獣人の国で、その35~結末~
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「どうなることかと思いましたが」
「策がはまったのが幸いした。もし一つでも何か考え違いがあったら、負けていたのは私だった」
カザスとヤオが元の地上に戻り、休息を取っていた。最初は勝者のニアを観衆たちは胴上げしようとしたが、いち早くヴァーゴとロッハによって救出された。盛り上がった獣人たちはその辺で会話に興じたり、酒盛りを始めたり、あるいは組手を始める者までいたが、もはやニアのいるいないは関係なさそうだったので、ニアとカザスは少し離れたところで獣将たちと共に一息入れていた。
そのニアを興味深そうに見ているのはヴァーゴ。
「しかしおっどろいたな。まさかネコ族同士の決着が関節技とはよ」
「ああ、本当に意外な結末だった」
「その発想の柔軟さが勝因だったのかもね。俺の教えたことも役に立ったかな」
チェリオが少し控えめに目配せをしたが、ニア力強く頷いて返した。最初に見た時はこの獣将はどうかと思ったが、やはり獣人の模範となるべき獣将は一見どうであれ、頼れる存在である事に違いはないとニアは確信した。
昔アムールがニアに言った言葉を思い出す。獣将とは、ただ強いだけではなく獣人から尊敬される存在でなくてはならない。だから、俺はその役目に向かないと。ニアはアムールが尊敬されないわけではないと今では思えるが、彼自身、他人の尊敬を集めることが重荷になるのだろうと想像できた。
そういう意味ではヤオがいくら強かろうと、今のヤオでは獣将には向かないかもしれない。ニアもアムールの言葉から、カザスはロアの言葉から、同じような事を感じていた。
そして息を切らして緊張の糸をほぐしているニアのところに、ばつの悪そうなヤオがリュンカに伴われてやってくる。
「リュンカ将軍、どうしましたか」
「どうも何も、決闘の勝者が敗者に課するべき罰を決めに来ただけだ。それだけは公平を期するために、今ここで決めてもらわねばな」
「そういうことなの」
ヤオがそう言うと、その場にとすん、と縮こまるようにして座った。その青色の目が心なしか潤んでいるように見える。
「さっきリュンカ将軍から聞いたんだけど、百叩きとか、一か月間くすぐりの刑とかなら我慢できるんだけど、拘束された状態で目の前にマタタビの刑とかはやめてほしいの。マタタビを目の前にすると、私酔っぱらっちゃってひどいことになるから」
「そ、そうなの。例えばどんなふうに?」
「覚えてないんだけど、入隊歓迎式のいたずらでマタタビを飲み物に仕込まれて酔った私は、中隊を全滅させたんだって。入隊したばかりの私がそんなことできるはずないのにね、大袈裟だよ。きっと何かもっと恥ずかしいことをやらかしたんだよ」
ヤオは否定したが、後ろでリュンカとヴァーゴが手を左右に振っていた。その仕草を見て、カザスは「ああ、事実なんだな」と納得した。ニアの暴走具合を見れば、ヤオのそれも想像できようというものだ。カザスもアビーに聞かされている。ロア、ニア、ヤオのどれにもマタタビは厳禁だと。誰にどう使っても、ひどいことになるのは間違いないと言い含められているのだ。その時のアビーの口ぶりは、グランバレーの最後を語るようでもあったので、さしものカザスも縦に首を振るだけだった。
ともかく、ヤオがニアの言葉を待っているのだが、ニアは正直何も考えていなかった。ヤオに勝つことで頭がいっぱいで、それどころではなかったのだ。固まった姉妹を見て、ゴーラが助け船を出す。
「やれやれ、意地っ張りというか不器用というか。互いに慕っておるのに不器用なことじゃ。
ニアよ、ヤオはな――」
「老師!」
ヤオがゴーラを止めようとしたが、ゴーラはヤオの頭を軽く押さえて言葉を続けた。
「爺は口さがなくてな、言わせてもらうぞい。ニアは知らんじゃろうが、ヤオが幼い頃はいつも姉の話をしていた。自分の姉はどのような戦士か、どのように過ごしているのか、どのようなものが好きなのか。そりゃあ五月蠅いくらいじゃったわい。幼い妹として、興味津々じゃったのだろうな。
だがお前があまりに軍から帰ってこないもんじゃから、ヤオは段々と拗ねて引き込もりはじめてな。そしてある日何を思い立ったか、ワシの所に格闘術を習いに来て、姉の後を追いかけて軍に入隊すれば会えるとぬかしよるではないか。ワシは不憫でな。ちょっとアムールに声をかけてお前を家に帰すように言ったのじゃが、あの馬鹿アムールめはお前を虐めることで家を恋しがるように仕向けたが、完全に裏目じゃったわい。
そして折り悪くヤオが入隊した時、ニアが外の国へと武者修行に出た。そりゃあヤオの性格も曲がろうというものよ。それで素直に姉に甘えられるはずもなかろう」
「老師、そのくらいにしてください!」
ヤオが恥ずかしさで真っ赤になっていた。こうしてみるとニアとヤオはそっくりなのだなあとカザスは思った。ヤオももう少し肩の力を抜ければニアに似るのかもしれない。
そしてニアはゴーラの話を聞いて思いついたのか、ヤオの頭に手を置いた。
「では罰というか――私がヤオに出す課題ですが。私の旅についてくるというのはどうでしょうか?」
「旅・・・に?」
ニアの言葉にヤオがぽかん、と口を開けていた。ニアとカザスがグランバレーに来てから初めて見る、ヤオの気の抜けた顔だった。
またそれとは対照的に、ニアの表情はとても晴れ晴れしく、そしてヤオには頼もしく見えるのであった。
続く
次回投稿は、12/22(日)18:00です。