獣人の国で、その36~裏切り者①~
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「いやぁ、面白い展開になりましたね」
「まあ面白いことには違いないな」
獣将たちが引き上げながら話していた。どのような結末になるかだけでも楽しみだったのだが、その後の展開がより楽しくなるとは、獣将たちも思っていなかったのだ。
まさか、ニアがヤオを連れて旅に出ることを提案するとは。彼女達が向かうのは、間違いなくアルフィリースの傭兵団になる。そうなれば、獣人たちが広く大陸の東側で活躍することになる。それは獣人たちにとって未知の領域であり、同時に悲願の一つでもあった。
「大陸の東ねぇ。上手くやってけりゃいいんだがな」
「ヴァーゴがそんな事を心配するとはな。確かに誰もがお前ほど図太ければ苦労はないだろうが」
「ロッハ、俺だって考えてるんだぜ? 大陸の東は格差社会だ。人の富には差があり、貴族や髪の色で人を差別する習慣があるそうじゃねぇか。そんな小さなことでも他人を区別したがる連中が、俺たち獣人を果たして受け入れるかな?」
ヴァーゴの冷静な意見に、他の獣将たちが目を丸くする。
「ヴァーゴ、お前・・・」
「んだよ、揃いも揃って目を丸くしやがって」
「ヴァーゴさん、今日は早く帰って寝た方がいいと思います。きっと高熱があるに違いありません」
「チェリオ! テメェ!」
ヴァーゴが拳を振り上げる前に、チェリオは一目散に逃げ出した。チェリオの逃げ足は速い。既にヴァーゴがどう怒ろうとも、手の届かない所にチェリオは逃走していた。
それでも追いかけて行くヴァーゴの背を見ながら、リュンカがさらに冷静な意見を述べる。
「だがヴァーゴの言う通りだ。彼女たちが行くと言う『天翔傭兵団』だったか? は、本当に大丈夫なんだろうな」
「俺も知らんよ。だが獣人たちにとって、新たな一歩とやるやもしれん。そういう意味ではこれは大きな出来事なのかもな」
「・・・じゃがしかし、他に誰が行くかも重要じゃのう。迂闊な者を同行させれば、余計な揉め事が起きんとも限らんぞ」
カプルの言葉に、残った獣将たちが振り向いた。
「老カプル。他に、とは?」
「おぬしら知らんのか? ヤオは獣将補佐を倒したことで、既に軍内で同格の地位を得たことになる。つまり、彼女が国外に出る時にはそれなりに随伴が付く必要があるのじゃ。今までそんな立場の者が国外に武者修行の旅に出たことはないから、ほとんど知らんかもしれんがな。
これは断る事ができん。我々の軍内ではそれなりの地位についたものには、同じく責任がついてまわるのじゃから。同時に、これは武者修行に出る者の護衛でもある。人材の損失は国にとっても大きな痛手じゃからな」
「ちなみに、獣将補佐が国外に武者修行に出る時の随伴は何名必要なのです?」
「100名。獣将なら500名となる」
獣将たちが互いに顔を見合わせた。バハイアがカプルに質問する。
「そういえば、かつて一人例外がいたと聞いたことがあります。それが確か今のアムールさんでは? 確かあの方も最高で獣将補佐まで出世したことがあると聞きました。私よりも大分前の世代の話なので、あまり詳しくは知らないのですが」
「いや、例外ではないよ。奴はドライアンが獣将だったころの補佐だった。その時どんな話し合いがあったかは知らんが、ドライアンは王に、アムールは途中からグルーザルドの外に出て行った。奴の最初の部下たちは、その時の100名じゃな。もっとも今生きて任務についている者はほとんどおらんじゃろうが」
「なんと」
バハイアが再度驚き、カプルは昔を少し思い出して、豊かな眉でほとんど窺うことのできない双眸をより細めていた。自分がうだつのあがらぬ獣将であった頃、凄まじい速度で軍内を上り詰めて行った二人。当時最も勢いがあるとされ、どちらが王になるのかと騒がれた時期もあるドライアンとアムール。その人生は大きく違ってしまったが、あの二人なくしては今のグルーザルドはあるまいと考える。
密かにその鮮烈な強さに憧れたこともある事をカプルは思い出し、少々感慨深く思いを傾けるに任せた。
***
「で、誰を連れて行くんだ?」
「それがまだ考えていないの。この前の戦いで率いていた部下なら扱いやすいけど」
ニアとヤオは軍本部に引き返しながら、そんな事を話し合っていた。カザスはゴーラと話があると言い残しさっさとどこかに行ってしまったため、ニアとヤオは二人で話し合いながら、ゆっくりと軍本部に引き上げていた。
今までは何を話あえばいいのか互いに話題を選ぶことに苦労していたが、いざ話始めると言葉は次々と飽きもせず出てきた。何のことはない、二人とも軍人なのだから軍の話でもよかったのだ。そんな簡単な事から始まって、彼女たちは自分が何の食べ物が好きだとか、ロアのどこか好きで気に入らないとか、アビーは多少過保護すぎるとか、考えていたことは不思議と二人とも似ていたのだった。
そうこうするうちに、ニアとヤオはアムールの執務室の前についた。すると、その足取りは急に重くなるのであった。
ニアは結局の所、アムールの手伝いをすることがほとんどできなかった。グルーザルドに着いて早々にゴーラやヤオとの出来事があったせいもあるが、アムール自身が仕事上にそこまでニアの力を必要としているようには見えなかった。むしろ、カザスがついてきたことでニアの負担がなくなったともいえるかもしれない。カザスはアムールのみならず、ドライアンやロンとも話し合いながら国策にすら口を出しているようだった。実質、ニアにグルーザルドの政策をどうこうするような知識はなかったし、結局アムールがほのめかした裏切り者の影も形もグルーザルド内に見かけることはなかった。
そもそも、グルーザルドを混乱させて喜ぶ国があるのだろうか。南にある獣人の国は一部を除いてグルーザルドを盟主としてまとまっている。今ではクルムスとも国交が開始されているし、グルーザルドにもし何かあれば獣人の国々は100年前の状況に戻ってしまうであろう。それはどの獣人の国も望むところではないはずだ。人間との貿易によって、どの獣人の国も豊かになっているのだから。
獣人自体が人間の策に従うとも考え難い。ゆえに、グルーザルドに人間の国が政策として干渉しようはずもないのだが。ニアはアムールの執務室の戸を叩く前にそんな事を考えていた。
「・・・?」
そしてニアはふと、不思議な事に気が付いた。アムールの執務室の扉は、常に開け放たれてはいなかったか。ニアは以前アムールから、扉を開け放つことで前を通る何人かの部下に暗号を放っていると話したことがある。そしてその事実を隠蔽するために、わざと自分の執務室の前を巡回警備に通らせ、少しでも人通りを多くすることで色々と誤魔化しているはずだった。それが今は誰も執務室の前を通っていない。
周囲の空気のおかしさを感じたのか、ヤオがニアの背中をつついた。
「姉さん」
「・・・わかっている。だが扉は開けるぞ」
ヤオが注意を促したが、ニアは意を決して扉を開けた。すると、黒い手がぬっとニアを掴まえようと伸びてきた。
続く
次回投稿は、12/24(火)18:00です。