獣人の国で、その37~裏切り者②~
「!」
ニアは反射的にヤオを後ろに突き飛ばそうとしたが、ヤオはそれよりも早くするりと抜けて中に入り、ニアを掴もうとした腕を弾き飛ばそうと蹴りを繰り出した。だが腕の動きは速くまた奇怪で、ヤオは宙に回されると同時に、ニアがその腕の肘に一撃を食らわせて相手を後退させた。そしてヤオは宙でくるりと姿勢を正して、その場にすたりと着地したのである。
「やるようになったな!」
「アムール隊長?」
ニアは手の主がアムールである事を確認しても警戒を解かなかったが、アムールが手で扉を閉めろという仕草をしたので、後ろ足で戸を閉めていた。ヤオは心配そうにニアを見たが、ニアはアムールの方をじっと見て視線を外さなかった。
そして扉を閉めるとアムールが一つため息をついた。
「その様子じゃ刺客、ってわけでもなさそうだな」
「刺客?」
「外の様子、気が付いてるだろう?」
アムールの言う通り、外の気配には気が付いていたのでニアは一つ頷いて見せた。アムールが途方に暮れた顔で頭を掻いている。口調が元に戻っているところを見ると、本当に焦っているように見えた。
「奴らこの一年近くまるで尻尾を掴ませなかったくせに、今日になって突然仕掛けてきやがった。しかもこんな大規模に。もう俺の部下たちが何人も音信不通になってる」
「では外にいる連中が裏切り者だと?」
「かもしれんし、そうでないかもしれん。俺もこの一年、カザスの協力を得ながら裏切り者たちの事を調べていたが、結局証拠の一つも見つからなかった。お前をここに連れてきた成果なしだ、ちきしょうが」
「姉さん、どういう事です?」
事情のわからぬヤオがニアに説明を求め、ニアはグルーザルドに帰ってきた経緯を聞かせた。ヤオはニアが帰ってきたのは武者修行の期間を終えたからだと思っていたので、グルーザルドに裏切り者がいるかもしれないとの話を聞かされて驚きを隠せなかった。
「グルーザルドの獣人に裏切り者が・・・考えられません。その話は本当に信憑性があるものなのですか?」
「残念だが間違いない。確かな筋の情報で、トラガスロンがしょっちゅうこちらに隙を知っているかのように仕掛けてきたのは、こちらの情報がだだ漏れだったからだとの確証を得た。だから南伐行も進展しないし、魔物の掃討も詰めが甘い。そして今回、獣将2人がやられたことで明らかにこちらの動きが敵に漏れていることがわかった。おかげで南伐行は犠牲者が出ただけで実質的な利益は何もなしだ。
それにカザスが来てからはっきりしたことだが、グルーザルドの国力は年々落ちているんだ。うっすらとドライアンやロンが気がついてはいたから手は打っているが、上手くいくかどうかは別問題だしな。だがカザスの提案した政策が上手くいけば、ドライアンの在位期間はなんとかなりそうな目途が経った。実際あいつは大した奴だ」
アムールの褒め言葉に、ニアは我が事のように嬉しくなった。それでこそカザスを連れてきた甲斐もあろうというものだ。
だが同時に、グルーザルドがまさか経済的に追い込まれていようとはまるで考えたこともなかった。戦はいつも勝っていると思っていたし、グランバレーや周辺集落にも天災や生活難が訪れたという話はなかった。
「仮に経済的に追い込まれていたとして、この国はどうなっていたのです?」
「知っての通り獣人は武器などをほとんど用いないが、防具がいらないってわけじゃない。それに戦となれば食料は必要だが、そのおおよそは現地調達だった。だから国や各都市にも備蓄、なんて概念はそれほどなかったんだが、今回のように雪で長期間各都市との交易が途絶えると、都市は飢えるかもな。
となると、都市や集落ごとに包囲網を作られ連絡や補給を断たれると、グルーザルドは一気に危機に陥るってことさ」
「なるほど、遠征軍でもそれは同じですね。補給が期待できない土地での戦いだと、我々は長期間遠征することができない。今までは食糧豊富な南の土地での戦いが多かったですが、他の土地だとどうなるかわからない、といったところですか」
ヤオが得たり、とばかりに発言し、アムールも頷いていた。
「実際にそうなる前に気がついてよかった。今のままだと、遠からず我々はどこかの土地で大敗していたかもしれない」
「それはそうとして、今のこの状況はどうしたものですか。まさかその裏切り者達が仕掛けてきたとでも言うのですか」
「俺にもわからん。だが敵は相当大規模だ。10や20って気配じゃねぇかもしれん。敵がこうも多いとは・・・?」
その時、アムールが自分の執務室に近づく気配に気が付き身構えた。ニアやヤオも感じた気配は無防備にアムールの執務室へ歩いてきて、その扉をノックした。
「アムール殿、よろしいでしょうか」
声の主はカザスである。三人はその顔を見合わせ、どう答えたものか困惑した。しばし時間をおいて、アムールが慎重に返事をする。
「カザスか、何の用だ」
「聞きたいことがあるのですが、入ってもよろしいか?」
「ダメだ、そこで聞こう」
執務室の扉に鍵はない。カザスがその気になれば開けることはたやすかったが、カザスはそのままの扉の向こうから話しかけた。
「中に、ニアさんとヤオさんは?」
「いるが、それがどうした」
「いいですか、2人とも。いえ、3人とも心して聞いてください。グルーザルドの裏切り者、それはそこにいるアムール本人です」
「・・・・・・は?」
何を言われたのかと我が耳を疑ったのは、ニアとヤオだけではなく、アムール本人もまた同じだった。
続く
次回投稿は、12/26(木)18:00です。