獣人の国で、その31~決闘②~
「獣人の人生など、終わってみなければわからぬ。お主じゃとてそうじゃ。誰が貴様の若い頃を見て、ドライアンが間諜として用いるようになると思うか。
お主とて予想外の人生じゃろ?」
「まぁね。でも嫌だと思ったことは一度もないわ」
「そのようなものじゃ。ワシとて同じじゃ。誰が賢者などと呼ばれるようになろうと思うか。ワシは単に、自分がどこまで強くなれるか試してみたかっただけなのじゃから。歳を取るのも忘れて、いつの間にか化け物みたいに長生きしとるわい」
「そういえば不思議なんだけど、ゴーラ爺さんってどうやって長生きしてるの? 別にタヌキの獣人が長生きするわけじゃないと思うんだけど」
「・・・さて、試合が始まるぞい」
「ちっ、狸爺ィ」
はぐらかしたゴーラに悪態をつくアムール。だが目の前では確かに戦いが始まろうとしていた。ヤオが現れたのだ。
観衆はヤオが来たことに最初気が付かず、ヤオは進む道がなかった。だがヤオは声一つ、手一つ上げることなく観衆をどかし、自分が通る道を開けさせた。ただ、自らが発する闘気によって。
その目に見えんばかりの闘気に、観衆がしんとなった。静まり返った観衆の中、ヤオがニアに話しかける。
「姉さん、待たせたわ」
「・・・そう待っていないさ」
「私は待った。遠征の戦闘中、どれほどこの瞬間を待ったか。姉さん。私は今回の戦の手柄で、千人長に抜擢されたわ」
「そうか、おめでとう」
「だけどね、正直千人長じゃ納得できなくて、さっきリュンカ将軍の補佐と戦ってきたの。そのせいで手間取ったわ」
観衆がざわ、と揺れる。この事はリュンカ自身も知らない事だった。ロッハやヴァーゴもリュンカを見たが、リュンカは彼女には珍しく困惑したように首を振った。
だがニア自身は驚かなかった。
「で、勝ったんだろうな?」
「ええ、無傷でね。準備運動にはなったかしら」
ヤオが身に着けていた外套を脱ぎ捨てる。彼女達ネコ族は寒さに弱いため、獣人には珍しく防寒具を装備するが、今回は温めた体を冷やさないために装着していた。事実、ヤオは獣将補佐との戦いを、ニアと戦う前の準備運動くらいにしか考えていなかったのだ。
そしてその体にはヤオの言うとおり、戦いの疲労は見られない。むしろ気力、体力ともに充実しているようにしか見えない。
「姉さん、私ね。戦争の最中から、力が有り余ってしょうがないの。今すぐは無理でも、しばらくしたらリュンカ将軍にも挑戦するつもり。きっと遠くない時期に勝てるような気がするわ。ううん、きっと勝つわ」
「それは確信か?」
「そうよ」
大言壮語とも取れる言葉に周囲が悪意を持ってざわついたが、ニアの一言でそれは収まった。
「そうかもしれないな。だが今日、お前は私に勝てないよ」
「! 言ってくれるじゃない。本当の戦争を体験していない姉さんが、私に勝つことができる?」
「戦争なら体験してきたさ、旅先でな。お前よりずっと強い奴とも戦った。冷静になって思い出したんだ。私が戦うべき相手は彼らであって、ヤオじゃない。だから悪いけど、こんなところで負けてる場合じゃないんだよ、私は」
すっくと立ったニアから、ヤオに負けないくらいの闘気が発せられる。ニアもまた、負けられない戦いを目前にしてじっと気力と体力を充実させていた。その闘気を観衆は感じ取り、再度盛り上がりを見せる。
「・・・私は姉さんには負けない!」
「お前が何を考えているのか知らないが、負けられないのは私も同じだ。いざ尋常に――」
「勝負!」
観衆の中央で、互いの意地をかけて姉妹が構えあった。
