだアムールが負ける場面を一度も見たことがないからだ。そして何より、ニアはアムールと旅をしてその強さを知っている。彼の強さと、現在の獣将の強さを比較して、アムールが劣っているかどうかは甚だ疑問だった。
王の左腕たちはそれぞれがじりじりとその間を再度詰め、アムールを取り押さえんとしている。再度彼らがとびかからんとしたところで、そのうちの一人がぐらりと崩れた。
「!?」
彼らの攻撃は連携攻撃。抜群の連携であるがゆえに、一つ歯車が狂うだけで大きな隙が生じる。一人いない事でできた隙は、アムールには十分すぎた。
周囲の者たちが再び瞬きをすると、王の左腕たちは全員が地で悶絶していたのだ。
「う」
「なんと」
「今の動きは・・・」
さしもの精鋭達も驚きを禁じ得ない中、ニアだけが違和感を感じていた。アムールの今の動き、明らかにニアが知っているアムールの技術とは違っていた。力を隠していた、というよりは別人の動きだったのだ。
そのことに気が付いたのは、ニアだけではない。
「やはり背後にいるのはお前か、ウィスパー」
「お久しぶりです、ドライアン王」
アムールの口調も、声も、まるで別人のものへと変わる。声の主は自らをウィスパーと名乗り、堂々とドライアンと口をきいた。
「いつから私にお気づきでしたか、ドライアン王?」
「アムールが怪しいと思った時から、可能性の一つとして考えていた。俺たちの国を手玉に取るほどの情報網を持ち、かつアムールほどの男を支配下に収めてみせる。俺の知っている限りじゃ、そんなことができるのはお前だけだ」
「それは高い評価を頂きましたね。やはり昔、あなたの前に姿を現したのは失策でした。好奇心は猫を殺すと言いますが、最も使いやすい手駒を失うことになってしまった。ここまで使い勝手の良い人物は、そうはいないのですが」
ウィスパーが心底残念そうな口調をしたが、その口調にニアは怒りを覚えた。ウィスパーなる者は、アムールを手駒としてしか考えていない、思わずニアが怒りにまかせて口を開く。
「貴様! アムール隊長をなんだと思っている!」
「私の駒です、それ以上でも以下でもありません。最も彼に限らず、私以外の生き物は全て私の駒ですが」
「よせ、ニア。こいつに何を言っても無駄だ。こいつの望む物は混沌、ただそれだけだからな」
「嫌ですよ、ドライアン王。私はあくまで調和のとれた戦争をしたいだけです。調和の取れない戦争を混沌を呼ぶのですよ」
「ふん、巻き込まれた者には等しくどちらも戦争だ」
ドライアンがニアを制しながら吐き捨てた。ドライアンは、よくウィスパーという男の事を知っているのだ。
「王よ、この男の事をご存じで?」
「ああ、よく知っている。俺が色々な理由で認める人間は三人いる。一人は傭兵のヴァルサス、一人は騎士のディオーレ。そして最後がこの世界最高の暗殺者、ウィスパーだ。正直こいつが俺を殺しに来たら、防ぎきる自信はあまりないな」
ドライアンの言葉に周囲がざわついたが、そのドライアンを笑い飛ばしたのはウィスパーである。
続く
次回投稿は、12/30(月)18:00です。正月は連続投稿にしようかどうしようか、考え中です。