***
姉妹の戦いが行われんとしている時、全ての獣人がそこに集まっていたわけではない。むろん、普段通りの仕事に従事している者がほとんどである。むしろ、戦後処理のために普段よりも仕事に追われている者が多かったかもしれない。
グランバレーの地表をひた走るこのキツネの獣人もその一人。ただ彼の場合、これから伝令のために飛竜を使い、国境付近まで飛ぶのだか。
「やれやれ、雪が解けて飛竜の規制が解除になったと思ったら仕事か。この仕事も長く続けるものじゃないかもしれないな。部署替えを申請したいぜ、全くよ」
若い獣人はぼやいていた。彼は頭も獣人にしては回る方だったが、性格が単純なため、どちらかというと何も考えずに前線で思う存分暴れていたかった。それがこんな伝令役など、全く気性に合わぬ仕事を押し付けられていたのだ。
だがこの冬は雪が深すぎたせいで、彼の仕事は思うようにはかどらなかった。グランバレーにいた飛竜も戦争の伝令のために多くが駆り出されており、残っていた飛竜も緊急連絡時のため、その多くが使用を禁じられていた。ゆえに、彼のようなその他の伝令作業の者は非常に厳しく使用を制限され、彼は事実上二月の間仕事をしていなかった。前線にもいけず、さりとて嫌々とはいえ仕事もなければ体を動かすこともできず、彼の鬱屈した不満は我慢の限界だったのだ。
なればこそ、嫌とはいえ仕事ができるとなればその足も自然と早まるのは致し方のないことだった。キツネの獣人は上司から仕事を受け取ると、いそいそと飛竜の発着場へと向かうのだった。
「(この仕事が終わったら、俺も前線へ配置換えを申請してみるか。まだ南東や北西じゃ戦端が開かれているらしいし、出世の機会もあるだろ。問題はあの上司にのらりくらりと煙に巻かないかどうかだよなぁ、ハァ)」
キツネの獣人は飛竜の発着場に行くと、門衛に軽く会釈をし、そのまま門を通り過ぎる。既に門衛とは顔なじみだから、会釈程度で通り過ぎることが可能だ。そのまま足早にそこだけ雪をどかした滑走路を横切り、飛竜の飼育小屋に向かう。
どの飛竜を使えるかはその時次第だが、かなり急用であったため、できる限り足の速い飛竜を使用したかった。
「さって、小型の奴は空いているかな、と。大型は安定性が高いが、目立つからなぁ・・・おい!?」
キツネの獣人はその辺にいた飼育係に声をかけると、用向きを伝える。
「・・・ってわけで急ぎだから、足の速い飛竜を一頭頼む。全部出払っているなんてことはないよな?」
「はぁ、なんとかなると思います。じゃあちょっと探してくるんで、そのままここでお待ちを」
「さっさとしろよ」
キツネの獣人は寒さをしのぐため、外套で鼻まで隠し、寒さに身を縮めた。自分が一番乗りするために、まだ夜もほとんど明けていない時刻だ。そこまで寒さに弱くない自分でも、身に沁みる。
「こりゃもう少し陽が登るまで待った方が良かったか? でも最速でって話だったからなぁ。そういえば・・・」
さっきの飼育係、見たことのない奴だったなと、キツネの獣人が思い直す。ここの発着場はよく使うし、飛竜はグルーザルドにとって貴重だから、働く獣人もあまり出入りが激しくない。飛竜は飼育がそもそも難しいから、新米では飛竜を触らせてもらう事すらできないはずだ。少なくとも、3年は研修の期間がある。
だから、見たこともない奴が飛竜を連れてくるはずがないのだ。ここの職員はそのほとんどが顔を知っているのだから。それに周囲の空気もおかしい。いかに早朝とはいえ、他の職員の姿を一切見ていない。先ほどの獣人一人が起きているほどの時間でもないはずだ。
キツネの獣人は持ちあげた外套をすとんとおろし、いつでも外せるように手をかけた。本能が何かがおかしいと告げている。
続く
次回投稿は、12/14(土)19:00です。